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01-05 回想

 

 姫乃と自分は近所ということもあり、親戚付き合いでよく会ってはいた。ただ、年齢が離れているということもあり、それほど親しいというわけではない。従兄妹以外の言葉で表せば、顔見知りがせいぜいだった。そんな関係が変わり始めたのは自分が中学に入って2回目の夏だろう。


 花火大会を友達とみた後、その興奮を少しでも長くするために友達と花火をしていた。しかし、花火大会の終了後ということはすでに夜も遅い。なんとか親に怒られない時間内で打ち上げ花火を打ち終え、別れることになった。楽しんだ後、家に帰る途中で姫乃の家の前を通りかかった。知った家ではあるが、ただそれだけだ。わざわざ挨拶なんてする訳はないが、その時だけは事情が違っていた。その家の前で姫乃が座り込んでいたからだ。


 「姫乃ちゃん、なにやってるの」

 「あっ、アンチャン」


 この時の姫乃は自分をアンチャン呼びしていた。一人っ子だった自分は、大多数の人がそうであると確信しているが、妹や弟と言った存在にかすかな憧れがあった。それなのに、まさかの13人目である。誤解しないで欲しいが、妹の呼び方に特別なコダワリがあるわけではない。しかし、定番から変わり種まで揃えた12人以外から選ばれるとは思わなかった。個人的には「兄者」あたりが良かった。


 「家出してるの」

 「家出?」

 

 自分が知る家出とは大きく違う。家から出てはいるが、それでいいのだろうか。なんと答えようかと迷って姫乃から目線をそらすと、そのまま会釈をした。大きめの窓から心配そうに見ている叔父さんと目があったからだ。叔父さんは自分に何かを頼むようなジェスチャーをしている。


 「お父さんたちと花火大会に行く約束だったのに、いけなくなっちゃから」


 つまり、叔父さんは自分に姫乃を家に戻すように説得してほしいわけだ。これで自分がもう少し大人だったら、優しい言葉で叔父さんたちを立てながら説得しただろう。運がいいのか悪いのか、その時の自分は思春期真っ盛りで、大人の理不尽に反抗し、かっこ良く見られたかった。大人にできないことを自分が成し得たかった。幸いなことに自分は今、花火の残りを持っている。

 

 「よし、じゃあ、花火大会しようか」

 「アンチャン、ほんと」


 自信満々に掲げた花火の残りを見て、明らかにガッカリする姫乃。


 「ただの花火じゃん」

 「そうだけど」

 「打ち上げ花火もないじゃん」

 「そうだけど。きっと楽しいよ」


 やれやれ付き合ってやるかという顔をする小学1年生。小学生を元気づけようとして、逆に付き合ってもらうことになった中学2年生。人間は見たくもない事実を簡単には信じないという。もちろん自分も信じないので、ここに繰り広げられているのは小学生の望みをかなえる中学2年生という展開だ。

 姫乃はリビングの窓から叔父さんに火やバケツを準備してもらっている。つくづく変わった家出だ。未だに名前を知らないが、手に持ってビラビラのところに火をつけるとバチバチする花火を姫乃に持たせる。


 「綺麗だね、アンチャン」


 楽しそうに笑う姫乃と二人で少しの間だけ花火を楽しんだ。


 エピソードといえるほど長い話でもないし、特別な話でもない。ただ従兄妹と花火をしただけの話ではあるが、自分は姫乃にわがままをしても許される存在として認識された。それ以降はちょくちょく訪れるようになった。自分にではなく、我が家へではある。この時は知らなかったが、姫乃の両親の仲はそれほど良くなかったらしい。喧嘩をしていたり、姫乃を邪険に扱ったりといったことはなかったが、それでも居づらかったのかもしれない。

 仲が悪くなった理由は知らない。知っても意味ないと思うから、誰かに聞こうとも思わない。でも、中学生が烏滸がましいと思われるかもしれないが、13人目だが確かに兄を表す呼称で自分を呼ぶ少女を助けたかったのかもしれない。

