01-07 馴染まない武器
「客人を助けるのは当然じゃない。その上で招集にも応えるのよ」
「そりゃ無理だ。土蜘蛛にも襲われたからな」
「土蜘蛛なんて仮にも村一番の戦士が恐れてどうするのよ」
「恐れちゃいねぇけど。数が多かったんだよ」
「そういう危険を含めて、遠くの漁が兄者に任されてんでしょ」
「あの、すいません」
いつまでも言い争いをやめない二人に姫乃が大きめに声をかける。その声でようやくこちらの存在に気付いたのか、喧嘩をやめてこちらを振り向いた。
「この人達が客人?」
「そうだ。いや、恥ずかしいところを見られちまいやした」
「その、俺達のせいで招集に間に合わなかったのか」
「客人が気にすることじゃないよ。兄者がのんびりしてるのが悪いんだからさ」
「そうですよ。あっしがのんびりしているわけじゃねぇが」
なんだかんだで気があってそうな二人だ。兄者とか言っていたので、話に出ていたワニの妹なのだろう。ワニは妹に兄者と呼ばれているのか。
「ねぇ、あなたはワニさんの妹なの?」
「ん。あぁ、そうだよ」
「それにしては、何か…似てないよね」
姫乃がワニの妹さんに率直に尋ねるが、言葉はだいぶオブラートに包んでいる。ワニと似ていないというレベルではなく、何か種族が違うような見た目だ。
ウロコと尻尾が生えているが、四肢や体つきは人のそれに酷似している。しいて言えば、目が爬虫類っぽい点と遠目では男か女か分からないぐらいだろう。どこがとは言わないが。
「妹は他の和邇族よりも力が強くて、こんな見た目なんでさぁ。ほら、土蜘蛛の時にもちらっと言ったでしょ。土蜘蛛も力が強い奴は姿も立派だって」
「そういえばそんなこと言ってたかも。緊張してそれどころじゃなかったから、うろ覚えだけど」
「兄者。土蜘蛛の強い奴って、そんな格上と一緒にしないでよ」
「すまんすまん。でも、見た目が違うのはそういうことなんですよ。将来的にゃ綿津見神のところで仕えられるんじゃないかってことで、村の自慢です」
「へぇ。そうなんだ」
「見た目はワニのほうが強そうだけどな」
「ガハハ。そりゃこの見た目じゃそうですがね。本気になったらそりゃ凄いんですよ」
「兄者。いいかげんにしろよ」
「この通り、妹はこの話が好きじゃないんですよ」
「ふーん。でも、妹さんが特別な見た目なんだね。もしかして、妹さんのような見た目の人も結構いるの」
「いや、この村じゃあたしだけだね。他の和邇族は皆兄者みたいな見た目さ」
それは、――少し残念だった。もしかしたら、見分けが簡単につくかと思ったがそうではないらしい。まだ、和邇の姿が個体別で特徴溢れる可能性はあるが。
「他の皆はどこかに行っちまったみてぇです。一族招集で遠征だなんて危険がなけりゃいいんだが」
「女衆は残って、今は村長の家にいるよ。それに戦いに行くような雰囲気じゃなかったから、危険なんてないさ」
「だといいけどな。てこたぁ、あの人は?」
「あいつなら皆についてったよ。皆が戻ってくるまでは、家で休んでりゃいいよ」
「そうしてってくだせい」
「あの、妹さんは皆からなんて呼ばれてるの」
「あぁ。そういえばあいつも個別の名前を聞いてたね。まぁ、大きな力の和邇と呼ばれることもあるけど、和邇でもいいから、まぁ好きに呼びなよ」
「そうなんだ。じゃぁ、ちょっと長いからオキナって呼ぶね」
「へぇ、オキナね。なんか個別の名前なんて偉そうで面映ゆいけど、気に入ったよ」
姫乃はワニの妹のオキナと一足飛びで親しくなったようだ。やはり、同棲がいると安心できるのだろう。
俺達はワニの言葉に甘える事にし、ワニの家で過ごすことになった。親戚や見た目が爬虫類とはいえ四六時中異性に囲まれているのは辛かったのだろう。姫乃はとても楽しそうだった。
ワニの村の暮らしは実に素朴な時を過ごすことになった。水浴びが風呂代わりといえば素朴の度合いが分かるかもしれない。幸い爬虫類といっても食事は海産物や森の果物類が多く、虫などは食さないようだ。
村に残った女衆も俺達を歓迎してくれた。女衆といってもワニとの違いはほとんどわからない。これは見分けるは大変そうだ。声の違いはあるから話しかけられれば誰かわかるけど、こちらから呼びかけるのはできそうもない。そういう意味では呼称が全員同じなのは助かる。
今は姫乃とともに村の傍の砂浜に来てきた。ワニの家の手伝いとして食事の材料を集めているのだが、海の中は入れず、森の中は危険なため、こうして砂浜で貝集めをしている。しかし、砂浜とはいえ土蜘蛛に襲われる可能性もある。今、自分の片手には1つの武器が握られている。
