指輪
「サーヤ、おはよ!」
「あ、おはよう、かすみ」
明王山学園に通う一年生、一条冴彩はクラスメイトの朝霞かすみの声に振り向いた。その時、冴彩の目に一人の少年が飛び込んできた。通学時間なので明王山学園の生徒は多いが、近くには他に高校も無いので他校の制服が珍しかったからだ。
「知り合い?」
かすみの質問に冴彩は首を横に振った。
「うぅん、知らない人。ちょっと気になって。」
「やだ、一目惚れ?」
「そんなんじゃないわよ。」
「じゃ何か見えるの?サーヤの場合、洒落にならないんだから。」
学校では誰にも言っていないが、クラスメイトであると同時に幼馴染でもあるかすみは、冴彩には人には見えない物が見えていると信じていた。少年は二人に気付くと近付いてきた。
「アレが見えるなら逃げろ。」
冴彩は頷くと、かすみの腕を掴んで走り出した。
「えっ?何?サーヤ?」
かすみの質問に答える事もなく冴彩は走り続けた。
「何なの?そんなヤバい物?街の人たちは大丈夫なの?」
学校近くまで来て、やっと止まると再びかすみは冴彩に質問をした。
「見えない人は信じられないだろうから。多分、彼は何とかする気だと思う。かすみは先に行って。始業時間までには戻るから。」
「何言ってんの?サーヤは見えるだけでしょ?そんなヤバい奴なら、さっきのあいつもきっと逃げてって、サーヤぁ~。」
かすみが言い終える前に冴彩は鞄を預けて走り出していた。
「行っちゃったよ。面倒見がいいっていうか、変なとこに拘るっていうか…。」
「気配は…こっちねっ!」
冴彩は気配の感じた方へ走り出した。商店街から外れた公園の方だ。
(上手く人気の無い方へ誘き出せたんだ。)
そんな事を考えながら冴彩は公園に足を踏み入れた。
「バカっ!何で戻って来た?」
「これでも宮司の孫で巫女もやってます。少しは…」
役にたてると言いたかったのだろうが、怪しい気配は待ってはくれない。
「ちっ、仕方ない。お前はこの指輪を填めておとなしくしていろっ!」
「ちょっ…」
「キング・ソロモンの指輪だ。なくすんじゃねぇぞっ!」
冴彩の言葉など一切聞かず、言うだけ言って少年は気配の中に突っ込んで行った。
「俺様に逆らうとはいい度胸だな。」
気配の中から不気味な声がする。だが、少年に臆する気配は微塵も無い。
「その言葉、そっくり返すぜ。俺の名は御子神亞門。ソロモン王の鍵とアブラメリンの神聖魔術を継ぐ者だ。」
亞門が右手を振り下ろすとドーンッと大きな音がして気配は吹き飛んだ。
「いっ今のって…」
冴彩の視線は目の前の事象ではなく、上空に向けられていた。
「あぁ、ヴィネか。気にするな。それより指輪を返して貰えるか?」
頭上に異様な者が突然現れて気にするなという方が無理というものだが、借りた物は返さなくてはいけない。
「えっ?あ、うん…あ、アレ?!」
急に冴彩は慌て始めた。
「どうした?早くしろ。」
「ゴ、ゴメン。取れなくなっちゃった。」
慌てて亞門も外そうとするが抜けそうにない。
「どうしよう…授業始まっちゃう…。」
指輪が外れない事よりも遅刻の心配をする冴彩の様子に、亞門は少々呆れたがキング・ソロモンの指輪の価値を知らなければ仕方ないと思い直した。
「仕方ない、学校に行くぞ。」
「えっ?!」
「今日から明王山学園に通う事になっている。」
「えっ?!あっ、うんっ!」
今度は亞門の手をとって冴彩は走り出していた。
「あ、来た来た。」
かすみはスマホで時間を見ながら校門の前で待っていた。
「二人とも大丈夫?TLで公園の辺りにダウンバーストがあったって流れてたから心配で、」
「その話しは後。授業始まっちゃうよ。」
「あっ!」
冴彩とかすみは走り出していた。
「忙しい連中だな。」
足元の声に見下ろすと一匹の黒猫が座っていた。
「カイム、人前で喋るなよ。それと翼は隠しておけ。」
そう言い残して亞門は職員室へと向かった。
「起立、礼、着席」
「今日からクラスメイトが増えます。」
そう言って担任は亞門を招き入れた。
「ねぇねぇ、サーヤ。ベタな展開よねぇ。」
「そうねぇ。」
かすみに言われて冴彩は隣の空席に目をやった。どうして都合よく隣になるものかと。そして亞門が側まで来ると冴彩は周囲の時間が止まっている事に気がついた。
「キング・ソロモンの指輪は世界に一つの秘宝だ。指輪が外れるまで俺から出来るだけ離れるなよ。指輪に何かあった時は世界の保証はしない。」
普通であれば世界の保証という言葉に違和感を覚えるところだが、ついさっき、能力の一端を目の当たりにしている。あながち誇大妄想とは思えなかった。冴彩が亞門に声をかけようとした瞬間、時間が動き出した。