別離
「あらあら、真夜中の星見デート? 」
亞門に肩を抱かれて公園から出て来た冴彩に聞き慣れた声がした。二人が振り向くと、かすみが立っていた。
「かすみ? こんな夜中に何してるの? 」
「サーヤたちも流星群、見に来たんでしょ? 」
ふと空を見上げると、光の筋が幾つか流れた。この公園にも外灯は在るが、街中と比べれば星は見易い。
「おっと、デートのお邪魔しちゃ悪いよね。あたし場所変えるわ。お互いに明日、寝坊しないようにねぇ。」
かすみが立ち去った後もしばらく二人は星を眺めていた。冴彩は自分の肩に掛けられた亞門の手に自分の手を添えた。
「これで、おじいちゃんの依頼は終わりでしょ? これから、どうするの? 」
「指輪が外れる迄は此処に居る。」
「次の依頼が来たら? 」
「それまでに外す。」
「外れなかったら? 」
「お前はどうする? 」
「ついて行くよ。」
即答した冴彩の横顔を見て、亞門は軽く頭を叩いて歩き出した。
「あ、亞門待ってよぉ。」
慌てて亞門に追い付くと冴彩は、その腕にしがみついた。亞門も、それを振りほどく事もなく屋敷へと戻って行った。
「ちょっと冷えちゃった。お風呂借りるね。」
「好きにしろ。」
冴彩は風呂場に向かい、亞門は自室へと戻った。そして、冴彩が指先を洗っている時に事は起こった。
「?! 」
思わず大声で叫びそうになって冴彩は慌てて声を飲み込んだ。右手にはソロモン王の指輪が握られていた。そう、今まで外れなかった指輪が外れたのだ。冴彩からすれば、外れてしまった、だ。もう一度填めてみるが、今回はスルリと外れてしまう。冴彩には亞門の外れる迄、此処に居るという言葉が耳に残っていた。
「サーヤ、おはよっ! 」
「えっ、あ、おはよう… 。」
力なく答えた冴彩の顔をかすみが除き込んだ。
「どうしたの? あの後、御子神と喧嘩でもした? 惚れた弱みで文句言えないなら、代わりに言ってあげるよ? 」
「ちっ、違うの。喧嘩なんかしてない…ってか、しないよ。そうじゃないの。そんなんじゃ… 。」
今にも泣き出しそうな冴彩の頭をかすみは撫でてやった。無理に聞かない方がいいと思ったからだ。
この日、亞門は登校していなかった。昼休み、屋上には冴彩と黒猫が一匹。
「カイムさん、亞門は? 」
「依頼で毘沙門町へ向かった。」
「ちょっ… 関西? あたしも行かなきゃ。」
冴彩は慌てて扉に手を掛けたが開かない。
「カイムさん、開けてよっ! 」
黒猫は首を横に振った。
「あいつからの伝言だ。外れたんなら、とっとと返せ。」
「のっ、覗いたのっ?! 」
冴彩が指輪を外したのは風呂場だけだった。それ以外は肌身離さず左手の薬指に填めている。
「現状におけるキングソロモンの指輪の正当な所有者は御子神亞門だ。あいつには常に指輪が見えている。」
「やっぱり覗いたんじゃないっ! 」
顔を赤らめて怒る冴彩だがカイムの顔色と表情は黒い毛に覆われて分からない。
「俺に言われてもな。亞門が所有者になって依頼、他の人間が填めた事なんて、なかったからな。」
冴彩は空を仰いでカイムに向き直った。
「ソロモン王の指輪の現所持者として、あたしを亞門の所に連れてって! 」
「いいんじゃないか、カイム? 」
いつの間にか半身獣が一匹、そこにいた。恐らく今、校内でその姿が見えるのは冴彩だけであろう。
「バシン、貴様の空間転移なら容易だろうが… 何故? 」
「たまには亞門の意に沿わないのも面白いだろ? ソロモン王の指輪所持者が言ってんだ、亞門との契約上、問題ないしな。」
「まるで法の網目を潜ろうとする人間だな。」
苦笑しながらも、カイムもたまにはアリかと思った。
「亞門と居て人間臭さが伝染ったのか、人間が悪魔臭いのか知らんが… 。嬢ちゃん、次からは正規の術法守るんだぜ。でないと命が幾つあっても足りなくなる。」
次の瞬間、冴彩の周りの景色は変わっていた。
「なんだ、自分で指輪を返しに来たのか? 」
亞門には、まるで冴彩が来るのが分かっていたかのようだ。
「あのねぇ… 。」
「話しは後だっ! 来るぞっ!」
亞門の言葉に冴彩も身構えた。
「これは… 呪詛?」
「呪詛合戦の挙げ句、互いの怨念が暴走したものだ。」
それを聞いて冴彩はため息を吐きながら、四方に護符を貼り、印を結んで詠唱を始めた。一種の結界が暴走した怨念を封じ込めた。
「ほう、こっちは俺より専門だな。」
「お陰様で、静冥の一件以来、霊力上昇って感じなの。」
亞門は少し考え込んだ。
「ソロモン王の指輪は返せ。代わりに、これを填めておけ。」
そう言って亞門は冴彩にソロモン王の指輪とそっくりな指輪を差し出した。
「これは? 」
「契約指輪だ。」
「えっ、婚約指輪っ!」
確かにエンゲージは婚約と訳される事が多いが、それだけを意味するものではない。訂正しようとも思ったが、ソロモン王の指輪と填め替えて嬉しそうに眺めている姿を見てやめた。そして、冴彩からソロモン王の指輪を受け取ると自分の左手の薬指に填めた。
「お前に何かあったら駆けつけてやる。俺が呼んだら飛んで来い。」
「… やっぱり、行っちゃうんだ? 」
「高校くらいは卒業しろ。」
「メアドとかIDとか携帯とか… あるわけないか。」
そう言って冴彩は目を閉じて指輪を額にあてた。
(聞こえる? )
(あぁ。)
声が伝わる事を確認して目を開けると亞門の姿はそこになかった。冴彩はそんな気がしていた。そこに居たのは半身獣のバシンだった。
「もう、ソロモン王の指輪は無いよ? 」
「今度はそのソロモン王の指輪の正当所有者の命令だ。昼休みが終わる前に返せってな。」
冴彩が頷いた瞬間、景色は明王山学園の屋上に戻っていた。
「サーヤ、屋上に居たの? 授業始まるよ。」
いつもと変わらないかすみのの声に頷くと冴彩は教室へ戻って行った。
「貴様、一体何者だっ!」
「キングソロモンの鍵とアブラメリンの神聖魔術を継ぐ悪魔払い御子神亞門っ! 死霊魔術師っ、貴様の野望、砕かせて貰う。」
ちょっと、ごちゃごちゃしてしまいました。機会があれば続編書きたいなぁ。