晴明
「まったく、久方ぶりに現世に出て見れば、あのような魔者が居ようとは。御子神亞門、奴が居る限り、この怨冥師、闇乃静冥の治世は程遠い。」
自分の妖力に絶対の自信を持っていた静冥だったが、亞門の魔力、冴彩の霊力は侮れないと悟っていた。
(所詮は、この晴明の紛い物。天下を獲ろうなど身の程をわきまえられよ。)
「黙れ… 黙れ晴明っ! 奴の次は貴様の番だっ!」
(やれやれ。まぁ、永遠に私の番にはならないでしょう。)
更に反論をしようとした静冥だったが晴明の気配が、もうそこに無い事に気付き、やめた。
草木も眠る丑三つ時。妖気操る静冥に有利に働いても不思議はない、普通の相手ならば。だが、相手はソロモン王の鍵とアブラメリンの神聖魔術を継承した悪魔払い、御子神亞門である。気休めと承知で結界を張った。
「随分と暇そうだな? 」
「おや? お一人ですか? 」
一人で現れた亞門に静冥は意外ではあったが内心、安堵していた。冴彩の霊力や識神は厄介であったし、何よりもソロモン王の鍵がこの場に無いというのは自分に有利と判断した。薄ら笑いを浮かべた瞬間、慌てて静冥は後ろに飛び退いた。それでも閃光が頬を掠めていた。
「何か勘違いしてないか? あいつが居るとか居ないとか、ソロモン王の指輪があるとか無いとか。人間の世界に干渉して滅ぼそうとか制服しようとかする人外は、魔を以て、この御子神亞門が滅する。それは、いかなる事象にも左右される事は無い。」
対抗しようと式鬼紙を取り出すが具現化する前に閃光が焼き払ってしまった。
「悪魔を使役するには条件が多くてな。最初に貴様と会った時は、選択肢が限られていた。あれで俺たちの力量が五分だと踏んだなら貴様の見立てが甘かったという事だ。」
もはや静冥は防戦一方… というよりは逃げ惑う一方であった。
「人間同士が争う世よりは、吾に治められた世の方が幸せだとは思わぬか? 」
「思わないっ! 」
亞門は即答した。
「人間同士の争いは人間同士で解決すればいい。俺に興味はない。 」
今度は閃光が静冥の足を掠めた。静冥の結界は気休めにすら、なっていなかった。
「シトリーの閃光を避けているつもりか? あいつの狙いは、そこまで不正確じゃない。」
それは、わざと外しているという事だ。静冥には屈辱的でもあり、生き延びる方法を模索する機会でもあった。ただ、機会はあっても確率は限りなくゼロに近い。
「吾の命を弄んでいるのかっ!」
亞門を睨み付ける静冥だったが、亞門はさして気にしていない。
「命? 生きるとか死ぬとかいう存在じゃないだろ? 在るか消えるか、それだけだ。神にも魔にも通じず、現世にも霊界にも居場所はなく、妖怪でも人間でもない。ただの怨念の塊でしかない。現世の物では滅せないから俺が呼ばれた。」
「吾は生きているっ! 見えているっ! 聞こえているっ! 話しているっ! 」
その姿は人間臭くも見えた。だが、亞門には静冥に掛ける情けはなかった。
「怨念なんて物は払っても湧いて出やがる。だから完全消滅させる。……。」
「ちょっと亞門っ! なんで置いてくのよっ! 」
冴彩の姿を見て亞門はため息を吐いた。静冥の体は冴彩を狙う力は残っていなかった。
「遅かったな? 」
「遅かったじゃないわよ。えっと、静冥は…?! 」
冴彩は、ようやく踞っている静冥に気がついた。
「さては… 一条殿の危険に晒さぬためか…。 」
「えっ? 」
静冥の言葉に冴彩は思わず亞門の顔を見た。
「いちいち、こいつを助ける手間を省いただけだ。貴様のやりそうな事は分かっているからな。」
確かに二人で現れたら冴彩を人質にする選択肢も考えてはいた。亞門の前では過去も未来も掌の上らしかった。
「指輪が来たんでね。消滅させる。」
(まぁ、待たれよ。)
この結界内に亞門と冴彩、それに亞門の召喚した悪魔と静冥以外に声がした。静冥が霧の中から現れたのと対照的に光の中から声の主は現れた。
「晴明っ!」
光の中から現れた人物を静冥はそう呼んだ。
(御子神殿でしたな。お強い、お強い。どうですかな、この辺で、此奴めを私に預けては頂けますかな? )
「…どうする? 」
思いがけず亞門に意見を求められ、冴彩はあたふたした。
「どっ、どうするって、この人、誰? 」
(私は陰陽師、安倍晴明。此奴は私の負の写し身。本来であれば、私が抑えねばなるところ。生前であれば容易きながら、霊体ではままならず。此奴を追って現世に出てきたところ、水城殿に声をかけられましてな。)
「おじいちゃんに? 」
前に出ようとした冴彩の肩を亞門は引き寄せた。
「俺の受けた依頼は奴を止めて欲しい、だ。」
(私が責任を持って此奴を止めましょう。)
そう言って晴明は身動きの出来ない静冥を連れて光の中へ消えて行った。