T/運命の『時』-4
「……えっ?」
先ほどまで居たはずの場所の面影はなく、彼はいつの間にかただひたすらに白い空間にいた。
上を見てもそこにはただ白しかなく、遠くのほうを見渡してもそこにはただ白しかなく、そして下を見ても確かに立っているはずなのになにも無いかのように白しかない。
どこまで行っても白く、この空間のせいで結は平衡感覚が失っていくのを覚えた。
「どこなんだ……ここ……」
真っ白い空間で結はきょろきょろと周りを確認する。
しかし、その声は響くこともなく霧散していく。
この空間には、どこを見てもなにも無く誰もいなかった。
「本当に?本当に止めることが、変えることをがきないのかい?」
「!!誰だ!?」
急に声が聞こえてきて、結は周りをもう一回確認するがどこにも誰もいない。
驚きの声は、空間の中に吸い込まれるかのように消えていく。
「本当に、本当にできないのかい?本当に無理なのかい?」
「ど、どこにいるんだ!!」
四方八方から声がするかのように、彼の耳に伝わっていく。
彼は再度見渡すがやはりどこにも姿形はない。
「本当に、君には無理なのかい?」
「本当に、君には止めれないのかい?」
「本当に、君には変えれないのかい?」
周りから声は聞こえてくるが、姿は全く見えなかった。
それに対して、結はだんだんといら立ちを募らせていく。先ほどまでいた場所のことも、今のこの状況も忘れるほどに。
その内結は、声に対して反応を示さずただ黙り込んでしまった。
「おいおい、だんまりかい?私の質問に答えてくれないか?」
「………出来るわけないだろ!!」
ついに結はその謎の声に怒り、怒鳴るように行ってしまう。
「あんな化け物と戦うなんて俺にできるわけがない!!無理なんだよ変えるなんて!!無理なんだよ救うなんて!!」
結はそう言いきると、怒気をあげながら周りを見渡す。
やはりそこには誰もいないただ真っ白い空間が広がっているだけ。
その瞬間、押し殺すような笑い声が聞こえてきた。
声はどう聴いても先ほどの声と同じものだった。
「なにがおかしい!!」
「フッフフフフフ……いやなに、それでは戦う為の何かがあれば俺にだって変えられると言っているような気がしてね。それが可笑しくて可笑しくて」
そう言うと、謎の声は狂ったように笑いだす。
「もし、もしだよ!君にあれと戦える力があるとして、もしそういう状況だとして君はあの少女を救うことはできるのかい?今の状況を変えることができると思うかい?」
そう言われて、結は黙り込む。
変えれないとは言いたくない、そのためにあそこまで行ったのだから。
救えないとは言いたくない、そのためにあそこまで戻ったのだから。
しかし、あの化け物が再び生み出した恐怖が結の口にふたをする。
化け物の咢が彼の勇気を噛み砕こうとする。
化け物の爪が彼の決意を切り裂こうとする。
だが結は―――
「変えれると思いたい、救えると思いたい。もし、そのための力があるのなら……変えてやりたいよ。……その為に俺はあそこに行ったんだから」
―――その恐怖を飲み込んで、その言葉を口から発した。
その瞬間、先ほどまで話しかけていた笑い声がぴたりと止まった。
「……素晴らしい!」
そう声が聞こえた瞬間、結の後ろからぱちぱちと拍手が聞こえてきた。
バッと、結がそちらを振り向くとそこには――
「素晴らしい!!実に、実に素晴らしいよ少年!!」
――興奮した顔をした、英国紳士のような男が先ほどまでなかったはずの机に座っていた。
シルクハットに、燕尾服。
目にはモノクルを付けたその男は、ひとしきり拍手をした後机の上におかれたティーカップを手に取り紅茶を啜る。そうやって、一息ついてから結の方を向き直す。
「さ、さっきまでそこにいなかったはず……」
