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短編小説集

心の虫

作者: 大西洋子

 うちの息子は、お日様が出ている間は元気いっぱいなのに、日が沈み暗くなるにつれて風船が萎んだようになって困る。

 この間も居間で宿題をしていると、わずかな隙間から虫が入って来て、宿題を放り出して料理中の私の腰にまとわりついて離れなくなった。

 また、夜、遊びに夢中になり、おしっこをギリギリまで我慢し、とうとう限界まできて駆け込もうとしたものの、トイレに続くわずかな空間が、電気に照らされていないばかり歩くことすらままならず、漏らしたり……

 勇ましい心の持ち主になってほしいと名付けたのに、完全に名前負けしているのが、目下の悩みの種。

 そんな私に、ふと目に止めた本が、私に差しのべられた手のように感じ、思わず購入したのは、自然な成り行きだったのでしょう。

 息子が寝床につき、後片付けも終わり、ようやく自分だけの時間が訪れ、購入した本を読み出した。

 けれど……

 心の中の虫?

 弱肉強食の弱の肉を食え?

 古い民間療法のような、オカルトのような、おとぎ話のような…… 何? 何なの……

 私は本を閉じ、この本を購入したことを後悔した。

 だけど、数日後、その考えは180度ひっくり返ることになる。

 その変化の兆しは、今思い返すと、些細な事からだった。

 その日、息子は暗くなっても元気いっぱいで、夕御飯時も、学校であったことをいろいろ話してくれた。

 特に今日の給食で出された小袋に入った小魚が、よほど気に入って買ってきてとせがまれ、翌日購入しおやつに与えた。

 学校で出たものとは少し違ったようだけど、これはこれでよほど気に入ったのか、あっという間に平らげ、また買ってきてと頼まれた。

 そして、それを食べた夜は、不思議なことに、暗くなっても元気いっぱいだった。

 その様子を見ているうちに、あの本に書かれていた状況に似かよっている事に気がついて、ダメ元で…… と書かれていた事をいろいろ試す為に本を開いた。

 本によると、心には様々な心の虫が住み、その様々な虫の数が多いものや強いものが、その人の性格や行動として現れるという。

 そして、その心の虫は、完全に駆逐することが出来ないそうだ。

 弱虫とか泣き虫とか、マイナスのイメージの心の虫は、時には暴力的になってしまう強い心を押さえる働きがあるので、その心の虫のバランスをうまく保たなければいけない。

 強い心の虫を増やしたいのなら、弱肉強食の弱に当たる食べ物を自ら望んで取り入れ、少しずつ出来ることを増やしていくと良いそうだ。

 本を閉じ、この数日間の息子の様子を思い返す。

 確かに、ここ数日、息子は小魚を求め、喜んで食べた。そうして、暗くなってもこわがる事が少なくなった。

 ――もしかしたら、この弱に当たる食べ物を、だんだん強いもの、例えば小魚なら、大きな魚に。と、していけば、もっと強い心になるのでは?

 善は急げ。

 私は早速、大きな魚を買ってきて、料理してみた。

 ところが、魚はなかなか箸が進まない。だったら、肉なら?

 これは喜んで完食した。

 本に書かれている通りに、こわがることが徐々に減ってきた。

 もっと、強い心になってほしい。でも、これ以上、強い物は……

 ――完全に行き詰まってしまった。

 私はゴロリとしながら、あの本を広げた。そして、ある文が目に留まる。

 半信半疑であまり使わない辞典を広げ、目当ての漢字を見つけつまんでみた。

 するとどうしたことか、その文字が辞典から取り出す事ができてしまった。

 驚きつつ、その文字を細かく刻み、料理に混ぜこんでみた。そうしたら、トイレまでのわずかな距離を電気を着けずに歩けるようになった。

 ――ああ、もっともっと、強い心の持ち主になってほしい。

 家中の使わない辞典や本雑誌、捨ててしまう新聞や広告までも、弱肉強食の強にあげられる字や写真を見つけ、それを取り出し、ビンにストックして料理に加えるようにしていった。

 息子はだんだん心が強くなっていた。

 だけどそれと同時に、主人の心の度をはずす行為が多くなり、それをたしなめると、たちまち虫の居どころが悪くなり……

 こうして今、主人の虫の居どころが悪い状態を打開するため、私は摩訶不思議な本の虫になっている。

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