T/運命の『時』―1
「はぁ……」
暗くなった道を、とぼとぼと結は歩いていた。
買い物に行くと急いで出ていった彼。しかし、彼の手にはスーパーの袋も所謂エコバックもなかった。
「焦ってたとはいえ……これはない……」
それもそのはず、彼の荷物の中には財布のさの字も存在していなかったのだから。
彼がそれに気付いたのは、買い物かごいっぱいに物を入れレジに並ぼうとしたときだった。
列から出て、カバンやポケットの中を確認してもそこから財布は出てくることはなかった。
そこで彼は気づいた。先ほど―――とはいってももう一時間半ほど前になるが―――までいたあの部屋、そこの机の上に放り投げて帰るときに焦ってそれを入れ忘れたことに。
(ただの馬鹿じゃないかこれ……)
彼は気づいた時にそう思った。
そこから彼は、かごの中の物を全部元の場所に戻しスーパーから出た。
そしてすぐに、学校の方面に歩きだし今に至るのである。
「あそこに……残ってるよな……?」
少し心配になりながらも、結は学校へ速足で向かっていた。
数分後、彼は目的地である学校にたどり着いた。
時間が時間なのか、門自体はすでに閉まっている。
「あー……やっぱり閉まってるか……」
ここで諦めること自体は容易だろう、しかし彼の場合は勝手が違った。
「これで探すの諦めて無いってなると……明日以降しばらく身動きが取れなくなるな……流石にそれはダメだな」
そう言って結は、門を無理やり上り始める。
上り慣れているかのように、するっと上り切った結は学校の敷地内に侵入する。
(ばれたら多分職員会議物じゃないかこれ?)
そう思いながら、部活棟の校舎の前まで辿り着く。
(……確かここのドアが……)
そう思いながら、校舎の裏のところのドアのドアノブに手をかける。
すると、ドアノブは簡単にひねることができドアが開いた。
(いつも通り開いてたな……)
このドアは、なぜか鍵を閉められておらず常時解放状態になっていた。
これを結が発見したのはあの部屋を利用し始めて数週間経った時だった。
その時彼は、初めて施錠時間が過ぎるまでこの校舎の中に居た。
警備員の人がいることもわかっているのだが、結はこの時焦ってしまい必死に出口を探した。その時にこのドアを発見したのだ。
それ以来、緊急脱出用として―――ごくたまにだが―――利用していたのだ。
中に入り、周りを確認する。
夜となって、暗くなり校舎は何処かおどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。
「……流石に怖いな」
そうは言っても背に腹は代えられない結は、校舎の中を突き進んでいく。
警備員はちょうどよく教室等が集まっている方の校舎の見回りをしているらしく、そちらの方から光―――懐中電灯だろうか―――が漏れだしていた。
(ちょこちょこ、この時間まで残ってたりしてるんだけど……いざ中を行くとなると怖いな)
そう思いながらも、彼は目的地であった部屋の前までたどり着いた。
(これで、もう施錠されてしまいました~っておちだとシャレにならないけど……)
南無三と思いながら、ドアを開けようとする。
だが、その懸念はまさにいらないものだといわんばかりにドアは勢いよく開いていった。
(……よし、これでここに財布がちゃんとあればいいんだけど……)
と、結が机の上を確認するとそこには彼の目当ての物がちゃんと置いてあった。
彼はそれを手に取り、中身を確認する。
中には数枚どころか数十枚のポイントカードとレシートに交じって、千円、五千円、一万円といったお札がきちんと収められていた。
彼は、自分の記憶と照らし合わせていくようにそのお札の枚数も確認する。
(5、6,7……ふぅ、よかった残ってた)
それを確認し、安堵した結は来た道を戻ろうとする。
「さて……帰って晩飯でも―――」
そこに、地ならしと共に爆音が鳴り響いた。
かなり大きな音で、結は思わず耳を塞いだ。
それと共に、どこかの壁がガラガラと崩れる音が聞こえる。
「はぁッ!?なんだいまのは?」
そう言いながら結は、その音のした方向を探そうと窓の外を確認する。
そこには、グラウンドに点々と広がる火とまるでそこで何かが爆発したかのような跡が無数に広がっていた。
「……なんだ……あれ……」
そう思い、結は一気に一階まで駆け下がっていく。
一階についた途端、また轟音が響き渡る。
それと同時に――
「GYUGAAAAAAAAAAAAA」
―――まるで獣の雄たけびのような音が聞こえてくる。
「はぁ!?いつからここは映画の撮影所になったの!?」
結は何が起こっているのかさっぱりわからず、思った言葉を口から滑らしてしまう。
その瞬間、眼の前の壁に――
ピシィィ
――大きな縦の罅が入る。
その罅はどんどんと規模を増していき、壁全域を覆うほどのになりそして
壁が吹き飛んだ。
吹き飛んだ壁材がこちらに吹き飛んでくる。
彼は運がよかったのか、その壁材にぶつからずに済んだ。
だが、どちらかといえばそれにぶつかったほうがまだ運がいいといえただろう。
なぜなら、その吹き飛んだ壁の向こうには
「……な……んで……あれは………夢のはずだろ?」
あの夢の中で見た
「あれは……現実じゃないもののはずだろ」
あの凄惨な光景の中で見た
「GISYAAAAAAAAAAAAAAA」
あの化け物がこちらを見ながら立っていたのだ。
化け物は、結の方をじっと見つめながら近づいてくる。
結は、これは夢だと思いながらもその近づいてくる化け物から逃げるように後ろに後退していく。
そして―――
「うわぁあああああああ」
「GYAAHLALAHSJLJLHS」
―――化け物と結の逃走劇が始まった。
その逃走劇までを見ていた人物がいた。
見た目は、結と同い年かそれより上のように見える女性だった。
手に大きな剣を持ち、特殊なスーツのようなものを身にまとっている。
「……一般人が侵入してたわよ!!どうゆうこと!!」
その女性は確認を取るかのように、何かの端末のような物に訴えかける。
『連絡しようとしても、リーダー連絡に出なかった。それだけ』
その端末から声が聞こえてくる。
女性のような声だが、少し幼い印象を受ける。
「いいのよそこは、それ以前に人祓いはどうなってたのよ」
『人祓いは結界玉の効果で万全だったはず。でも彼は普通に来て普通に入っていったのが確認できた。単純に、結界の効果がちょうど“あいつ”に破壊されたか』
「………人祓いの効果がきかなかったのか……という事ね……わかった」
そう言いながら、その女性は自分の体をパッパッと払っていく。
「一般人の救助が最優先、覚醒獣への対処は後。救援……というか、他の皆はどこ?」
『もう呼び出してる。しかし、くるまで時間がかかる。誰も転移できるものなんてもってない』
「……今度からケチらず申請する……こっちでしばらくは対処する」
女性は、持っていた剣を背中のさやに入れる。
『了解。……こちらからもなるべく誘導する。死ぬのだけは勘弁』
「……それくらい、分かってる。通信終了」
そう言いながら、彼女は端末の電源をオフにする。
そして、化け物と結が逃走劇を繰り広げている校舎に向かって口を開く。
「もう二度と……誰も殺させるもんか……」
その声には、大きな覚悟が秘められていた。