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01-06 最後の場面


 雑誌購入の未達成という敗北の味を噛み締めながら、書店の自動ドアをくぐると笑いながら待つ姫乃がいた。どうやら部活帰りらしい。

 帰る時間が一緒になるという偶然に逆らうことはない。そのまま部活や仕事のことを互いに話しながら家路につく。


 「休日もお仕事、大変だね」

 「そっちも部活疲れたろう。ラクロスって激しいんだろ、よく知らないけど」

 

 何度か姫乃の部活について説明を受けているが未だによく知らない。姫乃ももう説明を諦めている節がある。


 「またそれ。今度試合でも見ればいいじゃん。一発で分かるよ」

 「高校の試合だろ。見に行ってもいいんだけど、時間がな」

 「でた。その言い訳、うちのお父さんと同じ。もう絶対来ないなって分かるよ」

 「言い訳ってことはないと思うけど」


 少なくとも叔父さんは本当に忙しい可能性がある。

 

 「そんなこと言うと、もう朝ごはん作ってあげないんだからね」

 「そういうセリフが脅迫になるのって、一度でも朝食を作りに来たことがある人だけだよな」

 「えっへへ。なんか友達がよく言うんだよね、このセリフが頼みごとの作法だとか」

 「お前の友達って、高校生だよな。2周りぐらい上の中年じゃないよな」

 

 なんか急に親戚の交友関係が不安になってきた。

 

 「んなわけないじゃん。同い年だよ」

 「ほんとに女子高生か。なんか思考の年代が明らかに歳上なんだが」

 「うわ、スーツ姿で女子高生とかって発言聞くとちょっとキモいね」

 「姫乃。よく聞け。何度も行っているが、その言葉は高校生が思うほど社会人は軽く受け取らないから……ん?」


 本当にそうなのかを社会人を相手に調べたことはないが、自分のことを考えると少なくとも嘘はいっていない。そんな話を続けていると、周囲がざわめきだしていることに気付いた。

 

 ざわめきの音はそう大きくない。少し離れれば車の走行音に紛れてしまうほどだ。ただ、聞き逃せないような真剣さがあった。

 

 「おい、あれってまさか」

 「えっ、何かの撮影でしょ」

 「写真とっとくか?」

 「そんなことより警察呼びなさいよ」


 真面目な表情で驚く人もいれば、スマートフォン片手に手を動かしているような人もいる。行動や言葉は様々だったが、皆が上を向いていることだけは揃っていた。

 自分も周囲につられて上を見上げる。そこには、隣に立つマンションの屋上があった。周りのビルの影が差し込んでいて、屋上を暗くしている。その屋上に人の影が見えている。その影は屋上の縁に立って、風に揺られている。その位置はいただけない。その縁の位置は自分の斜め後ろだった。


 ビルの窓からの反射光が眩しい。夕日の光を浴びているのか屋上から横半分のみが赤く染められている物体が落ちてくる。

 周囲の人がなにか言っているが、全く耳に入ってこない。斜め後ろにいる姫乃へと振り向く。

 姫乃は周囲の慌てている様子を見ているだけで、事態を飲み込めていない。姫乃になんて声をかけたかはわからないが、何かを叫んでいた。その場所はいけない。固まる姫乃を突き飛ばそうとしたが、咄嗟のことにチグハグな体の動きで覆いかぶさる形になってしまった。

 身体を何かが貫通した。身体の肉をすり潰しながら、内蔵を掻き出していく。自分はそう思った。

 もう自分が目を開けているのかどうかもわからない。身体の感触もなく、自分に覆われているはずの姫乃が温かいか冷たいかも知ることができない。

 意識だけはまだあったが、何を思っていたのだろうか。目前のプロジェクトのことかもしれないし、姫乃の無事かもしれない。

 でもきっと自分のことだから、子供の頃に思ったことを不格好にも達成するために行動できたのだから、満足だったと思う。

 



 「ゴメン。そんな思い出したい話じゃないよね」

 

 長い時間思いふけっていたのを姫乃が気遣う。最後の場面だけならそんなに時間はかからなかったと思うが。


 「そうかもな。でも、なんとか思い出したよ。姫乃が死ななくてよかった、無事ではないかもしれないけど」

 「それはこっちも同じよ」

 「あれは飛び降りだったのかな。それに巻き込まれたのか」

 「私はそこまで覚えてない。何かに気づく前に、巻き込まれた感じ」

 「思い出しても、実感が湧かないな。今日の土蜘蛛のほうがよっぽど実感できる」

 「そうね。おかしな話だけど、現実より今日の夢みたいな事のほうが実感できるなんて。一応、今も現実なんだろうけど」

 

