第八話:「朝は疲れるけど友達が出来る」
朝。制服を着ている最中。
「秋、おはよー」
「ああ、汐姉、おはようって何て格好してるの貴女!」
我が家の魔王、汐姉が下着姿で僕の部屋に訪問して来た。動揺のあまり、オネエ言葉になっちゃったよ。
「え? ああ、コレ? 可愛いでしょ?」
「え? あ、うんって流されそうになったけどそういう問題じゃない! 違うでしょ、汐姉!」
「えー? 可愛くない?」
「そうじゃないよ! 僕、これでも一応男なんだから早く着替えてきなさい! 目のやり場に困るから! とても困るから!」
「うふふー。どうしよっかなー?」
ちょ、何その手つき! なんかいやらしい! って言うか普通なら配役逆だから! いや、逆ならもう僕は犯罪者だけどね!
後ずさる僕と、じりじり寄ってくる汐姉。駄目だ。完璧遊んでやがるよこの実姉!
「えいっ!」
「ひぃっ!」
汐姉が僕に抱きつく。
何か顔近いし胸に柔らかいの当たってるって言うかスリスリすんの止めてお願いだからぁ!!
「あーもう、秋ってば可愛すぎー♪ 髪の毛はサラサラだし睫毛長いしお肌スベスベだし♪」
「ししし汐姉っ! や、止めてくすぐったい!」
「やだよーだ。べーっ」
「ガキか!!」
「ガキだもーん」
「19歳のクセに! ギリギリ未成年!!」
「……」
「痛い!」
炸裂する汐姉の蹴り技。怖いから無言で蹴るのは止めて!
僕と汐姉の攻防戦はこの後、数分間にも及んだ。結果は善也兄が仲裁して引き分け。朝から余計な労力を使ってしまった。
まあ、そんな話は置いといて。
朝食を食べ終わり、歯を磨き、さあ、出発とばかりに意気込んで玄関出たらあらびっくり。黒のカラーコンタクトをした千歳と三騎士が僕の家の前に立っていましたとさ。……なんで?
「おはよう、秋」
「ハロー、秋ちゃん」
「おす」
「どうも」
まあ、誰が言ったかは説明しなくても分かると思う。
「秋ちゃん、一緒に学校行こ?」
かくして、僕はこの美形三人組と目を見張る美少女と肩を並べて歩かなければならないと言う事になりました。神様何がお望みだ。
○○○
歩き始めて数分。
不思議な事に、誰も僕の隣に歩いている美少女が日宮千歳だと気付かない。それを少し疑問に思い、彼女に聞いてみた。千歳が言うには、目の色が違うだけで見つかる可能性が薄く、見つかったとしても親戚とでも言えばいいらしい。思わず納得し、人の先入観は凄いなあと思った。
しかしそれでも、千歳の美しさは変わらない。その証拠に、通行人の視線が三騎士と千歳に突き刺さる。ただ、一つ気になることがある。……なんで、僕を見るんだ? 千歳とか三騎士を見るのオマケとしてチラッと見られるのはいいけど、その中で僕をジッと見る視線があるってどういう事? 哀れみの目で見られてんの? 僕。それはそれで悲しい。
不安に駆られ、キョロキョロと挙動不審な行動をしていると壱が話しかけてきた。
「秋ちゃん、昨日の事は気にしないでね。琉と環、ちょっと拗ねてるだけなんだよ。ほら、千歳が秋ちゃんに取られちゃったー、みたいな感じでさ。ね?」
「斎木くん、気にするもなにも、僕は別にどうとも思ってませんが」
「敬語禁止って昨日言ったでしょ? それに名前で呼んでよ、俺達の事。ね? いいじゃん。琉と環も恥ずかしがってるだけで、本当は秋ちゃんと仲直りしたいんだよー?」
「「壱! この野郎!!」」
あははーホントの事じゃーん、と、能天気に笑っている彼。ああ、やっぱりこの人は凄い。険悪なムードを、一気に変えた。多分この美少年は、僕が昨日から、気まずい思いをしていると分かっていたのだろう。だから僕に、好機を与えた。その事を、無駄にしてはいけない。言い出すなら、今だ。
息を一つ、吸う。
「琉、環、壱」
僕の少し前を歩いていた三人は、驚いたように振り向く。少し、照れ臭い。誤魔化すように頬を掻く。ああもう、なんで、名前呼ぶだけなのに照れてんだ、僕。
「顔も平凡で、成績も運動とかも平凡な僕だけど」
言葉を切る。そして僕は――微笑んだ。
「これから、よろしく」
「……」
「……」
「……」
「……」
静寂。いっそ清々しいほどの静寂。それを破ったのは壱。
「……秋ちゃん、天然?」
そう言う壱の顔は赤くて、他の皆も同様に赤くて。
「やばいやばいやばい。今のはマジやばいって……!」
「絶対的な破壊力……!!」
琉は口を手で押さえてなんか言ってるし、環は顔を手で覆っているけど耳が真っ赤で。そしてよく見れば、通行人も僕の顔を見たまま固まっていて。
「……」
千歳は相変わらず無表情だけど、顔をほんのり赤くさせて僕をジッと見ている。余りにも異様な光景に少し怯んだ。僕の顔に、何かついているのだろうか?
「秋ちゃんさ、もしかして、学校では笑わない?」
壱がまだ顔を赤くしたまま、聞いてくる。僕は少し考えてから答えた。
「うーん……ないかも。鼻で笑う事とかはあるけど」
「ああ、なるほど。秋ちゃん地味だし、目立たないし、愛想悪いから、皆気付かないのかも」
「ぐっ。今のはかなり傷付いたよ、中々いいジャブじゃないか。って言うか気付かないって何が?」
「んー……そっかそっか。まあ、いいや。さあ、皆学校へ急げー」
「ちょっと、はぐらかさないでよ」
「秋、でも、本当に急がないと遅刻だ」
千歳が僕のブレザーの裾を引っ張りながら言った。
「え? マジで?」
「……行くぞ、秋」
「秋、俺、運動苦手だから、ゆっくり走って」
自分の目と耳を疑った。だって、琉と環が笑って僕の名前を呼んだのだから。
だけどそれは聞き間違いでも見間違いでも無く現実で。その事が嬉しくて、僕も笑った。千歳はそんな僕達を見て少し目尻を下げ、壱は嬉しそうに微笑んで。
そうして僕達は、共に笑いながら学校に向かった。今日は何だか、朝から気分がいい。
――でも、僕に平穏など許される筈なかったんだ。
だって、正門を抜けた時に凄い注目されてたんだ。てへっ♪ ……さてと、また100%オレンジジュースを買わなくちゃ。朝から除菌作業だー。