T/運命の『時』―3
志桜里は、昼間見た時とはかけ離れた格好をしていた。
服装は、アニメなどでよく見るアーマースーツに近い物を着ている。
背中には、所謂大剣と呼ばれる剣がさやに収められている。
頭には、インカムを付けてまるでSFの世界にも紛れ込んだかのように錯覚してしまう。
しかし、スーツの布部分はかなりボロボロになっており素肌が出てきてしまっている。また、アーマー部分にもひびが入っている。
その素肌も、多くの怪我を負っていた。
インカムも、表面に軽くひびが入っており今にも壊れそうだ。
「……まあいいわ。発帰ちゃん、安全に一般人を逃がすことはできそう?」
志桜里は、その状態にもかかわらずインカムとは違う端末に対して声をかける。
すると、その端末から女性の声が聞こえてきた。
『覚醒獣の体格等から高所から飛び降りるのは無理と推定。今だったら、一般人を安全に逃走させることが可能』
その声は淡々とそのようなこと告げてきた。
上には、確かにこちらをじっと睨み付けている化け物の姿はあるが睨み付けるだけで下りては来ない。
結は、その光景を呆然と夢かのように見ていた。
ついさっきまで、普通に過ごしていた彼の眼の前にファンタジーが広がっていたからだ。
今彼の眼の前にいる昼にあった先輩は、まるで別の世界の住人のように思える。
すこし落ち着いて化け物を見てみれば、ファンタジーに出てくるモンスターのようでもあった。
「了解、それじゃ未治くんを安全なところに逃がしたら継続して戦闘を続行するわ。皆がここに来るまで後どれ位かかるかしら?」
『暫くはかかる。短く見積もって30分、長くて1時間。……こうなってみるとやっぱり移動玉を準備しておくべき、人数分』
「そこは、まぁ……仕方ないことだからさ……申請するけどあれ高いし人数分は無理。……とにかく、ここで1時間くらいは継続して戦闘続行すればいいのね」
そう言いながら、志桜里は軽くストレッチをする。
そこで、結はようやく落ち着きを取り戻した。
「あの!先輩、あれはいったいそれに先輩も!!」
とはいうものも、現実感がない状態には変わらず結は今の現状について志桜里に聞こうとする。
「あ~……ごめんね、今はそう言うの後回しにさせて。質問だったら、後でいっぱい応えてあげるから」
そう言って、志桜里はストレッチを終え端末に話しかける。
「それじゃ、発帰ちゃん。ここからの安全なルートの―――」
その瞬間、ズダンという音と共に何か巨大なものが上から振ってきた。
それは―――
「Grurururu……」
先ほどまで、校舎の上からこちらを睨み付けていたあの化け物だった。
「……発帰ちゃん言ってることと今の現状……全く違うじゃない」
『……私は推定と言った。あそこから飛ぶのもある程度予測範囲内』
志桜里は端末の向こうの女性と話しながら、化け物の姿を見据える。
化け物は、先ほど獲物を取られた恨みなのかそれともさらに前からの恨みなのか志桜里をとてつもない形相で睨み付けている。
それを見て結は、先ほどまであった死の恐怖が蘇り腰を抜かしてそこに座り込んでしまう。
死という感情が彼の頭の中をまた駆けずり回る。
(やばい、にげ、逃げなきゃ)
化け物の顔は、先ほど見た恐怖を思いだすほどの形相だった。
「……未治くん」
その声を聞いて、未治は我に返る。
話しかけてきた志桜里は、背中の大剣を引き抜き化け物の方に構える。
