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第六十九話:「その頃」


 秋と千歳が顔を合わせる少し前。壱人は東奔西走していた。


「壱人くん、指名入ったよ!」


「はーい。今行きまーす」


 長身に似合うスーツを着た壱人は、いつも通りにこやかな笑顔を浮かべる。不満顔の女の子達に微笑み、謝る姿はホストさながら。ウェイターとして働くクラスメートは、そのプレイボーイな動作に呆れを込めた視線を向けた。


「琉二くん、お帰り。早速だけど、指名あるからすぐ着替えてね」


「……おう」


 たった今、教室に帰ってきた琉二は、ウェイターの言葉に疲れきった顔で頷く。今までどこにいたのかは知らないが、疲労が随分と蓄積されているようだった。昨日の疲れがまだ残っているのかもしれない。その様子を哀れむように見るクラスメート一同。


「琉、頑張りなよ」


「おお……」


 励ます壱人の顔にも、疲労の色が見える。


 二人をこうまでさせる原因は、学園祭の出し物だった。壱人と琉二のクラスの出し物は、ホストクラブ。双方の容姿を生かす事が出来る出し物だったが、逆に二人の指名が集中してしまうと言う弱点がある。そのせいで疲労困憊する二人に、クラスメートは同情を隠せない。


「斎木くん、そろそろ上がりだよね?」


 ウェイターにふんした男子委員長に問われ、壱人は覇気のない笑顔で頷いた。

 指名が集中する壱人と琉二は休憩時間がかぶらないよう工夫していた。琉二は午前、壱人は午後と言う形で。

 やっと休めると言う事で、嘆息する壱人。後は頼むと言うように琉二の肩を軽く叩けば、生気が感じられない目を向けられた。


「さ、斎木っ」


「ん?」


 スーツのネクタイを緩めた時、出入り口からウェイターが駆けてくるのを見て、壱人は首を傾げる。ウェイターの頬は真っ赤に紅潮していたのだ。その原因は、彼が叫んだ内容ですぐ分かった。


「お前を呼んでくれって、超美人なお姉さんが!」


「え……」


 目を見開く壱人に、ウェイター達やホスト達の『何でお前ばっかり』な嫉妬や羨望が混ざった視線と、厨房係となった女子達の『どんな関係?』と好奇の視線が突き刺さる。見渡せば先程まで彼が相手をしていた客も、こちらを凄い目で睨んでいる。敏感な壱人は、己の頬が引きつるのを感じた。

 気まずい店内。その雰囲気を更に助長させる存在が、出入り口からやって来た。


「Bonjour. Comment?(こんにちは。ご機嫌いかが?)」


 流暢りゅうちょうなフランス語を話しながら、茶色の長髪に金のメッシュをあしらった美女が壱人の元へ歩み寄る。

 スリムなジーンズ、白のプリントシャツ、黒のライダースジャケットに身を包む玲奈は、実年齢より相当若く見えた。


「玲奈さん……迎えに行くって言ったでしょ?」


「いいわよ、そんなの。方向音痴でもないんだし」


 壱人の言葉をサラリとかわす玲奈。

 並々ならぬ玲奈の美貌に店内の視線が一気に集中し、壱人は苦笑せざるを得ない。琉二を見れば、うんざりとした顔で玲奈を見ていた。


「じゃあ俺、抜けるね?」


「あ、うん……」


 ぼうっとしている男子委員長に了承を取り、壱人は玲奈の腕を取って店を出る。聞こえてくる悲鳴に苦笑いしながら、彼と彼女はその場から逃げ出した。






○○○






 その頃、特進クラスの前には、長蛇の列が出来ていた。


「現在、中が大変混雑していますので、入場はもう少しお待ちくださーい」


 吸血鬼の格好をした女生徒が叫べば、返ってくるのは不満の声。


「どういうことだよ。もう一時間待ってるのに」


「客入れる気あるのか?」


「あはは……ごめんなさい」


 困ったように頬を掻き苦笑いをする女生徒に、不満を漏らしていた客は一斉に口をつぐむ。

 女生徒は美少女と形容するに相応ふさわしい容姿を持っており、その美貌に男女関係なく見とれたのだ。背中の真ん中辺りまで伸ばされた黒髪に、大きな黒曜石のような瞳。綺麗とも可愛いとも言える彼女は、まさしく美少女と言っていい。

 一瞬で静まり返った廊下。その様子を、入り口付近から顔を出して見ている人影が三つ。


「出た、理月りつきの魔性の微笑み」


 面白い、と顔にしっかり書いてある遍を見て、隣の環は溜め息をついた。快楽主義者である遍にとって、面白い事は極上のスイーツ。それをよく知っている彼は、悲観するしかない。


