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01-04 土蜘蛛

 

 「まだ見つかっちゃないですが、伏せてくだせい。この辺りにゃ隠れる場所がないから最悪戦うことになるかもしれやせん」

 「何なの、あれ」

 

 砂浜に伏せたまま森の方を見ると、森を少し入ったところで影が蠢いている。

 

 「土蜘蛛です。力が強い奴は豪族として国を作ったりしているんですが、力が弱い小さい族は山や森で暮らしてやす。力が弱い奴とは話が通じんし、見つかったら襲ってきやす」

 「戦うって、どうしたら」

 「あっしが引きつけられるだけ引きつけやす。だども、ここからじゃどれだけいるかわからねぇ。念のため、準備だけでもしてくだせい」

 

 自分はブリーフケースをその場に置き、近くに転がっていた手頃な大きさの流木を手にする。姫乃も道具入れからラクロスのスティックを取り出し、力の限り握りしめている。緊張で流木を掴む手が滑り、背中には嫌な汗が流れる。汗の流れる感触がやけにはっきりと感じられた。

 影が徐々に近づいてきて、森の境界付近に姿を現す。そこには幾つもの奇怪な姿の集団がいた。背の高さは総じて自分の腰の高さぐらいだが、その外見は多種に及んでいる。頭に小さい角のある子鬼のようなものや蟻などの昆虫の姿を取るもの、長い足が15対ほど生えた蚰蜒(ゲジ)のようなものまでいる。そして一番多いのが這うように進む蜘蛛だった。そして姿を問わず影のようなぼやけた霧に覆われている。それらの数は20を超えていた。

 零れ落ちそうになる悲鳴を必死に堪える。姫乃も顔色を変えて震えていた。見つかりませんようにと心のなかで必死に唱える。


 「何、あれ」

 「強い奴らは話も通じるし、姿も立派なんですがね。ああいう姿の奴らはダメだ」

 「なんかこっち見てるよ」

 「駄目だ。見つかりやした。あっしは奴らを向こうに引き連れますんでここにいてくだせい。相手は数が多い。無理なときゃ、水際まで逃げてくだせい。少しは時間が稼げやすが、決して海には入らねぇように」


 土蜘蛛たちがぞろぞろと森の外に這い出てきた。ワニはこちらに助言を残すと大きな身振りで森に近づきながら自分達から離れていった。土蜘蛛たちはその動きに釣られるように一斉にワニへと向かう。子鬼と蜘蛛がその爪とその牙でワニの頭を切り裂こうと跳びかかっていく。ワニは尻尾を器用に動かし、伸びた子鬼の腕を弾くとそのまま近づいていた蜘蛛に向けて振り下ろした。柔らかいものを叩き潰す音が響く。弾かれた子鬼がその音に気を取られて動きを止め、ワニはその隙を逃さず子鬼の頭を不躾に掴むとそのまま握りつぶす。

 相手を強敵と悟った土蜘蛛たちはワニをじわじわと取り囲んでいった。ワニの前方から蚰蜒が襲いかかり、後方からは蟻が尻尾めがけて噛み付く。尻尾を噛まれたワニは苦痛に顔を歪めながらも、尻尾を蟻ごと振り回し、襲いかかってくる蚰蜒の方へと投げ飛ばした。蚰蜒が蟻との衝突で怯むと、ワニは大きく口を開け、アリの硬い外殻ごと二匹まとめて噛み砕く。ワニは口に残っている土蜘蛛の残滓を不快そうに吐き捨て、包囲を狭めようとしている獲物を睨みつける。

 

 「ねぇ、ちょっと、あれをみて」


 ワニの戦いぶりに安堵して見入っていると、姫乃が服の裾を引っ張り森のほうを指差した。そこにはワニの動きに釣られなかった5匹の土蜘蛛が這い出てきていた。最初その土蜘蛛たちは派手に暴れているワニの方へと動いていたが、その中の一匹がこちらに顔を向けると、まとまってこちらの方にカサカサとすごい速さで動き出してきた。


 「水際へ逃げたほうがいい」

 「そうかもね。でも、あいつら速いから間に合わないよ。それと今更独りでとか言わないでよ」


 その言葉に逃げ出したい気持ちを無理やりにでも抑えつける。姫乃の震えながらも強がっているセリフに頷いて、覚悟とともに前を見る。足が震えて動かないので、引きずるように一歩前に出た。のどが渇いて仕方ないがつばすらでなかったため、代わりに歯を噛み締めた。


 土蜘蛛の姿ごとに動く速さが違うのか、一匹の蚰蜒だけが急速に迫ってくる。その姿に原始的な恐怖を抱くが、なんとか目を瞑らずにすんだ。蚰蜒は真正面から一直線に向かってきている。こいつは自分を簡単な獲物としてみているのだろうが、それが当たっているのだから困る。腕を振り上げようとするも緊張で動いてくれない。既に間近まで迫った蚰蜒に無我夢中で流木をつき出すが、蚰蜒はその歯で流木を噛み止めると、そのまま足で自分を挟み込もうとする。

 予想以上に軽い感触が手に伝わる。蚰蜒は頭の無くなった長い胴体に足を大きく広げたまま動かなくなっていた。流木の先には蚰蜒の頭が噛み付いた時のままぶら下がっている。頭の中が真っ白に染まったままだが、動かない蚰蜒を見て一匹倒せたことを実感する。

 油断できるほどの力量など持ち合わせていないが、緊張が途切れてしまったのだろう。蚰蜒の大きく伸ばされた体の影から子鬼が飛びかかってくる姿に驚き、大げさに転がるように身を躱すことしかできなかった。

 

