T/運命の『時』―2
「GUrrrrrrrrrrrAAAAAAA」
(……クソッ)
結は、心の中で悪態をつきながら校舎の中を逃げ回る。
数分逃げただけだが、もうすでに彼の息は絶え絶えでそれでも必死に足を動かしている。
足はどんどんと痛くなっていくが、止まった瞬間殺されてしまうという恐怖をからそれを無視して走っていく。
それを追う様に、化け物はその巨躯を校舎に擦り当てながら疾走してくる。
その体には、どこかで怪我を負ってきたのか大量の切り傷がありそこから血があふれ出ている。それを、校舎の壁に当てながら結のほうに向かってくる。
しかし、その巨躯が災いしてか彼の夢のなかほどのスピードでは追ってこず結はある程度の距離を取って逃げることができていた。
化け物は、それを煩わしく思っているのか壁を乱暴に破壊しながらも結の方向に向かっていく。
(でもこのままじゃジリ貧だろこれ!!)
距離が詰められることはないが、このまま時間が進めばその内追い付くだろう。
その先にあるのは背中に刺さるあの感覚、化け物の鳴き声、落ちていく意識―――
(………クソォッ!)
―――夢の中のあの一幕の再現となってしまうだろう。
後ろを向けば、顔のような部分からよだれをまき散らし窓や壁、扉を砕きながらこちらに向かってくる化け物。
その雰囲気は、殺気で溢れている。
自分の事を殺しつくそうと、その血があふれる体を振り回しこちらに向かってこようとしていた。
それを確認した結は、息も絶え絶えに階段を一気に駆け上がる。二階にたどり着いた瞬間にまた廊下に出てそこからまた全力で走る。
化け物もそれを追うかの様に後ろを追従してくる。
追われるたびに、結の頭には夢の中の死の記憶がよみがえってくる。
眼の前でグチャグチャの肉塊にされていく、あの夢のことを思いだす。
背中に突き刺さる爪の間隔を思いだす。
薄れ行く意識と、激しい激痛を思いだす。
その恐怖を、その痛みを次々と頭に浮かんでくる。
その恐怖から逃げるように彼は学校内を駆けずり回るように走っていく。
逃げれば逃げるほど、後ろから追ってくる化け物の殺気は強くなっていく。
怖い、怖い、怖い。あの夢の時のようにそのような言葉が、頭の中に次々と浮かんでいく。
逃げれば逃げるほど、殺されることに対する恐怖が強くなってくる。
結はそれを振りほどくように、校舎内を逃げていく。
そうして逃げていると、化け物が走ってくる音がふいに止まった。
(なんで……何で止まったんだ?)
そう思い後ろを振り向こうとする。
その時彼の頭に、一種の既視感を感じた。
そう―――
(こんな体験、したことなんてないはずなのに)
―――朝の時と同じように。
そして、その既視感は次の衝撃に完全に破壊されることとなる。
化け物は、腕に謎のオーラを貯めこちらをにらんでいる。
その腕を見て、結の頭に危険信号が警鐘を鳴らす。
逃げろ、あれは拙い、逃げろ、近づくな、逃げろ逃げろ逃げろッ!!
そのような言葉が次々に頭に出てくるが―――
(ッ!体が動かない!!)
―――全力で動き続けていた彼の体には限界が来ていた。
(動け、動けよ!!逃げなきゃ死んじまうんだぞ!!)
彼の体はその命令に全く応じず、その場から一歩たりとも動けなくなっていた。
その様子を見た化け物は、顔のような部分を酷く歪まし笑う。
その間にも、化け物の腕のオーラをどんどんと大きくなっている。
(早く、早く早く早く動け!!!)