「理月は自分の外見をよく理解してるから、意識的だろうね。それがまた面白いんだけど」


「萌えるわよ、あの微笑みはっ」


 遍の隣に位置する少女が、頬を紅潮させて騒ぎ出す。遍の悪友であり、千歳の悪友でもある小さな少女、艶子つやこ。どこか生々しい名前とは裏腹に、可憐な容姿をした彼女は、いつだったか自らを『腐った女子』と呼称していた事を遍は覚えている。それを彼女らは『あー、納得納得。艶子は人間的に腐ってるから』と勘違いな解釈をしているのだが。


「でも、何でこんな事になってんの?」


 白い犬の耳が付いたカチューシャを装着し、少しだけはだけた制服姿で問いかける環に、白い着物姿の遍は窮屈きゅうくつそうに顔を歪めながらも答える。


「アレだよ、アレ。……この着物きつい」


 アレ、と指された方向を見て、環は瞬時に理解した。

 目に入ったのは、壁に張り出された写真。その大きさは小さめなポスター程もあり、嫌でも目立つ。更にそこには、ゴスロリに身を包んだ千歳と、見目みめ麗しい女(に見える)生徒が写っていた。

 環にとって、片方は幼馴染み、もう片方は友達である。


「あの展示してある写真が欲しいなー、ってさっき通り過ぎたお客さんが言ってたの聞いたわよー?」


 猫耳を頭につけた制服姿の艶子の言葉に、うんうんと頷く遍。


「千歳と女装してる秋のツーショットがサンプルじゃ、そうなるか。……可哀想に」


 こればかりは、秋に同情してしまう環。その原因の一端に、自分の恋人が絡んでいる事が容易く想像出来たからだ。

 複雑な環の心境など露知らず、遍は着物の帯を何とか緩めようと試行錯誤しながら、そうそう、と相槌あいづちをうつ。


「朝から『いくらですか?』『アレも特典ですか?』って言う問い合わせが凄くて煩いって、理月が愚痴ってた。ちゃんと非売品って書いてあるのにね」


「しょうがないわよっ。あたしだって欲しいもの!」


「はいはい。あでこは黙ってなさい?」


「あでこじゃないっ! あたしは艶子!」


 コントを始めた二人を余所に、環はふと気付いた事を口にする。


「……でも、何で出口から誰も出てこないの?」


 客は入り口から入るばかりで、出口から出て来る様子は一向にない。不思議現象とも言えるソレに、環は首を傾げた。


「私達が作った迷路を攻略出来る人が、そう簡単にいると思う?」


「……いや、いないね」


 エセ雪女の言葉に、環は失笑を禁じ得ない。

 千歳、環、遍、艶子、理月、悟史(生徒会長の事である)――特進クラスを代表する天才達の手によって作られた迷路は、一度入ったら奇跡でも起きない限り脱出不可能だと言える、大変意地の悪いものだったのだ。同じクラスと言えど、クラスメート達でさえ理解出来ないソレは、『ダイダロスの迷宮ラビュリントス』と言う別名で呼ばれている代物である。


「あ、でも、一人くらいはクリア――」


「いないわよー。誰も来なくて暇すぎるって、千歳言ってたし」


 僅かな期待を抱いていた環の言葉は、艶子によって粉々に打ち砕かれる。


「アキくんだって、ゴールまで行けたのは偶然っぽいしね。もうちょっと簡単に作ればよかった。このままじゃ、アキくんだけだよ、クリアした人」


「そうだね。……でもそれなら、リタイアする人がいないってのはおかしくない?」


 その答えを持つ遍は、胴を締め付ける帯を親のかたきを見るような目で睨みつけながら、口を開く。


「それがさあ……あのツーショット写真を特典代わりに欲しいって言う人が異常に多くて、誰も諦めようとしないんだよね」


「写真の焼き増しを渡して帰ってもらうのはダメなの?」


 環の問いに、遍は首を横に振った。


「千歳が『焼き増しするな、展示用の写真も盗まれないようにしろ』って言ってたんだよね」


 それを聞いた環は、そっか、と言って写真を横目で見た。

 千歳がそう言った理由を考えて、頭に浮かんだ答えは秋にとって最悪なものだろう。脳裏に爽やかな笑顔がチラつくが、環はあえて無視した。意識してしまうと、秋の事を思って涙が出そうになるからだ。女装させられた上に、変態に狙われるなんて余りにも可哀想じゃないか、と残酷な神様を恨むエセ狼男。