「いい、未治君。よく聞いて、この学校の表玄関――正門ね。今すぐここから逃げてそこへ向かって」
「……えっ」
「そこにしばらくいれば多分私の仲間たちがそこに来る。ここからはかなり遠いはず。そこにいれば安全だから―――だから早く逃げなさい」
結はそう言われ、一目散に逃げようと考える。
だが、それは志桜里の今の状態を思いだし踏みとどまる。
「に、逃げれませんよ!焔夜先輩、ボロボロじゃないですか!!」
「大丈夫よ―――」
そう志桜里が口を開いた瞬間、化け物が彼女に向かって腕をあげながら飛びかかってきた。
それを、志桜里は大剣で振り下ろされる腕をいなし、その勢いのまま化け物の体躯をはじき飛ばした。
「私、こう見えても……強いから」
そう言って、志桜里ははじき飛ばされた化け物を見る。
化け物は、はじき飛ばされた衝撃で倒れた体を起き上がらせようとしている。
「それに、正直な話―――あなたがここにいられると邪魔なの」
志桜里は、大剣を構えなおし化け物を見据える。
「あなたを守りながら戦うなんて私には無理よ。それに、あなた、あれを何とかできるの?さっきまで必死に逃げてたあなたが!」
それを言われて、結は何も言えなくなる。
結は、そこから何も言わずに立ち上がり正門のほうに向かって走っていった。
志桜里は、それを確認しインカムに対して声をかける。
「………行ったかな……発帰ちゃん。さっき言ってたの聞いてた?」
『聞いてた。だけど……リーダー、まさか』
インカムの向こうから聞こえてきた声には強い怒気をはらんでいた。
「……何考えてるのよ、確かにちょっとボロボロだけど死ぬ気はさらさらないわよ」
『……ならいい、正門に皆を誘導する』
「わかった、ありがとう。こっちは今からしばらく戦闘に集中するから通信機切るわね」
『了解……緊急事態になったら強制的にオンにする、じゃあ』
そうインカムから聞こえてから、音もなくインカムの電源がオフにされる。
それを確認し、化け物を見据える。
化け物はすでに立ち上がっており、獲物を逃がされさらに自分の事をボロボロにした志桜里に対して明らかな殺意を立ち昇らしていた。
それを見て、焔夜はしっかりと剣を構える。
「さて……そう簡単に私が倒れると思ったら大間違い」
そして、構えた剣から業火が立ちあがる。
「さて、私の炎……そう簡単に消せると思わないことね」
逃げる、逃げる、逃げる。
結は、正門に向かって必死に逃げていた。
焔夜に言われたことを信じて、恐怖から必死に逃げるために。
先輩は大丈夫なのか、あの姿は何なのか、あの化け物は何なのか―――
そんなことを考えながら、必死に、ただただ必死に逃げていた。
正門までは走っていけばそこまで遠くないはずなのに、何十分、何時間も走った感覚になっていく。
(走れ、走れ、走れ)
ただただ、必死に正門まで結は走っていく。
そして、気が付くと彼は正門の前々来ていた。
結は、そこで足を止め、息を整える。
そのままずるずると、壁を背にそこに座ってしまう。
短い間に何度も走り、もはや彼の体は限界だったのだ
ゼーハーと整えるうちに頭は冷静になっていく。
先ほどまで考えていたことが、走っていた時以上に頭の中を駆け巡る。
あの化け物と夢の中の化け物がなんで同じ姿だったのか、ここに来たら本当に安全なのか―――――あんなにボロボロになっていた先輩は本当に大丈夫なのか。
そんな考えが頭の中をよぎる。
(本当にこれ……現実なのか?)
