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00-03 拝誦

 

 異世界という言葉のようやくの登場に少し興奮したのは認めよう。ノアレの説明を半分も理解できたか怪しいのも情けないが認めよう。しかし、ノアレのいう開架閲覧室に集まる本の条件に幾許かの不安があった。


 「年若い本って年齢制限があるのか」

 「そうです。魔法やドラゴンといった非常識に能うだけの強固さと柔軟さを併せ持つ本。あなたがたでいうところの高校生と言った年代が多いでしょうか」


 その一言に世界が凍りつく。実年齢より若く見られることが多いとはいえ、高校生と間違われる24歳は流石にないだろう。何かしらのフォローを求め、この場にいる気心の知れた親愛なる従姉妹へと視線を向けた。

 ほぼ同じタイミングでこちらをみた姫乃は自分と一瞬だけ目が合うと、口をパクパクと動かしたあと、結局無言で気まずそうに目をそらす。いわゆる柔軟な高校生とやらがである。

 あー、うんうん、知ってる知ってる。姫乃がほんの一瞬だけ浮かべた目の意味を知っている。それは急いでたあまり間違って女性専用車に乗ってしまった時の乗客の圧力のように。大学生の時、公然の秘密であったいわゆるモテサークルに純粋にスポーツ目当てで体験入部した際の先輩の苦笑いのように。高校生の時、男友達二人とデパートの1階にある化粧品売り場に入りこんだ際の女性店員が浮かべていた笑顔のように、なぜここにいるのかを暗に問うているものだった。


 「いえ、開架閲覧室にある本は高校生が多いというだけで、20歳ぐらいの方や中学生の方もありますよ。確かに今のところ幹弥様はここで目覚めた中ではダントツで最年長ではありますが」


 きまずいクウキをかんじとったのか、ノアレがフォローなのかよくわからないフォローをしてくれた。ありがたいことである。ヒメノもせいいっぱいフォローしてくれようとはしていたのだ。くだらないヒニクより、かんしゃをしめすべきだろう。


 「ノアレ。この場所、開架閲覧室のことは分かったわ。私達がここにある本たちの1つということも。でも、どうして私達だけ本来の人という形をとっているの?」

 「姫乃様は開架閲覧室に写された無数の本の中から、そこの小さな本棚へと読まれるために移されたのです。開架書庫はシステムから外れた特別な対応を待つ場所であり、閲覧室はさらに特殊な対応というところです」

 「それが異世界へ行くっていうことなのね」

 「いえ、異世界に行ける権利です。姫乃様。あなたは強固さと柔軟さを持ちあわせておりますが、それでも日本という大地で生まれ育ち、知らず知らずではありますが、日本という大地に縛られているのです」

 「愛着とか郷土愛みたいなこと? 地元に帰ると落ち着くみたいなさ」

 「似ていますが、もっとずっと強い縛りです。アイデンティティの1つ、あなたが属する性質、あなたの根本をなす一部分です。異世界という新たな大地で生まれるためには、日本の大地の縛りから脱却しなくてはなりません。そのためには、日本の記憶を辿る必要があります。よく言われるでしょう。新たな自分になるために過去の自分を乗り越えろと。まぁ、越えるのは過去の自分ではなく日本という大地ですし、本当の意味で生まれ変わるのですが」

 「日本の記憶を辿るって、勉強でもするの? なんか異世界に行くという話題の割には世知辛いわね」

 「フフフッ。ご安心を。もっと楽しく心躍るものです」

 「なんか幹弥が喜びそうな展開ね。ほら、幹弥もいつまで傷ついてるのよ。いいじゃない、若く見られるなんて嬉しいことよ」


 気づくと、ノアレと姫乃とのやり取りが終了したようだった。ノアレが開架閲覧室の中央と思われる場所を指し示すと、そこには数本のとても時代掛かっている巻子(かんす)が台の上に展示されていた。

 この何度も起こる今までなかったものが突如現れるのは演出なのだろうか。ただでさえ不思議な場所なのだからこれ以上は演出過多ではないだろうか。エンタープライズ号の冒険譚は面白いが、レンズフレアもやり過ぎは見にくいだけだと思う。同志を求め横を向くと姫乃は何も驚くことなく巻子を眺めていた。同志には成り得ないようである。

 姫乃と俺は巻子をよく見ようと展示台に近づく。近くに行く程に巻子が持つ雰囲気に圧倒される。それはこの開架閲覧室に並ぶ本たちのような気味悪さを含まない純粋なまでの畏怖だった。姫乃が魅了されるように巻子に手を伸ばすが、ノアレに強い口調で止められてしまう。


 「それにはお手を触れないでください。その巻子は創世の記憶を持つ非常に危険なものです」

 「そう、そうよね。危険なものっていうのはビジビジ伝わってくるわ。この巻子に日本の記憶が書かれているわけね」

 「日本の記憶は過去の日本というだけではありません。それは創世の力溢れる世界が書かれています。今からあなたがたはそこに向かうのです」

 「向かう? 向かうって巻子の中にか。読むと吸い込まれるみたいな」

 「もう少しソフトです。とはいえ、向かう方法がソフトなだけで、中の世界はそれほどソフトではありませんが。創世の世界は現代人のあなたがたにとってはとても過酷な環境かもしれません」