「仕方ないから最終手段を取ろうって、さっき理月と話してきた」


 あー、早くコレ脱ぎたい、とぼやく遍のげんに、ハッと己の思考から覚醒する環。


「最終手段?」


「ゴール以外の行き止まりに行ったら、そこで失格。つまり強制リタイア。そうでもしないと誰も出てこないから。……それに」


 途中で言葉を切った遍は、何か言いにくい事でもあるかのように環の耳に顔を寄せる。


「そろそろ千歳が上がる時間なんだよね。交渉するにもその本人がいないんじゃ、話にならないからさ。それで苦情が来ても困るし」


「それなんだけど、千歳に時間延長頼めないの?」


「……私に千歳の邪魔をしろって言うの?」


「邪魔? ……あ、そっか。千歳、秋と学園祭回る――いたっ!?」


 全てを言い終える前にローキックを食らい、環の視界が微かに滲む。


「バカ。声が大きい」


「す、すみません……」


 長らく成子の尻に敷かれてきたせいか、環は女性にとことん弱かった。


「あの二人の邪魔するなら、私が阻止するから」


「しないって……。俺達だって、千歳と秋が仲良くなるように今までやって来たんだよ?」


「ああ、それもそうか。……事情が事情だから、最終手段を施行してもいいよね?」


「うん。じゃあ俺が無線で全員に伝えるよ」


「よろしく。私は会長にあの写真を死守するように言ってくるから」


 その物騒な物言いに、環は驚愕する。


「死守って、そんなに凄いの?」


「うん。かなりの人数が強行手段に出ようとした。ああ、あと、ミイラ男が狙うはずだから注意しろって千歳が言ってたし」


「ああ……ミイラ男なんて、ウチのクラスにいたっけ?」


「さあ? よく分かんないけど、いるみたいだよ?」


「ふうん……」


 内部構造は把握しているが、人事関係は全く把握出来ていない環と遍だった。






○○○




【おまけ】




 秋と千歳が顔を合わせた丁度その頃。

 壱人は玲奈をエスコートすると言う名目で、学園祭を堪能たんのうしていた。隣を歩く玲奈は、お目当てのクレープを手にいれて、ご機嫌な様子である。それを横目でチラリとうかがい、幸せってこう言う事なんだろうなあ、と彼は実感している。

 その時だった。玲奈が廊下の人ごみを見て、車にかれたカエルのような声を出したのは。


「何アレ……。近寄りたくもない集団ね……」


 苦々しく吐き出された玲奈の言葉に、確かに、と壱人は頷く。

 長蛇の列に並ぶ人の目がみな、血走っているのだ。その異様な雰囲気にたじろぐ二人。それが特進クラスの中へ続いてると気付いて、壱人は端整な顔立ちを歪めた。


「原因はアレみたいだね……」


「え? あ……」


 壱人が指す方を見て、目を見開く玲奈。しかしその美貌は崩れず、それすらも美しいと思える。


「あの写真、もしかして千歳ちゃんと秋くん?」


「そうみたい。それにしても、よく分かったね?」


「まあ、商売柄ね」


 人を見る仕事だから、と写真を見つめたまま呟く玲奈。その頬にはしっかりと笑みが浮かんでいる。


「やっぱり、秋くんはいいわ……。次回は女性服だけ着せて、その後はメンズ用とレディース用で一緒くたに出せば……」


 ふふふ、と怪しい笑い声を漏らす玲奈の隣で、壱人は秋に同情した。この人に目を付けられたら、逃げる事は不可能だと、彼は痛い程理解している。


「アキは公式的に男って事にして、女装版の名前も考えなきゃ……」


「玲奈さん、それはちょっと秋ちゃんが可哀想だよ……」


「そう? 案外喜んでやってくれそうな気もするけど」


「喜んでやったら、俺は秋ちゃんと距離を置こうと思う」


「冗談よ」


 分かってるよ、と返せば背中を思いっきり叩かれて呻き声を上げた。大袈裟ね、と玲奈に白い目で見られて、壱人は溜め息をつく。彼が幼少の頃から病弱なのを、彼女は忘れているらしい。仮にも育て親なのに、と壱人は心中で呆れていた。


「人のいい秋ちゃんでも、女装姿が全国に流れちゃうのは流石に嫌だ思うよ?」


「そう……まあ、大切な専属モデルだし、その辺は何とかするわ」


 玲奈の『何とかする』は、絶対と同等の意味を持つ。それを知っている壱人は、安堵の息をついた。


(これで秋ちゃんの名誉は守られた……かな?)


 いまいち自信は持てないが、壱人はまあいいかと開き直って話題を変えた。


「ところで、専属にしたのは聞いたけど、ちゃんと契約したの? まさか口だけじゃないよね?」


「あ……」


「ぷっ」


 しまった、としっかり顔に書いてある玲奈に、つい吹き出してしまう壱人。だが、瞬時に鋭い眼光が向けられた事に気付き、ごめんごめんと謝った。


「でもさ、だとしたら早めにきちんと契約しておかないと。余所に取られちゃうかもしれないし。秋ちゃん、そっちの業界で結構注目されてるんでしょ?」


「……まあね。問い合わせ殺到よ。って言うかあんた、私より経営に向いてるんじゃないの? その抜かりない所とか特に」


「そう?」


「ええ。ま、そんなのはどうでもいいから、早くここから離れましょ。空気が悪くて堪んないわ」


 この人はどこまでマイペースなんだと、思わずにはいられない壱人だった。

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