彼は本が好きではあるが、本の世界に行きたいと思ったことは一度もなかった。
だが今は、それが現実の物となってしまっている。
彼は、実は自分がファンタジーな幻覚を見てしまっているのではないかと思い始めていた。
そこに、背後から轟音が聞こえてきた。
先ほどの化け物がこちらに来たのか、そう思い結はばっと後ろを振り向く。
そこには―――
「……えっ?」
――――人気の全くしない崩れかけの校舎
――――その向こうから聞こえてくる轟音
――――その方向から立ち上る、燃える炎
――――聞こえてくる、化け物の声
(同じだ、あの夢と……全く同じだ……)
彼が見た夢と、今の状況はほとんど同じだった。
もしかしたら、あの夢は予知夢だったのではないかと思うほど。
そう考えると、彼の頭に浮かぶのは―――
(……まさか……有りえない)
あの夢で見た、グチャグチャにされていく人のようなもの。
それはつまり――――
そう考えて、結は―――
なぜか来た道を必死に戻り始めた。
(何やってるんだよ、俺)
走る、走る、走る。
さっき来た道をひたすらに。
逃げろといわれて、走ってきた道を。
(戻っても何もできないだろ、何で必死に戻ってるんだよ)
走る、走る、走る。
逃げてきた道をひたすらに。
何もできないはずなのに、何もすることなどないはずなのに。
(さっき言われたじゃないか、俺には何もできないって)
轟音は、先ほどの場所に近づくたびに大きくなっていく。
それに加えて、やはりと言うべきか学校の崩れた部分が見えるようになって来た。
あの夢と同じ状況に、結はあの時の恐怖を感じていた。
だが、それ以上に彼を突き動かす何かがあった。
急に轟音が鳴りやんだ。
何があったのか、彼は考えながらもそこに行く。
辿り衝けば、化け物の姿はなく先程よりもさらにボロボロになった志桜里が壁を背に座っていた。
(流石に……限界かな)
志桜里は、校舎の裏手で壁に背中を完全に預けた状態で座っていた。
持っていた剣は半ばから折れ、もはや戦闘では使えるようには見えない。
着ていたスーツも、先程以上にボロボロになっており身を守ることができるとはお世辞にも言えない状態だった。
体からは、血があふれ出ている。
彼女自身の意識ももうろうとしていた。
(時間は稼げた……未治くんは逃げれたかしら)
そんな死に瀕している状況の中で、彼女は先ほど逃がした人間のことを考えていた。
あの部屋でつい今日初めてあった、ほとんど何も知らない後輩のことを。
(……いずれあいつはここに私がいることに気付く。そうなると……お終いね)
立ち上がろうとするが、限界を超えた彼女の足はもう体を支えようともせず動かない。
(……でも、私が必死に時間を稼いだおかげで―――彼は逃げることができた―――)
死にそうだというのに、彼女の顔は―――
「……命をかけた……かいは、あったわね」
―――晴れやかであった。
彼女は自分の命を捧げて誰かを助けることができたことを喜び、顔をあげた。
「……そんなこと、言わないでください」
「……なん……で……」
そこには、先ほど逃げていったはずの結が立っていた。
結は、志桜里の傍により彼女の手を肩に回し引きずるように歩きだした。
「……なんで……戻ってきたの……」
「…………」
結は無言で、志桜里を肩に背負い正門に逃げるように歩き続ける。
「……私は……言ったはず…よ……逃げろって」
「……それは聞きました」
逃げろという言葉に反応して、結は口を開く。
でも、一言言っただけでその口はまた閉じ黙々と焦るように進んでいく。
その焦りは、化け物が来るからなのだろう。
しかし、結は口を食い縛り黙々と進んでいく。
「……じゃあ……なん…で……戻ってきたの」
「…………」
あのまま逃げてくれればよかったのに、なぜ戻ってきてしまったのか、彼女は知りたくなった。
しかし、結は喋らない。
やはり黙々と志桜里を引きずりながら正門に向かう。
「……親父に重なるんです。だから嫌なんです」
急に結はそう口を開いた。
その顔には怒りと悲しみの表情が浮かんでいた。
「嫌なんですよ、勝手に人助けて、勝手に死なれるのがッ……!」
結の死んだ父親、未治 照はレスキュー隊の隊員だった。
