同居
「随分と個性的な装飾ね。」
館に入った冴彩の第一声であり正直な感想でもあった。
「今回は相手が相手だからな。居住性よりも防御を優先した。」
面倒臭そうに亞門が答えた。
「あの静冥って人、知ってるの?」
「現物に会ったのはあれが初めてだ。怨冥師なんて名乗っているが奴は人の姿した妖、油断するなよ。」
「えっ?あ、うん。」
人の気配は確かに感じなかった。だが物の化の気配でもなかった。油断をするなと言うのは判るが、どうすればよいのか判らなかった。
「それほど心配はいらない。ソロモン王の指輪がお前を守ってくれる。それだけに奴も指輪を狙ってくるだろうがな。」
「ちょっ、ちょっとぉ~っ!全っ然心配要らなくないんですけどぉ~っ!」
冴彩は亞門に詰め寄った。すると不意に出され亞門の人差し指が冴彩の口唇に触れた。
「ひゃっ!」
「もう少し静かに出来ないか?」
一人でドキッとした自分が恥ずかしくもあった冴彩だったが、何事もなかったかのような亞門に少し腹立たしくもあった。
「それで具体的にどうするの?」
「お互い相手に用があるんだ。いつまでも結界の中に居る訳にはいかないのもお互い様だ。」
「でも、静冥の元々の目的は亞門じゃないでしょ?」
無意識に亞門を下の名前で呼んでしまった事に冴彩は気づいたが亞門はまるで気にもとめていなかった。亞門にも下の名前で呼ぶよう言われてはいたが、今まで照れもあり抵抗感があったのだが。
「カイムの報告によれば、奴が現世に出るにあたり、お前の霊力を辿ったらしい。」
「あたしの? おじいちゃんじゃなくて?」
「水城さんの霊力はお前より弱いし自分で制御している。お前の場合、強い霊力を垂れ流しだからな。」
これには冴彩もムッとした。
「人を昔の工事排水みたいに言わないでよね。」
これには珍しく亞門がくすりと笑った。
「例えが古いな。水城さん仕込みか?」
「どうせ、おじいちゃん子ですよぉ~だっ!」
「まぁ、つまり静冥がこの街に現れたのは偶然で、それに気づいた水城さんが俺を呼んだ。奴からすれば、お前の霊力辿って来たら、もっと強い魔力の持ち主が待っていた。奴からすれば俺は邪魔者このうえないからな。」
「なんか、あたしが誘き寄せたみたいでやだなぁ…」
「むしろ不幸中の幸いだ。」
そう言って亞門が冴彩の頭を軽く叩いた。
「奴が辿ったのがお前だったから水城さんが気づいた。だから俺を呼べた。一つ違えば、どこかの街が奴の物になっていたかもしれない。」
「お話し中、失礼しますよ。」
会話を割って一人の男が二人分の食事を持って入ってきた。
「ニスロク、すまないな。」
「は? えっ? まるで人間のような…さては、そのお嬢さんの所為ですか? おっと料理が冷めてしまいます。まったく人間の食べ物はロクな食材が無くて苦労します。味覚もかなり違うようですし…」
「今日は口数が多いな? 」
亞門にそう言われてニスロクは一礼をして部屋を出ていった。
「安心しろ。料理で人を惑わす悪魔だが、これは普通の料理だ。」
むしろ、料理で人を惑わすなんて聞きたくなかったと思いつつも匂いにつられて手をつけた。
「美味しいっ!」
空腹も手伝って冴彩は美味しそうにたいらげた。
「部屋には鍵かけて札貼っておけ。」
「悪魔の真っ只中に居るんだから、そんなの承知してるわよっ!」
むくれる冴彩を尻目に亞門も自室に引き揚げた。
「サーヤ、おはよー」
いつも通りに冴彩に声をかけたかすみは辺りを見回したが見慣れない黒猫が居るくらいだった。
「かすみ、どうしたの? 」
「彼氏は? 」
「な、なんで一緒に通学するのよ? 」
冴彩の動揺はわかりやすかった。
「昨日、家に電話したら御子神んとこだって言われたから。」
「な、なんで携帯にかけないのよっ!」
「だって圏外だったから。」
亞門の結界が携帯電波まで遮断しているとは想定外だった。
「それと、まだ彼氏じゃないからねっ!」
「お泊まりしといて、まだ…ねぇ。まぁ、おじいちゃん公認なんだし隠さなくても良くない? 」
どうやら、どう言っても無駄なようだった。
「それよ…り…?! 」
冴彩が妙な言葉の切り方をしたものだから、かすみも冴彩の視線の先へ目を向けた。
「何? 平安貴族のレイヤーさん? 」
「静…冥…。」
「せいめい? 」
冴彩の言葉に一旦、首を捻ったかすみだったが、パチンと手を打った。
「あぁ、安倍晴明? 言われて見れば映画とかドラマで、あんな感じだったね。」
「おやおや、今日はお一人…の訳はありませんね。」
「当たり前だろ? 冴彩ちゃんに何かあったら、こっちの身が危ないんでね。」
冴彩に声をかけた静冥の前にカイムが人間の姿で割って入った。
「何? サーヤ知り合い? モテキ?…って昔から男女問わず人気者だったから、今さら変か。でも今回はイケメン揃いじゃない? いいなぁ。」
かすみは気を失っていたので、先日の事は知らなかった。幸いなのは静冥がこの場で事を荒立てる気がなさそうだと言うことだ。
「御子神殿にお伝えくだされ。今宵、丑三つ時に最初にお会いした場所でお待ちすると。もちろん、一条殿もご一緒に。お互い長引かせても何の得もありませぬし、策を労するのも無駄となれば早々に決着をつけましょうと。」
それだけ言うと静冥は立ち去って行った。気がつけばカイムも黒猫に姿を変え、かすみ一人が呆然としていた。
「かすみ…あたしの…」
「それ以上言わない。私は何も見えないし、何の能力も無いけどサーヤの事は信じてる。その手の話しなんでしょ? 大丈夫、頼りになる彼氏がついてるんだから。」
かすみの言葉に冴彩は黙って頷いた。