第十話 解説
「ええと……もしかして、お腹がすいています?」
俺の一言に、クレイリーファラーズはコクリと頷く。天界の人もメシを食うんだなと妙に感心する。
「ええと……何か食べるにしても、食べ物が……」
「あります」
「え? どこに?」
キョロキョロと辺りを見廻してみるが、食べ物らしきものは何もない。ただ、ガランとした部屋の景色が広がるばかりだ。そんな俺の様子がまどろっこしいと感じたのか、彼女は俺の傍らにあった布袋をいきなりふんだくった。
「なっ、何を!」
「この中に入っているのです!」
「え?」
「この袋は、神の手と呼ばれる袋なのです。タダの袋じゃありませんよ。神が許した者しか中が見えないようになっています。そして、この中には物が無限に詰め込めるのです! あのジジイのことですから、きっと沢山、色んなものを入れているはずだわ!」
そんなことを言いながら、彼女は袋の中に頭を突っ込むようにして覗き込む。その途端、彼女は歓喜の声を上げた。
「何よ! 神の小手が三つも入っているじゃないの! ジジイやるわね! ええと……これが……金貨! へええ、あのケチなジジイにしてはずいぶんと奮発したわね! で? これは……薬? いらないでしょ、こんなもの! 全く耄碌しているわね。バカじゃないの? いや、バカなんだわ。もともとバカだと思っていたけれど、本当にバカだったんだわ、あのジジイ。……で、これが、あった! これよ、これこれ!」
彼女は満面の笑みを浮かべて袋から顔を出した。前髪がペッタリと顔にくっついていて、ちょっとブサイクな顔になっていたが、そこには敢えて突っ込まないようにする。クレイリーファラーズは、袋の中から小さな白い袋を取り出し、その中からゴソゴソと何かを取り出そうとしている。
「はいこれ、神の食事よ!」
「クリスチャン・ヴァーロ?」
よく見ると彼女の掌には、白い団子のようなものが載っていた。俺は訝しそうな顔をしながら、そのよくわからない物体をじっと見つめる。
「このヴァーロは、一つ食べると1日は空腹を満たしてくれるものです。天界では誰もが食べている、主食のようなものです」
そう言って彼女は、自分の掌にある白い餅のようなものを口の中に放り込んだ。モグモグモグと咀嚼し、ごくりと喉を鳴らしてそれを飲み込む。彼女はふぅーと息をついて、ゆっくりと口を開く。
「はぁぁ、落ち着いたわ。どうですか? お腹がすいているのでしたら、あなたも一つ食べますか?」
彼女は袋からヴァーロを取り出して、勧めてくる。俺は首を振りながら、その勧めを丁重に断った。
「まだ、お腹がすいていないので、いいです」
クレイリーファラーズは、ふうん、とつまらなそうな顔をしてそれを袋の中に仕舞う。そして再びヴィーニと呼ばれる大きな布袋の中を物色し始める。すると今度は驚きの声を上げた。
「何よ、これ!」
彼女が手に持っていたのは、黒い、刀の柄のような棒だった。
「あ、それ、俺もよくわかんなかったんですよね。何ですかそれ?」
「あなた、これを知らないんですか? ……あのクソジジイ、まさかこんなものまで入れているとは驚きですね。……もしかして、間違い? いや、きっとこの方のことを信頼して? ……いやいや、あのジジイがそんな殊勝なことをするものですか! きっと間違えたんだわ。……全く何ということを」
彼女は黒い棒のような物体を握り締めながら、またもや一人でブツブツと呟き始めた。彼女の話ぶりでは、何だがヤバイ物のようだ。だが、俺も男子の端くれだ。そんな、何だかわからないものは知りたくなるのが人情というものだ。俺は恐る恐る彼女にそれがなんであるのかを尋ねてみた。
「……これですか? これは神の腕です」
「クリスチャン・ディガロ?」
「いわば、魔力を具現化する道具です」
「ええと……どういうことでしょう?」
「……説明が難しいですね。例えば、火魔法がありますよね? 魔法がない世界から来ているので、わかりませんか? わかります? 火魔法を扱うには、その属性を持つ魔力がなくてはなりません。ですがこの柄は、魔力を流しながら火ならば火、氷なら氷をイメージすると、魔力を武器として具現化してくれるアイテムなのです! これぞまさにアーティファクトの名にふさわしい一品ではありませんか! ……あれ? どうされました?」
ドヤ顔で説明するクレイリーファラーズに、正直俺はドン引きしてしまっていた。というより、中二病全開のその機能に、マジかという気持ちで心が満たされてしまったのだ。
「ええと、整理するとですね、要は、火が出ろと願いながら魔力を柄に通すと火が出て、氷が出ろと願いながら魔力を通せば、氷が出るというものですよね? とすると、それがあれば火を起こすのが便利になるでしょうし、寒い日なんかは、それで部屋を暖めることができるってことですよね? 暑い日なんかは、そこから氷を出せば涼しくなるでしょうし、あ、風なんかも出ます? とすると、暑い日には扇風機代わりになってちょうどいいかもしれませんね! こりゃ、生活するのに便利なアイテムになりますね!」
「大事なのはそこじゃない!」
クレイリーファラーズの絶叫にも似た声が屋敷の中に響き渡る。彼女は再び俺の顔にずいっと自分の顔を近づけて、噛んで含めるようにして口を開く。
「この柄は、属性を持たぬ者でも、魔力を扱えるのです。言わば、全ての属性の魔法を、扱えるのです。これを、悪用すれば、それこそ、この世界全部を、滅ぼしかねない物なのです! わかります!?」
あまりの剣幕に、俺はコクコクと頷くほかなかった。
「わかればいいのです。中に入っているのは……これだけですか。あのジジイ、相変わらずセンス悪いなぁ。もっと役立つものを入れてくれればよかったのに」
そう言って彼女は、デルヴィーニをポイとテーブルの上に投げ捨てた。いつしかテーブルの上には、大きな布袋と、小さな三つの布袋、そして、一本の黒い柄が乱雑に置かれている状態になっていた。俺はその一つ一つを手に取りながら、感心したような口調で口を開く。
「それにしても、天界の物は全て名前にクリスチャンが付くんですね」
「そうなのです。それこそが、神様の持ち物という意味になりますから、他の人には言ってはいけません。最悪の場合命を狙われることになりますからね。それと同じく、滅多にはありませんが、クリスチャンと名の付く道具を持っている人は要注意です。大抵は王家や帝国の宝物庫の中に厳重にしまわれている場合がありますが、稀に個人で所有している人もいます。そういう場合は、間違いなく歴戦の戦士である可能性が高いのです。そんな人と刃を交えることにでもなれば、それこそ……。あなた、さっきからニヤニヤして! 何がそんなにおかしいんですか!」
「だって……」
俺はゆっくりとクレイリーファラーズに視線を向け、ゆっくりと口を開く。
「これが本当の、クリスチャンでオールだ」