 こうして自分が大学に進学するまで、そして離婚が決まり叔父の仕事都合で引っ越すことになるまで、甘える従妹と心配する従兄という関係が続いた。途中、アンチャン呼びをなんとかやめさせようと画策した結果、呼び捨てで固定化されたのは残念だ。



 「もっとも就職した先でまた会うとは思わなかったけどな」

 「ほんとよね。最初聞いた時、私を追いかけてきたのかと思ったぐらいよ」

 「恐ろしいことを言うなよ」

 

 姫乃は朗らかに笑う。就職先が姫乃の暮らす地であったことは掛け値なしの偶然だが、家が近くなったのは偶然ではない。叔父さんの紹介で立地の良い賃貸に安く住めている。そういうこともあり、昔ながらの関係が今も続いている。


 「お父さん、心配してるかな」

 「現実の世界で俺達がどういう扱いになってるか、分からないからな」

 「生死の境なんだよね」

 「ノアレも言ってただろ。それはもう過去の話で、もしかしたら今はピンピンしているかもしれないじゃないか」

 「でも、私が覚えてることだと、かなり重症のような気がする。幹弥はまだ思い出さないの」


 開架閲覧室で目覚めてから今まで不思議の連続で、じっくりと思い出す暇なんてなかった。現状もわからないことだらけではあるが、焚き火を囲みゆっくり思い出そうとする時間だけはできた。



 あの日はとても暑い日だった。世間一般では休日とされているが、会社で重要なプロジェクトを目前に控えていたため、休みをおして朝から出勤するはめになった。それなりの人数が休日出勤をしていたからだろうか、夕方より少し前に自分がやるべき作業は失くなってしまった。これが平日なら新たな仕事でも割り振られるが、運の良いことに早めの帰宅申請がすんなりと通っていた。いや、この後のことを考えると運が悪かったのか。


 会社から帰り道、自宅の最寄駅を降りた後、ふと思い立って駅前の大型書店に立ち寄った。目当ては単なる少し大人な雑誌だ。最近では電子書籍などでも買えるらしいが、この手のものは購入までに味わう感覚を含めてのものだと思っている。羞恥であれスリルであれ、購入までの期待や手間は商品自体の満足度にプラスアルファされる重要な要素だ。一種の行列に並ぶ感覚に似ている。

 その手の雑誌を買うことが恥ずかしいわけではない。その段階はとうの昔に過ぎ去っている。それでもレジに運ぶまでに味わう言い表せない緊張があり、それを楽しむことにしている。スニークミッションの気分かもしれない。とはいえ、たかが雑誌を買うだけなので、どう考えても負けはしない。

 近づくまでにどの雑誌を購入するか大体の目星をつけ、隣りにあるゲーム誌コーナーを抜けるやいなや一冊だけ手に取りレジへと向かう。余計な雑誌に紛れ込ませるという有名な手法などいらない。一冊だけ堂々と買う自由が重要だった。


 その時、どこかで聞いたことのあるノスタルジックな音楽が鳴り響いた。5時を告げる放送だろう。足は時計よりも淀みないリズムを刻みながらレジに向けて進んでいる。この音楽を流すという行為は地方独自なのだろうか。全国的になっているのだろうか。そんなどうでもよいことを考えながら、目線はレジの真上に見える店内の時計をみる。

 不意に足が止まる。何が原因かわからないが、嫌な予感を流れでた冷たい汗が警告する。ゆっくりと視線を戻し、時計の下に経つ店員を見やる。レジ打ち定員が妙齢か年下の女性なのだろうかとも思ったが、薄めの化粧に柔和な笑顔で対応しているおばちゃんがいた。その光景に安堵の息を吐きつつ、頭を振る。おばちゃん、変な疑いをかけてごめん。レジの横の自動扉のところで笑っている見知った女子学生の満面の笑みに、固まった笑顔を返した。周囲に気取られない動きで自分のエゴを置き、手近な雑誌を手にレジへと流された。流石に親戚の前で買う度胸は持ち合わせていない。

 


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