 「これから向かう前に脅されても、対応に困るのだが。異世界へと渡らずにここで過ごす選択肢もあるかな。それもアリといえばアリだけど」

 「残念ながらナシです。特にあなたはナシです、幹弥様。ですが、ご安心ください。あなたがたは生死の境にいる存在。そこには強い未練があります。その未練を糧に力を得るのです」


 若干腰が引けつつも軽口を返してみたが、美人にノータイムでナシと言われ地味に新たな傷がついた。それにしても、異世界というだけで十分怪しいのに、なにやら話が現実的にも怪しい方向へと向かっている。恐怖喚起(きょうふかんき)コミュニケーションと対処行動とでも言おうか。霊験あらたかな壷でも売り始めそうな勢いだ。姫乃も何やらきな臭さを感じ取ったのか、若干引き気味だった。

 

 「そんなあからさまに引かないでください。怪しくなんてないですよ。未練って言葉に警戒しているだけですって。超常的な力と思えばいいんですよ。異世界に新たな力、ほら、怪しくない怪しくない」

 

 引かれる空気を感じ取ったのか、ノアレは必死に怪しくないアピールを繰り返したが、やればやるほどドツボにはまっている。怪しい本だらけの場所で怪しい単語とともに大仰な身振り手振りで必死に怪しくないアピールする美人は十分に怪しいが、幾分シュールになってきたので話を進めたい。


 「未練といっても、死ぬ間際のことをあまり覚えていないし。なにより、そんな大きな恨みや野望なんてなかったからな」

 「何も大きいなことだけが未練ではありません。よほど強い思いでもなければ、四六時中そのことを考える訳にはいかないでしょう。お腹もすくし、眠くなることもあります。未練に大小は関係ありません。それが思いつきのような些細な事であれ、死に近づいた瞬間に欲したことが未練なのです。幹弥様、姫乃様。あなたがたはこの開架閲覧室で共にあるものを失くさないでください。その中のどれかに未練があるのですから」


 ノアレは自分のブリーフケース付近を指差した。乱雑な本の山の付近にあるブリーフケースを取ると姫乃のそばに戻った。姫乃も自身の傍らにあったラクロス部の道具入れを大事そうに抱えている。

 ノアレはその様子を確認すると、既に説明すべきことは説明したということを知らしめるように頷き、とても大切な儀式を行う表情で中央の展示台に近寄る。巻子の1本が紐解かれると、展示台のすぐ裏手に大きな両開きの扉が1つだけ現れた。


 「あの扉の先に広がる世界が異世界へと続く長い道になります。そこはあなたがたが知る日本ですが、あなたがたが思う日本ではありません。油断なさらぬようお進みください」


 ノアレの脅しは嘘ではないだろう。あの扉の先にはどのような危険が待ち受けているかわからない。姫乃が先に進む前に危険かどうか確認しなくはならない。

 姫乃を片手で牽制し、自分から先に向かうことを言葉なく伝える。姫乃はこちらの言いたいことを理解したのだろう。こちらを心配するように見つめ、そして信頼するように頷いた。ノアレもそんなやり取りを興味深く見ている。

 ブリーフケースを改めて力強く握りしめ、手足ににじむ冷たい汗を感じながら扉の前に歩を進める。ひんやりと予想以上に冷たい扉の取っ手を捻り、力の限り戸を押し出す。そして、力の限り戸を引き出す。力の限り、戸を横にスライドさせるように動かす。そろそろ姫乃の冷たく見つめる視線に耐えられなくなってきた。ノアレも何かを我慢するように口角を引きつらせている。


 「お二人で扉をお開けすることをお勧めします」

 「ノアレ。助言に感謝するけどできれば先に言ってくれないか」

 「あの空気に水を差すのもどうかと思いまして。それに、どのような反応を示すか興味もありましたし」


 綺麗な顔でなかなか厳しいことをいうノアレの助言に従い、姫乃と二人並びたち扉の取っ手をそれぞれ掴む。ゆっくりと戸を押し出すように開けると、隙間から強い光が漏れ出してくる。二人が通れるくらい開け放った頃には、隣に立つ姫乃の姿が見えないくらいに光に包まれていた。姫乃が強くこちらの手を握ってくる。安心させるように、その手を握り返した。


 「ノアレ。最後に聞いていいかな。あなたは結局何なんだ。どうして特別な対応が異世界なんだ」

 「幹弥様。それらは秘密です。でもそうですね、またお会いした暁にはお教えしてしても良いかもしれません。道を渡り切る時にまたお会いできるでしょう。その時まで、良き旅路を願っております」


 光の中へ姫乃と共に一歩を踏み出すと、強い浮遊感に襲われた。目も開けられない光の奔流の中、何かに引きずり出されるような力で移動している。瞼の裏を差す光が弱まり、浮遊感による気持ち悪さが身を潜めた頃、ゆっくりと目を開けた。


 「えうぇっ」


 自分の喉が、いや、それはもういいだろう。どこまでも続く砂浜に一面の青い海、強く照りつける太陽が、はるか遠くに見える島々と波音しか聞こえない静寂さを携えて二人を出迎えていた。

 


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