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01-03 和邇

 

 「幹弥、無事だったのね。あの猪に飛ばされたらいなくなってしまって心配したんだから」

 「無事じゃなかったけど、今のところ怪我はないよ。それより、なんなのこの状況? 状況というか、このワニは。なんで喋ってんの。ワニって土下座できたか?」

 「分かんない。私だっていきなりだったんだし、分かるわけないじゃない」

 「あんたがミキヤですかい。いやー、無事で良かったですね。お嬢さん」


 混乱する二人を他所に、自分の無事を喜んでくれる土下座して喋る大きなワニだった。ワニの冠詞に土下座の文字がつくことになろうとは、随分と時代は進んでいるようだ。いつから自分はワニに存在を知られる立場になったんだろう。

 

 「でも無事でよかった。幹弥が死んじゃったかと思って。幹弥がどっかいっちゃたんじゃないかと思って」

 

 咽びながら自分の無事を喜んでいる姫乃に返す言葉が見つからず、ただ黙って慰めることしかできなかった。なにせ本当に死んでこの世界から開架閲覧室に行っていたのだから、姫乃の言葉を否定できる要素がない。そのことをそのまま今の姫乃に伝えるような愚を犯すなんて、とてもできない。

 そんな二人を見て微笑ましく思いながらもオロオロしている二足歩行のワニが目に入った。どうやらこのワニは肉食爬虫類特有の凶悪な見た目に反して、とても良いワニらしい。そして、立って歩けるらしい。土下座できて、立って歩けるなんて、猿やレッサーパンダを越える逸材になっている。喋らなければ動物園のトップにたてるかもしれない。

 まだ落ち着きを取り戻せない姫乃という人間ではなく、この場にいる中で一番冷静だと思われるワニに、意を決して事情を聞いてみようと思う。大丈夫、自分でも何を言っているのかは疑問に思うが、自分はまだ正気だ。

 

 「あの、ワニ……さん。もし良ければワニさんが知っていることを教えてくれませんか。その、どうしてこんな状況になっているのかを」

 「もちろんですよ。といっても、そんなに難しい話でもありゃせんよ。なに、漁をしてたら女性の悲鳴が聞こえたんで、様子を見に行ったら山の主様とお嬢さんがいたんです。事情はわかりやせんが山の主様にはあっしの獲物を供物として帰ってもらいやした。だども、お嬢さんはあっしを見るなり暴れてしまって。森の傍では危険なんで無理にこの辺りまで連れてきたんですが、その、余計に怖がられてしまいやして」

 

 このワニさんはどこの出身なんだ。事情はある程度わかったが、それ以外の部分が気にかかる。ワニ業界にも地方出身とか標準語があるのだろうか。

 話を聞くに姫乃の安全を守ってくれていたのはワニさんらしい。きっとノアレはその情景を読んでいたのだから、事前に教えてくれても良かったのにとも思うが、事前に聞いても理解はできなかっただろう。


 「ワニさん、姫乃を助けてくれてありがとうございます。でも、ならどうして土下座なんてしてたんです? いくら暴れたからといっても、ワニさんは恩人、恩ワニ……、助けてくれたんですから、そんなことする必要はないのに」

 「お嬢さんに泣かれちまったらどうしようもなくなっちまって、つい。あっしには妹がいるんですがそれが気の強いやつで、かまっているうちに女にゃ強く出れなくなっちまいました。恥ずかしいこってす。それに、泣いた女にゃ土下座が効くと最近聞かされたんで」

 「誰です、そいつ。助けてもらったお礼にそいつぶっ倒すの手伝いますよ」

 

 なんとも迷惑なことを教える奴がいるものだ。それにしても、このワニさんは本当にいい人だ。なにげに自分と気が合うような人間関係も親近感が湧く。もしかして、このワニさんにあれこれ聞ければ、道を渡るためにここで何をするべきなのかわかるかもしれない。このワニがこのイベントのキーパーソンだったのか。


 「しかし、あれですね。その変わった格好と良い、あっしらと気軽に話すことといい、あんたがたはもしかして"人間"とかいう変わった青人草(あおひとぐさ)じゃないんですか?」

 

 このワニさん、大好き。こちらか問いかけなくても、どんどん目的攻略が進んでいる気がしてきた。しかも、自分たちのような存在を知っているという。

 ここまで来ると助かったという気持ちではなく疑う心が芽生え、なんとも怪しくなってきた。初っ端から迷わないようにノアレが何らかの調整でもしているのかとも思ったが、流石に都合が良すぎる。


 「確かに人間ですけど…」

 「すんません。ベラベラ詮索したら警戒もしやすよね。実は1月ぐらい前にこの辺りであんさんがたと似たような人が行き倒れていやしてね。それ以降、頻繁にここまで漁に出るようになったって次第です。さっきの土下座のことも教えてくれたのはその人なんですよ」

