P/始まり―3
妙な夢から覚め、学校に来たが彼の頭の中にはその夢のことがグルグルと回っていた。
もう殆どのことが抜け落ち始めているが、あの生々しい感覚そして最後の謎の声が頭には残っていた。
(………本当に何だったんだあれ)
そのせいで、いつも身に入っていない授業がいつも以上に身に入ってこない状況になっている。
いつも、取るだけはとっているノートにすら取り掛かれないぐらいである。
ノートには、もはや書いているのかいないのか分からないミミズののたうった後のような線が引かれているだけだ。結は、それにすら気付かずに夢のことをグルグルと考え続けていた。
そのまま、時刻は放課後になり結は学校にある図書館で大量の本を借り部活棟のある部屋に向かっていた。
部活棟は全5階建ての建築物で校舎から簡単に迎えるようになっている。
その部活棟5階の一番奥、普通は何か部活でも入っていそうなところだがそこはどの部活も利用してなく空室となっている場所があった。
なぜかいつも施錠されておらず、どんな人間でも入れるようになっている。
結は、そこに入り図書館で借りてきた本を一つ手に取り読み始める。
この学校は、部活動への参加が自由であった。家族間の人間関係が嫌で一人暮らしになった結にとってはとてもありがたい環境だった。
そんな彼が、この部活棟の部屋を見つけたのは偶然だった。
入学してから、数週間経ったある日のことだった。もうそのころには、所謂“常連”という物に図書館でなっていた。
この学校の図書館は、もともと大きめだった校庭を利用して作られたものでありそのせいもあってか校庭のグラウンドにかなり近かった。そのため、放課後になると運動部の練習音がかなり聞こえてくるのだ。結はかなりこれを嫌った。
声が聞こえず、静かに本が読めるところはないか。そう考え、学校内を探索しているときに部屋の噂を耳にしたのだ。
部活棟の部屋は、それぞれが防音壁で区切られていて他の部室の音は聞こえてこない彼にとって最高の環境。そこが、部活に入らずに使える。
彼は、その噂を耳にしてすぐにそこに向かった。
無論、この部屋は今と同じく鍵は完全に開放されていた。
こんな場所だったら、少しでも悪いことを考えている人間がたむろしていたり暇つぶしに誰かいたりするはずだが一切誰も来ないのだ。
静かに、誰も鑑賞設けることなくゆっくりできる場所。そこにはそれがあった。
それ以来、習慣として本を持ってそこに入り浸るようになったのだ。
気落ちしている状態でも、本の話はするすると頭に入っていった。
食費を稼ぐためバイトをしているが、この時間だけは削ることができなかった。
数分間――数時間―――時が流れた。
彼が気付いた時には、学校の施錠時間20分前。それに気付き、彼は拙いと思いながら荷物を整理し廊下に飛び出す。
校舎側に歩を進めると、眼の前から一人の女性が歩いて来た。
それは、紅い髪をした長身の女性だった。
彼には、その女性に見覚えがあった。
(……確か……焔夜先輩だったっけか)
クラスの他の人間が噂をしながら外を見ていたのだ。それを気になり、外を見た際にいたのが彼女だった。
彼女とすれ違いながら、その噂のことを考えているとその噂の中に一つ引っかかった物があった。
(……確か、部活に入ってないって話だったような……なんでこんな時間にここにいるんだ?俺じゃあるまいし)
本来ならば、こんな時間にしかも部活棟なんて場所にいるのは部活に本気に打ち込んでいる人間位なものだろう。
結自身が特殊な例としても部活に入っていない人間がここにいるのはおかしな話であった。
結は少し気になり、後ろを振り向いた。
「……あれ?いない……」
そこには、先ほどすれ違った彼女の姿はなかった。
ドアがスライドする音は、彼の耳に全く入ってこなかった―――結が気付かなかったという可能性もあるが―――なので部室にはいったわけではないはずなのにすでにそこには彼女の姿はなかったのだ。
(気のせい……なわけないよな?)
彼は、確かに女性の横をすれ違ったはずだと考え頭をひねる。
その顔に、急に光が当たった。
「コラ!!そろそろ学校の施錠時間だから早く出なさい」
「あ、す、すいません!」
急に現れた教師の声を聞き、逃げるようにすたすたと結はその場を後にする。
同時に、すれ違ったはずのこの学校の先輩のことなど頭から消え失せてしまった。