危険な地帯で、人を助けるのが自分の仕事だと結に毎日のように語っていた。
そんなある日、彼は大型の火災現場に人命救助に向かい一人の女の子を助けた。
彼は、いまだに救助を待っている人かいるかもしれないと同僚に女の子を任せさらに奥へと進んでいった。
しかし、助けた後彼は戻ってくることはなかった。
のちの焼け跡から彼の遺骸が発見された。
それを知った女の子は、結に詫びた。
私のせいだと、私が悪いのだと、私があんなところにいなければと。
泣きながら必死に謝ってきた。
彼の同僚も同じように、結に謝った。
俺のせいだと、俺もついていけばあんなことにならなかったと、あいつを生きたまま連れてこられたと。
悲しみの顔を浮かべながら、ずっと結と母親に謝っていた。
「嫌なんですよ!!残された人とそれにつながる人が悲しむのが!!もうそんなのごめんなんですよ!」
それを見て、結は自分の父親に怒りを感じた。
なんで俺達を残していったのか、なんで勝手に人助けて勝手に死んだのか。
その先の結果がこうなる事を知っていたのか。
悲しみと同時に、彼の中には怒りがあった。
その父と、志桜里の姿が重なった。それが、彼には許せなかったのだ。
「だから、勝手に人助けするんだったら、必死に生きてください。命かけたかいだとか、自分の命投げ捨てるようなこと言わないでください!!」
そう志桜里に、ぶつけるように言っていく。
まるで自分の中の何かをブチ撒けるように。
「なんで戻ってきたか!?そんなの決まってます、生きてほしいからです!死んだら、周りの人が悲しむからです!そんなのもわからないんだったら人なんて助けないでください……!!」
そう言いきって、結はハッとした顔をする。
「ごめんなさい……こんなブチ撒けるように言っちゃって……とりあえず、そう言うことです」
そう言うと、彼は顔を焔夜に見えないように少し背けた。
「……とりあえず、今正門に向かって歩いています。あそこにいれば、多少安全に―――」
嫌な空気を流そうと、結は話を変える。
しかし―――
彼らの後ろ側の校舎が轟音と共に破壊される。
その衝撃で、結と焔夜は倒されてしまう。
結は、何事かと後ろを見る。
すると、その破壊された校舎から出てきたのは。
「GIJAAAAAA……」
あの化け物であった。
化け物の姿はあれからさらに変わり、体が―――自分の血液なのか焔夜からの返り血なのか定かではないが―――血で染まっておりその顔はさらなる怒りが浮かんでいた。
結は、すぐに我に返り志桜里と逃げようと周りを探す。
しかし、一緒に倒れてしまったはずの志桜里は―――
自分の眼の前で、まるで自分の事を守るように立っていた。
「な、なんで……」
「ごめんなさい、未治君」
志桜里は、結に対してそういう。
「逃げましょう!!無理ですって!死んじゃいます」
「ええ、死ぬでしょうね」
「だったら!!」
「でも、貴方は逃げられるわ」
そう言って、志桜里は顔を結のほうに向けた。
そこには、強い石を持った顔の志桜里がいた。
「ごめんなさい、未治君。さっきああいわれたけども、必死に生きる道を探そうとしても多分もう無理なのよ。だったら、自分の命を犠牲にしてあなたを助ける。それが、私の使命だから」
そう言って、また彼女は前を向いた。
その方向にいる化け物は、こちらを見つけ向かって来ていた。
「さ、早く逃げなさい。あの感じだからしばらく私で時間を稼げると思う」
化け物はもはや目を鼻の先まで近づいてきていた。
結は、それを、ただただ見ることしかできなかった。
あの夢と同じように。
助ける為に来たのに、助けることはできないのか。
あの夢を正夢にしないために来たのに、やはり変えれないのか。
そう考える、彼の前で夢の焼き直しのように化け物の腕が志桜里に向かって振り下ろされていく。
志桜里は満足そうにそれを受け止めようとする。
結は思った。
やはり変えられないのか、やっぱり無理なのか、やっぱり自分には何もできないのかと。
振り下ろされる腕を見ながら、彼はそう考えた。
|自分には、何も変えられないと《・・・・・・・・・・・・・・》
「本当に?」
その瞬間、彼の眼の間は白に染まった。