第九話:「ピンクの集団」
「秋ぅぅ! ほげっ!」
飛びかかってきた佑樹を左ストレートで撃沈させ、席につく。100%オレンジジュースは時間が無かったので買ってない。凄く残念。オレンジシュースが買えなかった事を悔やんでいると、僕の前の席に座る汐フリーク兼彼女フリークの友人が話しかけてきた。
「おはよ秋。さっき、薔薇姫の親衛隊が来てたよ」
「圭司おはよう。早速だけど、僕は帰る事にするよ。母が危篤で父が交通事故にあって兄妹全員が頭の病気を患っているんだ。それじゃ、バイバイ」
「ちょっと向坂くん? どこ行くの?」
扉に向かって走り出すが、それを許さないのは我がクラスの委員長、桐谷成子。女子空手部部長で、鬼の成子と言う異名を名付けられ、全校生徒に恐れられている黙っていれば美少女な方。怒らなければとても優しく、元々美しい顔立ちをしている為、恐れられているのと同時に、親しまれているのだ。
そして僕の前に立ちはだかる桐谷さんは、その名の通り、鬼。
「桐谷さん、そこを退いてくれると有り難いやらなんやらなんだけど……」
「――ここを通りたいのなら、私の屍を超えて行きなさい」
「何でそんな少年漫画みたいなノリなの!?」
「人生には、命を懸けなきゃならないことだってあるのよ」
「じゃあ、確実に一回は間違えてるよ!」
「あー、もうっ! うるさいわねっ! ごちゃごちゃ言ってるとぶっ飛ばすわよ!?」
「ごめんなさい!!」
ヘタレって嫌だねー。
○○○
桐谷さんへの恐怖を抱きながら一時限目終了。親衛隊への恐怖を抱きながら二時限目終了。いつまでたっても現れない親衛隊を不思議に思いながら三時限目終了。欠伸をしながら四時限目終了。そしていつの間にか昼休み。
「秋ー、親衛隊の方々が校舎裏まで来いってさー」
「圭司、お前、何で断ってこないんだよ。空気読めバカ野郎」
のほほんと笑う圭司にアッパーを食らわしてから校舎裏に向かった。行かないと後で酷い目に合うのは目に見えてる。だったら早い内に終わらせた方が手っ取り早い。
そんな訳で只今校舎裏。
僕の前には、十人程の男達。頭には『姫様命』と書かれたハチマキと『薔薇姫に忠誠を誓う』と書かれたピンクのハッピを着ていた。見ている方が恥ずかしくなる。バカだ。バカがいます。誰か救急車。ここに頭の中がお花畑な人がいるよー。
「で? 僕に何か御用ですか?」
「とぼけるな! 薔薇姫の事だ」
おかしな集団の先頭に立つ男が言った。痩せぎすな眼鏡の男。
「ああ、千歳の事ですか」
「薔薇姫の名を、お前如きが呼び捨てにするなっ!」
もー、何なのさっきからー。
「これから我々、『薔薇姫親衛隊少数精鋭』がお前に正義の鉄槌を下す!」
少数精鋭って……アホくさ。呆れる僕をよそに、ガリメガネは僕に指を突きつける。ここ、効果音が入るのなら『ドーン!』でお願いします。
「これからお前の下駄箱に毎朝不幸の手紙を入れる! さあ、怖がれ! 脅えろ!」
「わあ、怖い」
今時不幸の手紙なんて、その発想が怖いよ。
「ははははは! そうかそうか! 怖いか!! お前達もそう思うか!?」
「はい! 親衛隊長!」
「名案です!」
バカを褒めちぎるピンクの集団。異様な光景。目がチカチカする。せめて目に優しい緑にして欲しかったな、ハッピの色は。僕の網膜にピンク色が焼きついてしまいそうだ。
「……帰ろ。時間無駄にした」
僕は背を向け、校舎裏を後にした。実にバカバカしい時間を過ごしてしまったようである。購買のパンが残ってなかったら、腹癒せに、佑樹を殴ろう。あとこの元凶の圭司も。
そんな事を胸に誓いながら、僕は校舎に帰った。
○○○
校舎に入った途端、誰かに声を掛けられた。
「秋ちゃーん、ご飯食べた?」
壱だ。珍しく一人の様子。
「まだだけど?」
「じゃあ、食堂一緒に行かない?」
「あ、うん。別にそれはいいけど、他の皆もいるの?」
「いるよー」
「ふうん」
何気ない会話を交わしながら、食堂に向かう。横切る女子生徒の視線が痛いけど、それなりに楽しかった。壱は人を明るくさせる。勿論、壱自身も明るい。というか、明るすぎなのだけれども。
会話が途切れる事無く食堂に到着。
「おい! 壱、秋! こっちだ!」
場所取りをしていてくれたらしい琉が僕達に向かって大声で叫ぶ。隣に座る環が煩そうに顔を顰めているのが見えた。周りに居た人がビックリしてるよ……。半ば呆れながらも、琉と環に向かって手を振り、食券売場へ壱と共に向かった。
僕と壱は日替わり定食を持ち、琉と環が居るテーブルへと向かった。琉と環と同じ側に壱が座り、僕がその向かいに座る。
ふと違和感を感じた。その原因に数秒してから気付く。
「千歳は?」
違和感の正体。千歳だった。いつもなら三人のすぐ傍に彼女は居る筈なのに。なのに、今は居ない。
僕の言葉に壱は困ったように笑いながら答えた。
「あー、千歳は今、告白されてるの、かな?」
壱の言葉に、琉は面白くなさそうに鼻を、フンと鳴らす。
「どうせ直ぐ帰ってくるだろ。あー思い出しても腹立つぜ。あの野郎、俺達の事、睨んできたしよー」
「だろうね。千歳、直ぐ戻るって言ってたし。それと琉、ここでは暴れないでよ」
環が琉を迷惑そうな目で見ていた。その視線に気付いたのか琉は、んな事しねーっつの、と言って口を尖らせる。
それを余所に、僕は、胸に霞がかかったかのような感覚を覚えていた。これを簡単に言い表すのなら、そう、モヤモヤ、だ。
その『モヤモヤする』奇妙な感覚に戸惑いながらも、僕は思いを口にする。
「……面白くない」
その呟きは三人の耳に届く事無く、開放されたテラスから吹いた風に掻き消された。