 「痛っ」


 砂まみれの身体をそのままにして起き上がると、頬に痛みと血の筋が走る。子鬼は着地した姿勢のままこちらを見ている。その目は頬から流れる血を捉え、御馳走を前にしたように愉悦に歪んでいる。子鬼の後ろを3匹の土蜘蛛が通りすぎていく。そいつらの目指す先にあるものは明白だ。

 

 「姫乃っ」


 声を張り上げるが、子鬼から目を離した際に起こることが怖くて、視線を子鬼から動かせない。今すぐ姫乃のもとに向かわなくてはいけないのに、顔が正面から動いてくれない。足だけをなんとか姫乃がいる方へ少しずつ動かす。


 「きゃぁ」

 

 響いた叫び声にハッとする。それを合図とするようにこちらに子鬼が駆け出してきた。目前に迫る子鬼の大きな爪を目で追ってしまう。なんとか顔の前に流木をかざしその爪を受け止める。子鬼は防がれた爪をそのままに奇怪な声を出して噛み付こうとしてくる。自分の視界には子鬼の爪と流木で埋まっており、耳に響く子鬼の声だけが迫ってくることを知らせる。

 咄嗟に腕をふろうとした時、黒い大きな影が目の前をよぎると、自分の視界には広がる砂浜しか見えなくなっていた。手にしていた流木ごと子鬼が消えたという事実に自分が気づく前に、今度は2つの影がすごい速さで通り過ぎていった。呆然としていると頬に軽い痛みが走り、意識を取り戻す。慌てて周りをみると、姫乃がへたり込んでいた。


 「大丈夫か。何があった」

 「分かんない。思いっきりシャフトを振ったら蜘蛛たちが消えてた」

 「ありゃ凄いもんですな」


 呆然としたままの姫乃に駆け寄る。姫乃に問いかけるも要領を得ない。そこにいつの間に近づいていたワニが感心するように声をかけてきた。ワニの方に目を向けると、ワニの巨体の更に奥、さっきまでワニが囲まれていた場所には無数の残骸が転がっていた。

 

 「あんたがたはよい動きするんですね。逃げろなんて余計でやした」

 「ワニ、何が起きたんですか」

 「戦うのは初めてっだったのでしょう。それにしてはミキヤの突きは中々のものでしたし、ヒメノに至っては尋常じゃねぇ」

 

 緊張で動けなかったに良い動きなんてとても思えない。それでも蚰蜒を打倒し、子鬼を避けられた。土蜘蛛を殺した時の軽い手応えを思い出し、体が震える。土蜘蛛を殺した罪悪感ではない。それよりも自分たちの命が危険だったということを今更ながら実感してきた。死んだら開架閲覧室に戻るだけ。そう思えば気が楽かも知れないが、その過程でどのような目に合うのだろう。山の主に味合わされたあの痛みをまた味合うのだろうか。それとも、子鬼の目が語っていたように、牙でゆっくりと咀嚼されるのだろうか。危険な状態に残されたものを思うのだろうか。死も怖いが、それ自体よりも死ぬまでの苦しみを想像するととても怖い。


 「今日は少しいった先の岩陰でもう休みやしょう」


 ワニのその言葉に一も二もなく頷いた。




 ワニが用意してくれた焚き火を姫乃と二人で囲む。ワニは魚を捕らえるために海に入っている。なにか手伝おうと進言したが、海は別の国になっているため山と同じように無断で入ると危険な目に遭うらしい。今はワニと一緒にいるため、そう大変な事は起こらないが危険は少ないほうが良い。潮風が髪を撫でる。焚き火の火にあたると疲れが体の奥から溶け出してくる。別段寒いわけでもないのに、焚き火から離れる気にはならなかった。

 

 「ねぇ、やっぱり未練の力ってやつなのかな」


 唐突に切り出した姫乃だが、先ほどの戦いで見せた力のことを言っているのだろう。


 「そうだと思う。こっちの世界に来た時から自分も身体が軽かったし、姫乃もそうだったんだろう」

 「多分。実感できたのはワニの後をついている時だと思う。速く歩くのがとても楽だったし」

 「なんだろう、パワーアップってやつなのか。それにしては、俺と姫乃とで度合いが大幅に違うようだけど」

 「なんか幹弥がイベントとか言うのが分かってきちゃった。ちょっとありえないけど、ゲームみたい。こんな世界にいるんだから、今更だよね。軽く考えているってわけじゃないけど、ゲーム脳っていうんだけ、現実をゲームやってる時みたいに考えるのって」

 「なんかぜんぜん違うと思うぞ、それ。それにその言葉って元々は脳波がゲームや認知症とどうのこうのって話だろ。似非だったぽいけど」

 「もう、なんなのよ。言葉の元の意味なんて関係ないよ。昔の意味がどうでも今使うときに通じなかったら意味ないじゃない」

 「そんなもんか? なんか違わないか」

 

 そのまま、無言で焚き火を見つめる。元々の意味に新しい意味。同じ言葉でも全く新しい意味を持つために元々の意味を消し去っていく。いや、消してはいないか。新しい意味を持った今でも元々の意味は昔こうだったんだよとか本来はこうだったんだよといって残り続けている。その言葉をよく知るためにの歴史みたいに。そう思うと、今の自分達も似たようなものと思えてしまう。新しく生まれるために、自分たちの根本にある歴史の地を見ているのかもしれない。もっとも2足歩行のワニが昔いたとは思えないけど。


 「フフフッ。なんか昔の、……最初の頃を思い出すね。こうして二人で火を見ていると」

 「ん、あぁ。そうだな。確かに、そうだな」


 姫乃と初めてあったのはきっと親戚の集まりか何かだろう。よく覚えていない。でも姫乃の言う最初の出会いは覚えている。



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