第七十四話:「出発しましょう」
翌日。修学旅行の行き先はフランスである為、空港には生徒が溢れかえっていた。ちなみに全員私服。僕はピッタリと体にフィットする所々破けている黒い長袖シャツと細めなジーンズ着用中。あとはヘビ革のスニーカーと言った感じで、なんとなくロッカーな格好だ。これらを着て修学旅行に行きなさいと玲奈さんに言われ、試しに試着したらなんかエロいと言う感想をもらってしまった。一流カメラマン真弓さん曰く、僕の体のラインが分かってしまうらしい。体が細いとエロいのか、と初めて知った瞬間であった。
「いいよな、秋は。フランスまで特進クラスの美少女達に囲まれてんだろ? しかも特等席で」
さっきから佑樹が煩い。特等席と言うのは昨日行われたベストカップル賞の賞品で、修学旅行の際の移動にはファーストクラスの座席を用意されているらしい。その後も優遇されるのだとか。嬉しいっちゃ嬉しいが、特進クラス女性陣とこれからを共にすると思えば内心ビクビクである。だって、あのノリについていける自信がないのだ。
「はあ……憂鬱」
「けっ。勝者の余裕かコノヤロー。サングラスまで掛けてカッコつけやがってー」
「んな訳あるか」
サングラスは玲奈さんに命令されたから掛けているものであって、別に僕が好き好んで掛けている訳じゃない。なのに色の薄いサングラス越しに見える佑樹の顔は不満げだ。
「まあまあ、佑樹。俺と一緒なんだからいいじゃない。ほら、妖精さんも喜んでるアハハ」
「け、圭司。妖精はいないよ……」
「秋、スルーしてやってくれ……! あいつも今はつらいんだ……!」
圭司は最近になって彼女にフラれたショックからか、精神的におかしくなっていた。これには僕も流石の佑樹もノータッチな問題であった。この修学旅行中に立ち直ってくれればいいのだが、その望みが叶う可能性は薄い。
「佑樹、圭司を頼んだよ」
「おう。尽力を尽くすぜ」
ガシッと固い握手を交わす。友情が深まった瞬間だった。中学時代からの縁はこの先も切れそうにない。
○○○
「あ、アキくんこっちだよー」
「あれ、遍さん」
「はいはい遍でーす」
担任教師から伝えられた集合場所に向かっていると、いつの間にか遍さんが隣に並んでいた。相変わらずのゆるゆると毛先だけ巻かれた髪は派手だが、服装は白のロングスカートに黒のシャツと案外シンプル。曲げた左腕には冬用のコートとバッグを掛け、右手でキャリーケースを引いていた。それを見て抑えきれない衝動を感じ、立ち止まる。
「? アキくん、どしたの? ――わっ」
首を傾げる遍さんからキャリーケースを強引に奪い、抗議の声が耳に入る前に歩き出す。数秒遅れて慌てたような足音が後ろからやって来た。
「アキくん、いいよ。私持つから」
予想通りの言葉が隣からかけられ、苦笑混じりに顔を向ける。
「僕が持つよ」
「でも」
「いいから気にしないで。小さい時から姉さんに『女の子には優しくしろ』って言われてるせいで、クセなんだよこう言うの。それに、僕はこう見えても男なんだからさ。これくらい平気だし、少しぐらい頼ってくれてもいいよ?」
唖然とする遍さんに、もう抗議は受け付けておりません、と少しだけ冗談を交えた拒否を口にして、前方を向く。その間でも空港は騒然としており、勿論呟かれた言葉なんて聞き取れるはずもなかった。
「危ない危ない……これは嫌でもモテるわ」
「? 何か言った?」
「いや、何も」
「……? そう?」
「うん、そうそう」
……なんか釈然としないが、本人が言うのならそうなのだろう。まあいいやー、と意味もなく笑えば隣から溜め息が聞こえてきた。……今、呆れられたよね絶対に。
「……千歳が可哀想になってきた」
「え。何で?」
「アキくんは知らなくてもいい事だから。もうお子様はあっち向いてなさい」
いや、お子様って言われても僕と貴方は同い年デスヨ?
「アキくんの鈍感バカ」
「いきなり何ですか!? ってか酷いよ!」
「あっ、理月達だ。おーいっ」
無視された。無視されましたよ僕。目から変な汁が出そう。
「ほら、アキくんも手ぇ振って」
「え? ああ、はいはい」
遍さんの指差す方向を見れば、黒服に囲まれた特進クラスの中でも飛び抜けて優秀と言われる通称天才組のメンバーが揃っていた。それに琉と壱もいる。……でも、何で黒服の怖そうなお兄さんが一緒なの?
「みんな、おはよーっす」
あまりにも場違いな明るい声に、天才組メンバーが一斉に溜め息をついた。
「遍……お前と言う奴は」
色の濃いサングラスをかけたまま重苦しい声音で呟く千歳。極力目立たないようにしているようで、服装は黒と白のワンピース。せめてもの防寒対策なのか黒のタイツを着用していて、膝下のブーツを履いていた。一目では日宮千歳だと気付かないだろう。パッと見ならば今時の女の子である。
「ん? なぁに、千歳? 私がいなくて寂しかった?」
「違う。この人だかりの中、秋を連れ回すなんて自殺行為もいい所だろうが」
「あーそれなら大丈夫。サングラスが役に立ってくれたよね?」
「うん、まあね」
遍さんの言う通り、ここでサングラスが大変役立ってくれたのは事実である。今では以前のように街を歩けなくなってしまったが、これからはサングラスを掛けて出歩けばいいのだろう。帰ったら玲奈さんにお礼を言わなければ。
なんて事を考えていると、突然背中をポンポンと軽く叩かれた。振り向けばそこにいたのは黒髪をツインテールにした小柄な美少女で、その可愛らしい顔には喜色満面の笑み。
「向坂くん、初めまして。あたし艶子。よろしくねっ」
「あ、よろしくね。えっと……艶子さん?」
「んにゃ。さんはやめてほしいわねー」
さん付け嫌いなのよー、と苦々しげに言われてしまった。それでは、こんなのはどうだろう。
「艶子ちゃん?」
「っ……も、もう一回呼んで?」
「? うん。……艶子ちゃん」
「ごちそうさまです」
「え? お、お粗末様でした……?」
その瞬間、千歳と遍さんの溜め息が聞こえたような気がした。