先ほどまで確かに居なかった筈の存在。だと言うのに、そこに座っていた男はまるで何も特別ではないまるでこれが普通だといわんばかりにそこにいた。
「ん?私はさっきからここにいたさ。ここに、ずぅっとね……」
紳士は、結の言葉を受け止めた上でやはり何も特別な事はないかのようにそう言う。
紳士は足を組み直し、中見の入ったティーカップをもとに場所にそっと戻す。
「さて、まずは自己紹介をしよう。私の名前はクロスという。よろしく頼むよ?」
紳士――クロスは、すっと立ち上がり結のほうに近づいて手を出した。
だが、結は驚きの連続で呆然とその手を見るだけになってしまった。
「おいおい、握手を求められたら素直に握手をしようよ。ほらほら、Shake hand !」
それを見てクロスは、ガッと手を掴むと無理やり握手をする。
「さてさて、驚いているとこ悪いけどね」
次の瞬間、今度は結の左のほうを歩き始めていた。
すでに、紅茶の置かれた机は無く紅茶の臭いも消えていた。
「さっきの質問の続きだね。さっきの君の答えには嘘偽りはないんだね?」
落ち着かせるような言葉に、結は落ち着きを取り戻し始めその言葉に対して小さくうなずく。
「そうか……そうか、嘘偽りないか……漸く見つけた……」
クロスはそう小さく言いながら結の眼の前に掌をそっと差し出す。
するとその掌から、すうっと光の珠が浮き上がってくる。
「そ……れは……?」
「これはね、さっき言った『力』さ。君にさっき言った『あいつと戦うことができる、状況を変えることのできる力』さ」
そう聞いた瞬間、結はその光に手を伸ばす。
それを見て、クロスは光の珠を結の手の届かないようにする。
「おっとっと……そう慌てないでくれよ。もうすこーし、私の説明に耳を傾けてくれ給えよ」
そう言うと、光の珠はまたクロスの掌に吸い込まれるように消えていく。
「さて、君の眼の前には大きく分けると2つの道が存在している」
そう言うと、今度はクロスの後ろに二つの道のようなものが現れる。
「一つは、あそこから今すぐにでも逃げ出すことだ」
そうすると、人形劇のようなものが右側の道に現れる。
そこには、志桜里や結によく似た人形と化け物のようなものが吊り下げられている。
すると、結によく似た人形が逃げるように走りだしていく。
「さて、そうするとまあ今の状況から考えれば、君の命は確実に助かることになる」
そうすると、人形がぴたりと止まり大きく手を上に挙げる。すると、その人形の上に『You Alive!!』と文字が浮かびだした。
「だがね……」
その人形の後ろから、ものすごくリアルな十字架のようなものが現れる。
その十字架には『SHIORI HOMURAYA』と書かれている。
その十字架から、先ほどまで彼女の着けていた衣服を着た骸骨が現れ結人形に纏わりつく。
「まあ、このようにだね……君は彼女を見捨てて逃げだしたという十字架を背負うことになる……一生ね?」
結人形は、どんどんと老衰していき最終的にその場に倒れてしまう。
それを見て、結は顔を顰める。
それもそうだろう。人形とはいえ自分と同じ姿形をした者がそのような扱いを受ければそうもなるだろう。
「おっとっと、これは一つの可能性だよ少年!君本人のことではないのだよ?」
クロスは、そう言って指をパチリとならす。
そうすると、先ほどまであった人形劇が消え左側に同じような人形劇が現れる。
「さてこちらはもう一つの道だね」
今度の結人形は、志桜里人形を助けるように武器を手に持ち化け物に戦いを挑んでいく。
「こちらの道は、僕から力を受け取って戦うことを選ぶというものだ」
結人形は武器を使い、化け物に傷を付けて行く。ひとつ、ふたつ、みっつと化け物の形をした舞台装置は一個所一個所上に引き上げられ無くなっていく。