生まれて初めて持つ武器を見る。これは矛だろうか。武器の類は美術館や時代劇でしか知らないが、時代劇でみた槍に近いがやや持ち手が短いし、剣というには持ち手が長い。和邇族の村ではこの矛や銛が一般的に使われていた。剣は使われていない。和邇の短い手では扱いが難しいのだろう。今この手にあるのはワニが使っていたものだ。ワニ自身は新しい銛を持って漁に出ている。どうやら普段使っていたものは山の主に献上したらしく、姫乃を助けるために失ってしまったようだ。
十分な量の貝を手に村に戻ると、ちょうどワニも多くの魚を手に戻ってきたところだった。
「そっちも大量のようですね。どうです、武器は手に馴染みやしたか?」
「いや、馴染むことなんてあるのかな」
「それじゃ、いっちょ訓練でもしてみやすか?」
武器の訓練という言葉に少し心が踊った。土蜘蛛と戦った時の気持ちとは明らかに違う。今のほうが遥かに危険な武器を手にしているというのに、自分の心は少年時代のヒーローに憧れた時に戻っていた。
「何嬉しそうな顔してるのよ。ほんと男ってそういうの好きよね」
姫乃は呆れ顔を浮かべて自分の分の貝を手にとり、ワニの家へと入っていった。
姫乃の言葉にワニと自分は互いを見つめて、ニヤリと笑いあった。
家の裏手にある広いスペースの場所に移動すると、互いが構える。
ワニは銛を片手に堂に入った構えをしている。大して自分は槍のように両手で武器を支えながら、慣れない構えをとる。
「本当は片手に盾を使うんですが、生憎とあっしらの村には無くて」
「いえ、俺はそもそも盾を使うことすら知りませんでしたから。それじゃ片手で構えたほうがいいのかな」
「ミキヤは片手でも十分振れそうだし、場面によって切り替えりゃいいんじゃないですか」
片手に持ち直して振ってみるが、身体が引っ張られることはなさそうだ。これなら盾を持っても問題ないと思う。
「まぁ、今は盾がないんで、それで防ぐことを第一に考えてくだせい」
「防ぐ? 攻撃はしないのか」
「攻撃ができりゃそれに越したこたぁないですが、まずは防御です。攻撃される前に倒せりゃ一番ですが、怪我を負わなきゃ負けませんから」
「でもそれじゃ勝てないだろう?」
「土蜘蛛をみたでしょ。奴ら素早いですから、防御がまずいと手傷を負ってますます追いつかなくなっちまう。その分、どんな形でも一撃当てれば、相手は怯みますから。それに、1対1でもないなら他の人がとどめを刺すまで引きつけときゃいいんですよ」
自分は頷くと再度両手に持ち直して構える。
「それじゃいきやすよ」
言葉と同時にワニは払うように銛を振りはじめる。上下左右と織り交ぜているがフェイントのようなものはない。銛の速度は速くはあったが、実直に守る方向を教えてくれている。一合目は無様だった。導かれるように矛を銛の進行上に置いたが、聞こえる風切音に腰が引けてしまい、矛が飛ばされてしまった。
なんとか武器を手放さないようになったが、今度は身体が追いつかなくなってしまう。武器で受け止めているのが3合ほどで追いつかなくなり、身体の位置を変えて避ける動きを混ぜ始める。何度か身体で銛の柄を受け止めえずくことになったが、しばらく続けているうちに長い間打ち合うことができるようになっていった。
「やっぱり中々良い動きです。次は突きも入れますから、必ず防いでくだせい」
ワニは銛を一旦引くと、渾身の力で突き出す。自分の胸を銛の先端が狙っている。振りの攻撃よりも段違いに怖い。点を受け止められる気がしない。矛を前に出し運良く受け止めたが、両手が持ち上がり、体ごと後ろに飛ばされてしまう。
「ミキヤは身体が軽いから正面から受け止めるのぁ辛いでしょう。弾いいたほうが楽ですよ」
そう言って、もう一度ワニが銛を突き出す。慌てて態勢を整える。銛の先端を刃で滑らせ、体を銛の下にくぐらせる。突きを流された態勢のワニの脇へと身体を潜りこませ、矛の腹の部分で叩くようにワニに向けて振る。とったと思った時、自分の腹に何かが叩きこまれ、また吹き飛ばされる。
「いや、凄いもんですね。だども、攻撃の時油断しちゃいけやせん。あっしは人じゃないんですから」
ワニは自分の尻尾を振り回している。
「そうだ。尻尾があったのを忘れてたよ。土蜘蛛の時はそれを器用に動かしていたのに」
「それじゃ、このくらいにしときやすか。まだ日は高いですが、疲れたでしょう」
ワニが自分の体を起こしてくれた。自分とワニは表に回ると、村の入口の方で和邇の誰かが森のほうを見て声を上げているのが見えた。
「あれ、何でしょう? 和邇の人たちが帰ってきたんでしょうか」
「いや、ありゃあ。もしかして」
いうや言うなやワニはその和邇に向かって走って行き、慌てて自分も後を追う。
「何があった?」
「森の方がざわついている。土蜘蛛だと思うけど、何かおかしい」
自分は武器を握る手がやけにべたついてきた。