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第七十五話:「妖怪さんと思いきや」

「うう……っ。向坂くんの苦笑い顔もまたいいわ。困り気味に下がる眉尻、非常に萌えました……。この高ぶる感情を同人誌にぶつけたいよぉ、遍ぇ……っ」


「あー、はいはい。それは帰ってからにしよーね、あでこちゃん」


「く……っ。あたしとした事が、一生の不覚! ただの修学旅行だと思ってナメてたわ! たかが修学旅行、されど修学旅行ね! 何でこんな時に限ってデジカメ没収なの……っ!? 陰謀!? 教師の陰謀なの!?」


「それはあんたが一般人に向けて見境なくパシャパシャ撮ってたからじゃない?」


「なっ、何で分かったのっ!?」


「あ、当たったんだ。適当に言ってみただけなんだけど」


「ああ……っ! 飛行機乗ってから返されても時間は戻せないのに! あのデジカメ、画素数が凄いのよ!? いえ、それだけじゃない。しかも不幸な事に、予備のデジカメはキャリーケースの中だし! 更に加えてそのキャリーケースも手元にないって言うのに!」


「知らないし、興味ないし。そんなに欲しいならどっかで買えばいいじゃん」


「あの画素数を知ってしまったら、そこら辺の安いカメラじゃ物足りないわ!」


「今のあんたの姿、親が見たら泣くと思う。……あ、そこの黒服さん。私のキャリーケース、特進クラス用に指定された場所まで運んでおいて? ちょっと遅刻しちゃったから、出し忘れちゃったの」


「はっ。了解しました」


「あ! ついでにあたしのキャリーちゃんを取り戻してきてー!」


「はいはい、バカな事言わないの」


「今のヨーロッパ、千歳はどう思う?」


「ふむ。別にどうとも思わないが……しかし、日本と比べて治安が悪いし、それに関しては心配性の伯父が絡みそうで怖いとしか言いようがない。もしかしたら、今頃フランスに先回りしているんじゃないかと思ってしまう」


「あはは。ミヤビの会長さんならやりかねないねー」


「ああ……理月はあの人と会った事があるから、分かってくれるだろうと思った」


「うん。ミヤビの会長さん、ずっと千歳の小さい頃の自慢話してたよ」


「……っ。あのバカ伯父、恥ずかしい真似を……」


 遍さんは何故か興奮状態の艶子ちゃんをどうどうとなだめ、千歳と理月さんはよく分からない世間話に突入しちゃったので、僕は完全に手持ち無沙汰状態。はっきり言って、かなり暇ですよ、ええ。思わず貧乏ゆすりしてしまいます。


「おはよ、秋ちゃーん」


「壱、いつになくハイテンションだね……」


「それダジャレ?」


「違うわ!」


 男子高校生がダジャレ言うか!? あ、いや、いるかもしれないけどさ。でも僕は違うよ?


「うす、秋」


「あ、琉。おはよー」


「なんか久しぶりな感じすんな?」


「うん、確かに。あ、あっちでは自由行動、一緒に回るけどよろしくね?」


「おう、ボディーガードなら俺に任せとけ」


 いや、別にそう言う意味で言った訳じゃないんだけどなぁ……。まあ、いっか。琉らしい言葉だし、ね。……あ、ボディーガードと言えば。


「この黒服さん達は何してるの?」


「それは学校側から手配されたSPだよ」


 琉の後ろから現れた環。彼の話によれば、この黒服さん達はSPらしい。……でも、それじゃあここにいる理由になってなくない?


「詳しい話はサトくんが知ってるから、聞いてみたら?」


「サトくん?」


「生徒会長の事だよ。畑中はたなか悟史。だからサトくん」


「ああ、会長か」


 そんな名前だったんだね、会長ってば。サトくんねぇ……なんか、マスコット人形を思い出すなぁ。


「アキくん。今、失礼な事を考えただろう?」


「いや、滅相もございません!」


 会長、何ですかその笑顔。超怖いっす。


「そうか?」


「うん! そうそうそう!」


「ならいいんだが……っておい、勝手に走り回るな、柏木に西園寺! そろそろ搭乗時間だぞ! 荷物をしっかり持って、忘れ物がないか確かめろよ!」


 うまく誤魔化せた事に安堵の息を漏らし、額に浮かんだ汗を拭う。だが、まだ訝しげにこちらを見ている会長。その目を避けるように――衣服などを詰め込んだキャリーケースとは違い、必要なものを持ち運ぶ為の――鞄を肩にかける振りをする。持ち運びに特化された肩掛けタイプが今はありがたい。マジ感謝です、玲奈さん。

