第百話 スプリングハズカム
あれからさらに一ヶ月が経った。ラッツ村にもチラチラと粉雪が舞い始めている。
心配していた避難所の人々の暮らしは、予想以上に落ち着いていた。窓のない部屋ばかりで、冬の寒さをどうしのぐのかが気になっていたが、人々は布を張って窓代わりにするなど、それぞれが工夫を凝らして冬支度を整えようとしている。
一方で、避難してきた人々の中には、すでに商売を始めて、自分で食い扶持を稼ごうとする者も現れた。兄のシーズが選んだという職人たちに、その動きが活発だ。
実際、避難所には様々な技術を持った人がいる。武器を作る職人、防具、とりわけ皮の防具を作る職人、大工、石の鑑定士なんかもいる。その他、学者や教師といった、いわゆるインテリと呼ばれる人々も含まれていて、何とも多種多様な人々が一か所に集まるカオスな空間となっている。
そんな避難所は、今や冒険者たちの間で人気スポットとなっている。ここ最近、村への行き来が解禁されたのか、以前にも増して冒険者たちがやって来るようになったのだ。しかも、隣国のインダーク帝国からも冒険者たちが流れ込んでいる。その一部はスパイだろうと予測しているが、別に俺はこの村の情報を盗まれてもよいと思っている。むしろ、兄のシーズが言っていたように、この村の特殊性を相手に伝える方が良い方向に転ぶと俺も考えているからだ。そのために、この村、とりわけ避難所はより良い場所に見せねばならない。そのために俺は、避難してきた大工たちに賃金を払い、それぞれの部屋に窓を取り付けてもらう仕事をしてもらっている。これが実は避難所が活性化するきっかけだった。
彼らには最初こそ、木材を提供したが、今は受け取った賃金で、ティーエンから木材を買っているのだ。もちろん価格はかなり安く設定しているが、お蔭でティーエンはかなり懐が温かくなっているようだ。彼の偉い所は、それなりに儲けているが、驕り高ぶりは一切なく、むしろ、その得たお金で人を雇い、木こりの仕事量を増やしているのだ。
その上、そうした建築の仕事が発生すると、武器や防具の職人たちが、鎧などを解体して、釘や大工道具を作るようになった。当然、それらも飛ぶように売れている。彼らは本業と副業を持つことで、いち早く貧困の状態から脱却していた。
その他、パンやお菓子を作る人がいたり、妙なアクセサリーを作る人がいたり、絵を描いて売ろうとする人など、あちこちに店ができはじめ、いつしか避難所はフリーマーケットの様相を呈しつつあるのだ。その様子を聞きつけた商人が、逆に彼らに品物を売りつけようとする動きまで見られるようになっているのだ。
そんな人々を、避難所の5人のリーダーが中心となってよくまとめている。その中には、クレイリーファラーズが思いを寄せるウォーリアもいる。彼は腕のいい洋裁師であり、デザイナーであると同時に、物腰柔らかく、人当たりのいい性格のために、自然に人から慕われる。今のところ彼の悪いうわさは聞いたことがないし、むしろ、よい評判しか聞こえてこない。
そんな彼の作る服は、ギルドの職員を中心に人気を集めている。今では、彼の服は予約待ちの状態となっている。俺も服を作ってもらったが、なるほど着心地はいい。なかなかオシャレなデザインということもあって、俺もかなり愛用する一人となっている。そんな彼は今、俺の屋敷に足を運んできている。
「……いかがでしょうか? どこかキツイ所などはありますか?」
「いいえ。全く……何て軽い服なのでしょう」
うっとりとした表情で鏡に映っているのは、クレイリーファラーズだ。この一ヶ月、彼女は実に頑張った。まるで人が変わったかのようだった。恋する女性は美しくなるというのを聞いたことはあったが、まさか本当にそうなるとは思わなかった。
まずもって、彼女は痩せた。何と、腰にくびれが出来ているのだ。それだけで十分に女性らしい。その上、毎日お弁当を作っている。当然、自分で早起きをして作っている。たまたまレークがいるときなどは、卵焼きを手伝ってもらったり、揚げ物を手伝ってもらったりしているが、そんなに頻繁ではない。一週間に四日程度だ。これまでの彼女の自堕落ぶりからは想像もできなかった光景が現れている。
そのお弁当をもって彼女は毎日避難所に通う。そして、炊き出しを始め、その他諸々のこと……今では子供とも遊ぶようになった。子供たちからは避けられてはいるが、それでも、一緒に遊んでやろう、もとい、遊ぼうという意思を前面に押し出しながら、子供たちと触れ合おうという姿勢を見せるようになったのだ。まるで奇跡のような光景だ。
そんな彼女の様子を、ウォーリアは微笑みを湛えた目で眺めていたが、やがて、彼女の作るお弁当に目を止め、色々と質問をするようになっていった。クレイリーファラーズはシドロモドロになりながら答えていたが、そんな彼女をやさしくフォローするように彼は、色々とアドバイスをするようになった。どうやら彼も、料理をするのは好きなようだ。
そんなアドバイスを受けてさらに料理に挑戦する……そんなことを繰り返していると、クレイリーファラーズの料理の腕が上がってきた。今ではジャガイモの皮むきがきれいにできるようになったのだ。包丁を親指、人差し指、中指でつまむようにして持ち、危ないことこの上なかった包丁使いをしていた彼女がだ。これにはさすがの俺も感動してしまった。
そんなクレイリーファラーズにウォーリアが突然、あなたの服を作りたいのですが……と切り出してきたのは、ほんの数日前のことだ。当然二つ返事で賛成した彼女に、ウォーリアは早速服を仕上げてきたのだ。クレイリーファラーズが喜んだのは言うまでもない。
「何てかわいいんだろう。こういう人は、私は好きです」
「ほ……本当ですか?」
「ええ。クレイリーファラーズさんは、化粧をすれば、もっともっとかわいくなりますよ」
「あっ……ありがとうございます」
このときのクレイリーファラーズは、完全に女の顔つきになっていた。
その夜、俺は彼女から重大な決意を告げられたのだった。――来週の夜、ウォーリアにプロポーズすると。
ラッツ村に、一足早い春の訪れの気配がしていた……。




