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第七十六話:「離陸しまして」


「あぁん、1000万画素を超える超高画質で動画も撮れちゃう文句なしの高機能に加えて高性能なコンパクトデジタルカメラ『EUCIL-1000』ことあたしの愛しいカトリーヌちゃんっ! ようやく帰って来てくれたんでちゅねっ!」


 これは飛行機に搭乗し、早々にカメラの返却を担任教師に強要してそれに成功した艶子ちゃんの第一声である。最初から最後までほぼ息継ぎはしておらず、締めくくりは赤ちゃん言葉。

 そこへ遍さんの厳しいツッコミが一つ。


「あでこ、キモい」


 理月さんの冷ややかなツッコミがまた一つ。


「艶子って、本当に気持ち悪いんだね」


 ついでに千歳の忌々しげなツッコミがまた一つ。


「ふん。気色悪い喋り方をするな。吐き気がする」


「もーうっ。みんな、ドSさんなんだからぁっ」


 ……うん。艶子ちゃんって『不屈の精神』の言葉が似合うと思うんだよね。あ、勿論、これは褒め言葉じゃないよ?






 何はともあれ、さあ行くぞと乗り込んだ初体験ファーストクラス。


 ベストカップルの特典により、僕と千歳は隣同士になるようなっていて、他は特に決められておらず自由席も同然。なので自然と三騎士、生徒会、騒がしい二人組(言わずもがな、遍さんと艶子ちゃんのコンビだ)に分かれた。

 あ、これは余談なんだけど、隣席の千歳は椅子に座ると足を組むクセがあるみたい。うん。だから、短めの裾からチラリと覗く太ももとかが何とも言えないぐらいエロいですよ全国の青少年諸君! 黒タイツって意外とヤバいよっ!? 何がヤバいのかって聞かれると説明しにくいけどっ!

 ちょっと前……いや、出会った当初ならそれぐらいでは動揺しなかったかもしれない。でも、それは過去の話。いくら『そういうモノ』にあまり興味がない僕とは言え、好きな女の子の事ならやっぱり違う訳で。

 ……まあとにかく、何が言いたいのかって言うとね?


 女の子が、男の前ではしたない格好をするんじゃありませんって事。その行為は僕を男として意識してないのか、それとも気を許してくれてるからなのかは怖くて聞けないけど。何てったってヘタレですから。


 まあ、そんなこんなでいつの間にか時間は経過し、飛行機が離陸して一時間が経った頃。


 千歳は早速アイマスクをつけて熟睡。

 そのアイマスクに油性マジックで目を描く悪戯大好き遍さん。

 艶子ちゃんはデジカメで千歳の寝顔を激写。

 理月さんは会長と今後のプランを相談中。

 壱は本を黙々と読んでおり、環はノートパソコンで何かやっていて、琉は千歳と同じく爆睡している。


 そして、僕は音楽鑑賞と言った所。

 どうやら今着用しているのは最新のヘッドホンらしく、重低音のサウンドが耳に心地良く響く。それでいて、音量は最大ながらも周囲の話し声が聞こえるのだから凄い。

 ヘッドホンの隅に『MIYABI』とあった時は、どう反応していいものか困ったけど。相変わらず、高性能なものを開発している。母さんが会社からサンプルとして貰ってくるものも、いつも高性能なヤツばっかりだし。

 ヘッドホンからは洋楽と邦楽がごちゃ混ぜに流されている。その中では知っている曲もあったりして、体は不思議とリズムを刻んでいた。


 シンセサイザーで作られた特徴的で独特な音にギターやベースが加わり、テクノポップとはまた違う雰囲気のメロディー。イントロは穏やかに始まり、サビは軽やかながらも優雅さを感じさせる曲調で進んでいく。