 子鬼や大きな虫との戦いなんて夢物語みたいだが、頬の痛みが現実と教えてくれる。


 「私の未練は部活かな」

 「そうじゃないか。その道具しかあの部屋になかったんだろう」

 「うん。でも、あの時に部活のことなんて思い浮かばなかったけど」

 「自覚してないだけということもあるぞ。俺も仕事道具だけど、未練と言われてもそこまで気にしてたかなと思うし」

 「私の未練の力はわかったけど、幹也のはなんなの」

 「わからん。心当たりはあるが、確かる気にはならないしな」

 「わからないことだらけね。結局、ここで何すればいいのかもわかんないし」

 「俺達より前に来ているあの人とやらが、知ってればいいんだけどな」


 結局、色々とわからないことだらけという分かりきった結論に到達した頃、ワニが魚を手に戻ってきた。

 新たにわかったことは姫乃の力と和邇族は魚食性ということぐらいかもしれない。


 「今日の夕餉は魚だども、食べられやすか? 腸取るの手伝ってくれると助かりやす」

 

 ワニが小刀をこちらに渡すと、ワニは器用に魚の腹を爪で割き、ウロコを落としていった。

 腸を取り除いた後、炙った木の棒を魚に通し、焚き火へとかざす。

 表面が焦げてきた頃、魚から滲み出る汁が木の棒を伝う


 「ワニがいてほんとうに助かった。二人だけだったら食事がとれたかどうか」

 「ホント、そうね」

 「これも山の主に襲われた俺のおかげかな」

 「そんなことよりお腹がすいたわ」

 「絶体絶命だな」


 くだらない軽口を姫乃がスルーしていく。


 「塩味が効いていて、そのままでも中々いけますよ」

 

 素材の味が十分に生きた晩餐を終え、そのまま床につく。見張りはワニが担ってくれた。

 ワニには感謝の言葉もない。途中で見張りを変わろうと思いはしたが、とても疲れていたのか、朝まで目をさますことはできなかった。



 3人で再び歩き始めてしばらく経った頃、川と海との合流点に集落が見え始めた。


 「あれがあっしらの村です。小さいですが、休めることは保証しやす」

 「あそこに私達と同じ人がいるのね」

 「はい。紹介しやすよ」


 村の入口まで差し掛かり、辺りを見回すと人影がほとんど見当たらない。

 ワニが小首をかしげて、近くの家を当たったが留守だったようだ。


 「ちょっと待っててくだせい。今、他の和邇を見つけやすんで」


 ワニはそう言うと、少し奥まった場所にある家へと入っていった。扉を開ける前に何の躊躇もなかったので、恐らくあそこがワニの家なのだろう。


 「何があったのかな」

 「さぁ?」

 「もしかしてマズイ時に来ちゃった?」

 「そういえば、一族招集とか言ってたな。それと関係あるのかも」


 初めてきた場所に取り残されると言い知れない不安が寄せてくる。壊れた家や火の手が上がっているわけではないので、見たところは平和な村落の風景なのだが、表に出ている和邇がいない。


 ワニの家の方からなにやら大声で言い争う2つの声が聞こえてきた。一つはワニの声だが、もう一つは聞き覚えがない。何を言っているのかは分からないが、そのもう一つの声が怒っているのは分かる。


 「誰も居ないってことはなさそうだな」

 「ねぇ、私達も行ってみたほうがいいんじゃない」


 姫乃の提案に頷き、恐る恐るワニの家へと近づく。

 

 「何、今頃来てるんですか。皆もう行っちゃいましたよ」

 「そんなこと言っても仕方ねぇじゃねぇか。客人を連れて来てんだよ」

 「兄者はここの戦士として自覚があるんですか。一族招集に遅れるなんて」

 「だども、客人を見捨てるなんざできねぇ」


 ワニの家の前についた時、ワニ達の言い合う声がはっきりと聞こえてきた。その声に混じって、何かが倒れる音や落ちる音なども混じっている。


 「なんか私達せいで喧嘩してるみたいだよ」

 「そうだな。止めに入らないとマズイよな」

 「そうね。行きましょう。あの、すみません」


 姫乃が声を掛けながら、ワニの家の扉を開ける。中では見た目凶悪なワニとウロコの生えた人が取っ組み合いをしていた。

 


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