 黒服さんの事は聞けなかったけど、やはり己の命には変えられない。生徒会長は僕の脳内にある危険人物リストにランクイン。ちなみに、第一位は現在ダントツであの変態だから。……あれ、なんか鳥肌が。






○○○






 ファーストクラスやビジネスの座席はエコノミーのように並ぶ必要なくサクサクと進める。だから今、すっげぇ痛いです。何がって視線が。うん、ごめんなさい皆さん。でも、これは僕の意思じゃないんですよ? そこら辺を理解してください。まあ、男子の視線が刺々《とげとげ》しいのは特進クラスの美少女さん達に囲まれてるせいなんだろうけどね。


「うっわ、凄い見られてるねー。さすがアキくん」


「うん……。多分みんな、『テメェだけ何でそっちなんだよ』とか『マジウゼー』とか思ってるんだよ……」


「相変わらずのズレた思考だね、向坂くん」


「それは今更だって。ってか理月、そのバカを見るような目はやめてあげなよ」


 遍さんと理月さんが何やら言っているが、よく分からない。ズレたとかバカとか途切れ途切れに聞こえてくるだけだ。……一体何を話しているんだろう?


「秋ちゃん秋ちゃん、あそこの女子達、こっちに向かって手ぇ振ってるよ」


「あ、ホントだ。……誰に手を振ってるのかな?」


「秋……お前なぁ……。あれは明らかにお前に対してだろーが」


「ええ? そうなの?」


「そうに決まってるって。壱も琉もそうだって思ってるから秋に言ってんだよ」


「う……そ、そうなの?」


 三人に問い掛ければ、返ってきたのは頷きだった。……マジですか。

 それじゃあ、と女子に向かって手を振り返せば、きゃあきゃあと黄色い悲鳴が上がった。名前ばかりが先行している有名無実な僕でも、こうしてファンになってくれている人がいる。多分、心が広原のように広い人なんだろう。感激して涙が――、


「ふみゅっ!?」


 突然、ぬっと伸ばされた手に頬を引っ張られる。何事かと滲む視界で現状を確認しようとすれば、背中に何かがのしかかってきた。な、何コレ! 新手の嫌がらせ!? それともあの有名な妖怪『子泣きじじい』が、僕の目に余るヘタレっぷりに業を煮やしてやって来たのか!?


「……ふっ」


「ひぃっ!」


 耳に息吹きかけられたー! いやー! 妖怪なのに吐息は生暖かいよー!?


「ご、ごめんなさいごめんなさい! ヘタレなら直しますから許してくださいぃ! ってか、そろそろ頬の痛みが限界ですー!」


「ほお。もう限界なのか? 軟弱な精神だな」


「これから毎日筋トレしますから手を離してくださいー! お願いします子泣きじじい様ー! ――うぁいたっ!?」


 ごつん、と。脳天に強い衝撃を受け、目の前にいくつもの星が現れました。


「い、いたぁ……」


「誰が子泣きじじいだ」


 その言葉と同時に、背中の重みがなくなった。先程と変わらない滲んだ視界でゆっくり後ろを振り返る。目が合ったのは、千歳さん。子泣きじじいなんかではありませんでした。間違えてごめんね?


「ほら、何をぼうっとしている。さっさと進め」


「え? ああ……はいは――うぉわっ?」


 促されるままに前を向くと、忘れていた重みが背中に返ってきた。……ふむ。彼女は一体、何がしたいんでしょうか。ってか、さっきは恐怖で気付かなかったけど、凄い柔らかくていい匂いがします。や、どこの部位が柔らかいのかと聞かれるとちょっと困るけど。……って、僕は変態かっ!

 とまあ、自分にツッコミをいれまして。恐らく背中に乗っているであろう彼女を落とさないようにバランスを取りつつ、首だけ振り向く。意外と至近距離に顔がありました。心臓が飛び出るかと思ったよ。


「何だ? 何をしている?」


「いや、それはこっちのセリフ」


「ああ? ……ああ」


 僕の言葉に首を傾げ、すぐに理解出来たのか千歳はゆるゆると頷いた。


「別に意味はない」


「ないの?」


「うん。まあ、なんとなく、だよ」


 今の『うん』って頷く仕草が可愛かった。誰かこの感情に共感してください。


「おい、ぼさぼさするな。このまま運べ」


「ええっ?」


「何だ、嫌なのか?」


「いや、別にいいけど……体力持つかなぁ」


「どう言う意味だ、それは。お前の体力がないだけか? それとも私の体が重たいとでも言いたいのかっ?」


「あう〜〜っ! ぜ、前者です前者ですっ! だから耳を引っ張らないで〜〜っ!」


「煩いバーカ」


「子供!?」


 ――こうして、何とも微妙な感じで修学旅行は始まったのだった。視線が凄かったのは、言うまでもないだろう。




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