 そこに広がる、透明感と力強さを兼ね備えた歌声。それは悲しみに満ち溢れた歌詞を見事に歌い上げている。


 これには、凄いの一言に限るだろう。いや、さすがと言うべきか。


 奇跡の歌姫『Re:N(リン)』――。


 金髪に紫色の目、異国風な顔立ちをした自分より一つ年下の少女だ。テレビで見る彼女はとても大人びていて、可愛いと言うよりは美人と形容した方がいいのかもしれない。

 だけど外見だけではない、確かな実力。だからこそ、彼女はこうして人気歌手になっている。


 そこまで考えて、ふと気付いた。

 それは隣で眠る千歳と同じなんじゃないか、って事に。


「……ぷっ」


 気付いてしまうと、どうにもならない。つい笑いが零れてしまう。

 そうして暫く一人でクスクス笑っていると、何やら隣から視線を感じた。

 振り向くと、そこにはアイマスクを外した千歳が。遍さんは起きる気配でも察知していたのか、既にいなくなっていた。


「あ、ごめん。起こしちゃった?」


「いや……なんか、目の辺りがもぞもぞしたから」


「へ、へー。そうなんだ」


 現在、僕の視界には、口元に人差し指を当てた遍さんがいる。それも千歳の死角にいるものだから、アイマスクを額に上げたままの当人は気付かない。

 あのジェスチャーは、『バラすな』と言う解釈をするべきなんだろうか。って言うかそうすべきなんだろう。


「あー……あはは」


「? 何が面白い? 漫談でも聞いているのか?」


 言うが早いか、千歳は僕の耳からヘッドホンを奪い取った。

 無論、漫談を聞いていた憶えはないので流れているのはRe:Nの曲だろう。

 案の定、千歳は一瞬だけ訝しげな顔をして、すぐに納得したような顔になった。


「Re:Nの歌だな」


「あ、千歳も知ってた?」


「当たり前だろう。今時、Re:Nを知らない奴なんて稀だ」


 それを貴方が言いますかね。てか、君の場合もまた然りだよ、それ。


 ――なんて呆れていると、千歳の口から驚愕に尽きる言葉が出てきた。


「それに、あいつと私は遠縁の親戚だから」


 ――うん? ちょっと待ってね?


「あ、嘘じゃないからな? 名前もRe:Nではなく、ちゃんとしたのがあるんだ」


 Re:Nだからリンとか言う簡単なオチじゃないぞ? ――そう言って千歳は、無表情を少し崩した笑みを頬に描く。


「姓が月岡つきおかで、名がフレアローズ。正真正銘、私の親戚だよ」


「……」


 いや、なんかもう、凄すぎて二の句が継げませんが。君んとこの家系って何気に凄い人ばっかりだよね。今、訳も分からずちょっと感動してるよ。


「テレビじゃ良い子のフリをしているが、実際はワガママなお嬢様だ。私も従姉のあらたも、アレには色々と手を焼いた」


 お嬢様って言うのは千歳にも当てはまると思うんだけど……まあ、今この場でそれを言うのは野暮ってものだろう。何と言っても、千歳が昔を懐かしむように笑っているのだから。


「アレと初めて会ったのは中学生の時……三年前だ。私と新が二年で、ローズが一年だった。確か、イギリスからこっちへ移住してきたんだ」


 ヘッドホンから流れる音楽に身を任せるよう、千歳は目を閉じた。


「ローズは……人形みたいな顔をして、平気で人を傷付けるような奴だったよ。本当に、薔薇みたいなとげを持った女の子……自分を棘でしか守れない、小さな子供だった」


 お祈りのように両手を握り締め、漏れる重苦しい吐息。


「それは私も、新も同じだった。でも、だからこそ、私達は理解し合えたのだろう」


 薄く開けられる目は、どんな感情を映しているのだろうか。その心の内には、何を。


「自分の身は、自分で守らなければ意味がない。結局、最後に信じられるのは自分なんだ。他人に守られる生き方は、私には出来ない」


 ああ、どうしてだろうか。

 手を伸ばせば届く距離なのに。

 今にもその震える手を掴めるような距離なのに。


 どうして、こんなにも、遠く感じるのだろう――。






○○○






 ふぅ、と人知れずついた溜め息が脳内で響く。

 千歳はあの直後にまた寝た。どうやら眠気が残っていたようで、眠り始めたのは数十秒もかからなかった気がする。


 胸を占める空虚感にまた一つ、溜め息をついて目を伏せれば、こちらに向かってくる人影があった。


「ちょっと、いい?」


「……環」


「……何、その顔」


 見上げた僕の顔が相当情けなかったのか、困り気味に笑う環の顔が見えた。


「場所、変えようか」


 チラリと僕の隣を窺うように見た事から、千歳の安眠を妨害しないようにと言う意図なのだろう。

 それに賛同するよう、小さく頷いた。






 環に連れられたのは、人気の少ない通路。

 壁にもたれかかった彼はモデルでもやった方がいいんじゃないかってぐらい、そのポーズが様になっている。

 長い沈黙の中、環は通路の床を見続けながら口を開く。


「……秋はさあ、将来の夢とかある?」


「夢?」


「そう、夢」


「うーん……ない、なあ」


 小さい頃は警察官や消防士とか色々あったけど、年を重ねるに連れてその希望は薄れていった。でも、周りを見ていればそれが普通なんだと分かる。

 中学の頃、バスケットプレイヤーになると夢を語っていた佑樹。今ではその話題が出る事はない。

 だから、そうやって大人になっていくものだと思っていた。夢が叶う人なんて、限られている。


「そっか」


「うん」


「……っ」


 一瞬、環は考え込むと、意を決したように顔を上げた。


「あのさ……さっきの千歳を見て、どう思った?」


「どうって……」


「あ、いや、特にないんならいいんだ。……ただ、ちょっと心配で」


 心配? 何が?

 僕の疑問に気付いたのか、苦笑を零す環。


「俺達、卒業したら離れ離れになっちゃうから。もう、千歳を守れなくなるんだ」


「――え?」


 どこか虚ろな目で紡がれた言葉は、静まった通路に響いた。

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