 「謝らないでください。変に疑ったのはこちらなんですから。ほら、姫乃ももう落ち着いただろう。礼を言わなきゃ」

 

 簡単に信じていいものかとも思ったが、よく考えるとこのワニさんが騙す必要性なんてない気がしてきた。こちらを害する気ならとうの昔に凶悪の牙で行えるだろうし、なにより土下座を教えてもらったなんて、嘘ならもっと話題を選ぶだろう。土下座エピソードをわざわざ選ぶ悪人なんて想像もつかない。そして、土下座の使い方を教えた迷惑な奴が同じ人間だったとか想像もつかなかった。

 姫乃と二人で礼を言うと、ワニさんは照れくさそうにしていた。


 「危ねぇときに細かいこたぁ気にせんほうがいいですよ。そうだ。あんたがたも一度あっしらの族村に来てはどうですか。あの人もたまにゃ同じ族で話をしたいでしょうから。案内しますよ。一族召集がかかっているんで丁度いいです」

 「ありがとうございます。行く宛もなく困っていたところなんで助かります」

 「あの人もそう言ってやした。助けてもらったお礼とかいって、その後もあっしらの村で手伝いとかやってましてね。今じゃ、あっしらの族も同然ですよ。同じ族のあんたがたをちょっと手助けするぐらい当然ってもんです。それにここらは比較的安全ですが、それでも危険はありやすから。ほっとけませんよ」

 「ワニさん、ごめんなさい。助けてもらってのに暴れてしまって」

 「もうお礼も言われましたし、妹と比べりゃ可愛いもんですから気にしせんでください。あっしらの村まで歩いて1日ってところですから、長い道中になりやす。そんなに畏まってちゃ疲れちまいやすよ」

 

 姫乃は最初取り乱していた時に暴れたことを気に病んだのか、改めて謝罪を伝えていた。恩ある方に土下座させたなんて気にしないほうが無理だ。


 ワニさんが先導する形で砂浜を東に向けて歩き出すと、二人並んで後をついていくことにした。ワニさんは短い足を器用に動かしながら、見た目よりだいぶ速く歩いている。その足に姫乃は余裕そうについて行っているが、自分は気を抜くと離されそうになる。自分の身体も不思議と軽く感じているため、なんとかついて行けていた。こちらに気づいたワニさんが気持ち速度をゆるめ、道中の暇を潰すために話しかけてくる。

 

 「ミキヤは山の主に襲われて無事たぁ凄いです。普通、神様でも危ねぇことですよ」

 「いや、無事ではなかったんですが、なんとか凌いだというところです」

 「お嬢さんの取り乱し様は見てられなかったから、何にしても無事でよかった」

 「あのワニさん。その話はちょっと」

 

 ワニさんの言葉に恥ずかしくなったのか姫乃が言葉を挟む。ワニさんはその言葉に大きく口を開けて豪快に笑い出し、自分も自然と頬が緩む。


 「だども、山や森に入るときは気をつけたほうが良い。山の主さんや山の神さんはまだ話が通じるから、よっぽど酷いことをしなきゃ供物を捧げゃ許してくれやす。いざとなったら、着るもの全てを捧げりゃ面白がってくれるかもしれやせん。けんど、中には話の通じん奴もいやすから」

 「山の主ってあの猪のことですよね。それに神様って実在するんですか」

 「実在って、こりゃおかしなことを聞く。あっしらも綿津見(わたつみ)に仕える和邇(わに)族ですよ。海の神様です」

 「海の神様に和邇族ですか。ワニさんじゃなくて和邇さんなんだな」

 「ねぇ、ワニさん。今更だけど名前とかってあるの」

 「名前? あっしらは和邇族の和邇です。あっしらの族は皆そうですよ」

 「えっ、皆、和邇さんなの。それじゃ区別なんてできないんじゃ」

 「それぞれ違いはありやすから。例えばあっしは額傷の和邇とかって感じで。あんたがたもさん付けなんてやめてくだせい」


 そう言って、両目の間の少し上にある小さな傷を指差した。言われなければわからない傷だ。和邇族の村に住人がどれだけいるのか知らないけれど、難易度が高すぎる。どうやら1ヶ月暮らす先人がいるらしいので、後で必ず見分ける秘訣を聞こうと心に誓う。

 そして、どうやら神様は本当にいるらしい。神様という言葉が出た時は何かの比喩かと思ったが、実在を微塵も疑っていない口調だった。


 その後も会話をしながら砂浜を進んでいく。時々ワニがこちらを気遣うことはあったが、何事も無く歩いて行く。しかし、太陽が西に傾く頃、ワニが森のほうを見て、歩みを止める。


 「山や森の話が通じない奴って前に話したの覚えてますかい。あれがその土蜘蛛です」

 


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