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第百一話  勝負のとき

その日の朝は、屋敷の中がまるで戦場の様相を呈していた。


それはそうだ。クレイリーファラーズが自分からプロポーズをするのだ。天巫女って結婚できるの? という疑問が残るし、その点については頑なに口を閉ざしているので、何とも言えないのだが、クレイリーファラーズ自身はウォーリアと結婚するのだという。


すでに嫁いだ後のことまで彼女は決めている。取り敢えずは別居状態にしていて、その間に新居をこの村のどこかに作るのだそうだ。そこでウォーリアには洋裁店を開業してもらい、彼女はその看板娘になるのだという。そんなことは色々なことが決まってから考えればいいと思うのだが、彼女の心の中は未来を見据えていた。


朝、かなり早くに目を覚ました彼女は、外の寒さをものともせず、冷水で顔を洗い、さらにはそれで体を清めていた。さすがに体に冷水をかけたときには我慢ができなかったようで、女性の金切り声が屋敷の中に響き渡った。お蔭で俺もワオンもその声で目が覚めてしまい、一体何事かと寝室を飛び出したほどだ。


ガタガタと体を震わせながらダイニングに現れた彼女は、早速お弁当作りにかかった。何と、朝食を食べずに、だ。どうやら、最後の最後に体をもうひと絞りさせようと考えているようで、口をモゴモゴ言わせながらご飯を炊き、卵焼きを焼いている。ここ最近では、かなり上手に焼けるようになった卵焼き……。クレイリーファラーズの一番の得意料理で勝負をかけるようだ。


そして、炊きあがったご飯を、手に塩を塗りたくりながら一生懸命、心を込めておにぎりを握っていく。中に具を入れられれば良いのだが、今の彼女にはそんな高等技術を使うのはリスクを伴う。今朝は万全を期して、おにぎりの形も三角型から丸型にして、米が潰れないようにフワフワのおにぎりを拵えている。これならば、口の中に入る……手前でボロボロと形が崩れる可能性があるが、そこはウォーリアが何とかするだろう。


あと一品、何かを付けたい素振りを見せていたが、彼女は粛々とお弁当を包み始めた。そのとき、何かを思い出したようで、突然肉を取り出して焼き始めた。フライパンが温まらないうちに肉を投入してしまったので、肉の旨味が逃げてしまわないか不安だが、彼女は時おり飛んでくる油に悲鳴を上げながらも、何とか焼き肉めいた料理を作り切った。何の下味も付けず、肉の上から塩をぶっかけただけのようにも見えたが、あれはサルアという魔物の肉で、脂身が多くとても美味しい肉だ。肉自体の旨味で、何とかなるだろう。


丁寧にお弁当を包むと、そこにヴィヴィトさん夫婦とレークがやってきた。クレイリーファラーズは、ヴィヴィトさんの奥さんに化粧をして欲しいとお願いし、レークには髪を整えて欲しいとお願いした。お蔭で今日はいつもの掃除ができなかったが、たまにはいいだろう。ヴィヴィトさんと二人、お茶を飲みながらよもやま話に花を咲かせるのもいいものだ。


すっかり準備が整い、ウォーリアが作ってくれた服を身に付けると、そこにはなかなかの美女が現れた。うん、やればできる。できるじゃないか。これでダメ天巫女から卒業できるか?


そんな俺に気遣うこともなく、彼女はお弁当を小脇にはさんで、屋敷を出ていった。気合十分。その背中が「若いの、これからワシの生きざま見しちゃるけぇの。よぉ~く見とれ」と語っている。朝からの大騒動が、まずはひと段落ついた。


俺は昼食をちゃっちゃと作り、その後、レークにワオンの世話を頼み、仕事に出かけた。この日はハウオウルを含めたティーエンたちとの打ち合わせだ。そこには村の関係者も参加予定だ。現在の避難所のことはもちろんだが、村のこと、作物の生育状況などを話し合うことになっているのだ。


会議は思いのほか白熱したものになった。避難してきた人々の中には農業を営んでいた者もいて、その中には作物の種を持ってきた者もいたのだ。それはジャガイモではなく、ビットをいう、いわゆるアスパラガスのような食べ物らしいのだが、元々土壌汚染された地域から持ち込まれたもので、やはり農業を営む村人からは反対意見が相次いだ。俺は直接畑に種を蒔くのではなく、プランターか何かに移して育ててみることを提案したのだが、なかなか結論は出なかった。この種を蒔く時期は春とのことで、今回は畑の様子を見守りながら結論は年が明けてからもう一度話し合おうということになった。


その他、村長の畑を耕したいと希望する人々も多くいて、その人たちにどの程度畑を任せるのかも議論した。まずは、村にある作物の種を蒔いてもらい、そこで育つのか、育たないのかを調べてみることにした。作物が実り、収穫ができるところまで育てば御の字と考えることにしたのだ。


そんなことをしていると、日暮れ近くになってしまっていた。やばい、夕食の時間だ。俺はセルフィンさんの店に寄って、お昼のお弁当を受け取って慌てて屋敷に戻る。今日の夕食はこれを温め直して食べよう。


「きゅーんきゅきゅっ」


俺が屋敷に入ると、ワオンが胸に飛び込まんばかりの勢いで近づいて来る。短い尻尾を動かしながら駆け寄ってくる姿は、実にかわいらしい。将来はきっと美竜になるだろう。


ワオンを抱っこしながら辺りを見廻すと、ダイニングのテーブルにクレイリーファラーズが座っているのが目に入った。彼女は泣いていた。目を真っ赤に泣きはらして、あふれ出る涙を拭っていた。その後ろでレークが心配そうな表情で彼女を眺めていた。


「どうしたんだ?」


「先ほど戻ってこられて……何も仰らず……ずっとこの様子なのです……」


戸惑いながらレークが俺に返答する。そんな中でも、クレイリーファラーズのグスン、グスンという泣き声は止まらない。俺はレークに家に戻るように労いの言葉をかけて、屋敷から下がらせる。そして、泣いているクレイリーファラーズの前に座り、ゆっくりと口を開く。


「ダメ……でしたか……。まあ、でも、これまで努力したことは無駄にはならないと思いますよ? 頑張ったじゃないですか……」


彼女は相変わらずグスングスンと鼻を鳴らしながら、ゆっくりと俺に視線を向けた。


「好きだって」


「え?」


「私のこと、好きだって。大好きだって言ってくれたんです……」


その言葉に、俺は固まってしまった……。

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