結は、体を無理やり動かそうと必死に身じろぎをしていく。
そうすると、段々と後ろに後ずさりするかのように下がっていく。
必死に、必死に後ろに下がっていく。
化け物はその結の姿を、まるで獲物を弄ぶ獣のようにニヤニヤとした顔でそこから一歩も動かずに見据えている。
その腕には、もはや目に見えて危険だと思えるほどにオーラのようなものが集まってきていた。
怖い、逃げろ、やばい、そう結は思いさらに必死に体を動かそうとする。
その瞬間、彼の体が限界を超えたのか急に体が軽くなり結は―――
「……うぁぁぁあああああああッ!!!!」
―――そここら全力で逃げるため、必死に走り始める。
しかし、運命とはそう簡単には行かないものである。
その瞬間、眼の前の廊下の天井が崩れ落ちていく。
そして、彼の眼前にあったはずの逃げ道を完全に封鎖してしまった。
この逃走劇の最中、化け物はその巨躯を至る所の壁に擦りつけるように走っていた。
そのせいで、建物のほうが限界を迎えてしまったのだろう。
結はその光景を前に呆然としてしまう。
しかし、すぐにどこか逃げ道が他にないかと探し始める。
(ないか、どこかに逃げ道はないのか、どこか、どこか!!!)
必死に、必死に自分の逃げる道を模索する。
しかし、彼の運命は―――
「GYUAAA♪」
―――彼の死を告げていた。
化け物は、楽しそうな咆哮を軽く上げ自分の腕を見る。
そこには、巨大なオーラをまとった腕が存在していた。
自分の死、彼はそれを察したのかその場にへたり込んでしまう。
そして、自分の家族のことをまるで走馬灯のように思いだしていく。
(ああ……本当にごめん母さん。いつかは、慣れてまた一緒に暮らせると思ったのに……志藤さんにも真央ちゃんにも謝らなきゃ……あんなこと言っちゃって、勝手にいなくなって……)
死は彼に向かってどんどんと近づいていく。
彼の頭は、彼の家族への謝罪でいっぱいになっていく。
何も伝えられずに逃げてしまった家族のことでいっぱいになっていく。
(ああ、死んでもし父さんに出会えたら謝らなくちゃ……こんなに早くこっちに来ちゃってごめんって……ははは、悪い冗談だって怒られるな……ああでも……)
そして、死んでしまった彼の父のことも思いだしていく。
もうすぐそこまで、死は彼に近づいてきていた。
死神の鎌は彼のすぐそばまでやってきていたのだ。
もはや、死は回避できないと考えた彼の頭には―――
(死にたくない……死にたくないよ……)
―――その言葉しか思い浮かんでこなかった。
そこで、彼はまた既視感を得る。
だが、彼にとってはもはやどうでもいいことであった。
少し前に、同じことがあったことなど―――どうでもいいことであった。
化け物は、その腕を思いっきり結のいる方に向けて振り下ろす。
それが床に当たった瞬間、オーラは結のほうに向かっていった。
(ああ……本当に……ごめん)
結は、そう思い自分の死を受け入れた。
しかし、それは訪れることはなかった。
「諦めないで!!」
その言葉が聞こえた瞬間、彼は誰かに抱きかかえられ校舎の外を――宙を待っていた。
オーラは、おいてあった彼のカバンへとぶち当たりカバンの中身がそこら中に散乱していく。
「一般人の保護に成功!!発帰ちゃん、ここからの離脱は可能?」
『離脱は不可能。もしそこからリーダーがいなくなれば被害は大きくなる。一般人を逃がすように行動を推奨』
「分かったわ」
抱きかかえた誰かは女性のようで、誰かと連絡を取っているように聞こえた。
校舎から飛び出し、地面に着地した女性は結を安全に立たせようとする。
しかし、結は腰が抜けてしまっていたのかそこにずてんと尻もちをついてしまう。
「大丈夫?ほら、立てるかしら?」
女性は、そう言って手を差し伸べてくる。
結はその手を取って立ち上がろうとする。
「あ……ありがとうござ……いま……」
そしてそれに対しお礼を言おうとするが途中で言葉が途切れてしまう。
そこにいたのは―――
「……紛れ込んできた一般人は……未治くんだったのね」
―――昼間にあの部屋で出会った紅髪の女性。
「焔夜……先輩……」
焔夜志桜里であった。