そして、ボロボロになった舞台装置はひもの力が無くなったかのようにそこにバタンと崩れ落ちる。
「まあこのようにだ……君はほとんどの可能性で勝つことになるだろう、あの化け物とね」
崩れ落ちた化物は、舞台の袖に引っ張られるよに消えていく。
「だが、もちろんこちらにもデメリットは存在している」
そうすると、上から形の違った化物の舞台装置が降りてくる。
結人形は、その舞台装置にも勇敢にも攻撃をしていく。
そうすると、先程の舞台装置のようにばらばらになりそして崩れ落ちていく。
それが、舞台袖に回収されるとまた新たな舞台装置が上から降りてくる。
何度も何度も何度もそれが繰り返されていく。
「もし、あの化物と戦うために力を得れば君はこの先永遠と戦い続けることになる。あの化物たちとね」
そう言ってクロスは、また指をパチリと鳴らす。
すると人形劇はたちどころに消え去っていった。
「どちらも可能性の一つに過ぎないけどね……でも、大きく分けてこの二つが今君の目の前にある可能性だね。どちらを選ぶのも自由だよ、君の行く先は神様なんてものが決めるものじゃないからね」
そう言ってクロスは、道の前から離れる。
道は、クロスが離れてもまるで結の選択をまっているかのようにそこに存在していた。
「……もうどちらをとるかなんて決めてあるよ」
そう言って、結は左の道に歩を進める。
「いいのかい?君の人生は永遠と戦いが続く果てのない孤独な旅路になるよ?何が待っているかもわからない……それでもいいのかい?」
「元々こっちを選ぶって、もう決めてあったんだよ。……変えるためにあそこまで戻ったんだ。たとえ俺の全てを犠牲にしてでも、変えてみせる」
結が道に入った瞬間、道は光の珠になった。
光の球は、結の胸に溶け込むかのように入っていく。
その瞬間、空間が眩い光を発し始めた。
その中で、クロスの声が響く。
「素晴らしい!君はその可能性を行くのか!!君はその可能性を行くんだな!!ならば行こうじゃないか!!」
結の視界はどんどんと光で覆われていく。
もはや、光で目の前が見えなくなっていく。
「さあ、目覚めろ!!覚醒のときだ!!」
自分に振り下ろされていく化け物の腕に対して、志桜里はどこか客観的に見ていた。
(ああ、ここで私は終わるのね……でも、悔いはないわ。彼を救うことができるのだもの)
その顔は、今から死に行くと言うのに晴れやかな顔であった。
怪物の腕が振り下ろされる。
その腕は、志桜里に死を与えるものだった。
しかし、そうはならなかった。
目を瞑り死を受け入れようとした志桜里に対して何時まで経っても、腕が振り下ろされないのだ。
(どういうことなの?)
目を開けて様子を伺うと、眼前まで迫っていたはずの化物の腕はなかった。
それどころか化物は、数十m離れた場所でこちらのほうを警戒しながらじっと睨んでいる。
(どういうこと、私はボロボロなのに……格好の獲物のはずなのに、どうしてそんなにもこちらを警戒しているの?)
そこで、志桜里は気づいた。
自分のことを警戒しているのではないことに。
彼女の後ろのものに対して警戒していることに。
(後ろにはまだ未治君がいるはず……まさか!!)
志桜里は、結が無事なのかを確認するためにすぐさま後ろを振り向く。
そこには、確かに結が立っていた。
しかし、纏っている雰囲気が先程までのものと違っていた。
その雰囲気は、志桜里がよく感じる雰囲気と同じものになっていた。
(まさか、こんなときに!?ありえないわ!!)
それは、自分と同じものが発する雰囲気と同じものだった。
(こんな、まるでタイミングを見計らったみたいに……!!)
そこにいたのは、自分の内なる力に目覚めた者。
そこにいたのは、自分と同じ存在。
カクセイシャだった。