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第六十八話:「セクハラお断り」


 翌日。学園祭二日目。

 千歳との学園祭回りに胸を躍らせていた僕に、思わぬトラブルがやって来た。


「秋子ちゃーん、可愛いー! こっち向いてー! きゃー!」


「はいはい!」


「こっちも秋子ちゃん指名だー! 女にばっか独占させられるかー!」


「はいはいはーい! でも店内ではお静かにしてくださーい!」


 『性別逆転喫茶』は前日のお客からの口コミもあったおかげで、大忙しです。ちなみに、僕を指名してくる人は男女の比率で表すと4:6。女性が多いのは何となく納得出来るが、何故男性がここまで多いのだろう? ……アレか? これも汐姉効果? 普段はパッとしない僕でも、化粧をすれば何とかなるって? 余計なお世話だ! あ、これってノリツッコミ?


「向坂くん! ぼさっとしてないで働いて!」


「はーい!」


 そんな感じで、本当に冗談抜きで忙殺されそうな時間は経ち――事件は起きた。


「秋子ちゃん、男でもいいからデートしよーよ」


 手をベタベタと触る男が、事もあろうに僕を同性だと踏まえた上で、堂々と誘ってきたのだ。セクハラだと思うんですが、そこんとこどうなんでしょー? 実はこのやり取り、数分前から続いている。さっきから桐谷さんの『ちゃっちゃと働けコノヤロー』な視線が突き刺さってくる。しかし、僕は悪くない。目の前にいる四人組の男達が悪いのだ。


「どう? 一回ぐらい、男とデートするのもいいと経験だと思うよ?」


 そんな経験は望んでません。しかし曲がりなりにも客は客だ。お客様は神様だと言われる接客業で、客を粗末に扱うのには少し抵抗がある。なのでここは丁重にお断りして帰って頂くべきだろう。


「あの、お客様。大変申し訳ありませんが、現在店内は混み合っております。ですから――」


「まあまあ、そんな事より。損はさせないからさ、行こう? 俺達、結構いいカップルに見えると思うし?」


 他の三人の、耳障りな笑い声が店内に響く。


「……」


 人の話を最後まで聞かない人は嫌いだ。大体、目の前の男を美形だなと思えない。僕の目は壱やら琉やら環やらを見慣れたせいか、肥えてしまったのだろう。それが悪質な事だとは自覚しているが、仕方ない。僕の周りに集まる人間が、美形ばかりと言うだけなのだ。


 ってか、いい加減、手を離してくだ――


「ひゃい!?」


「おー。反応まで可愛いー」


「つか、本当に男? 見えねーって」


「いいねー」


 背中を撫でられて、思わずのけぞりながら奇声を上げる僕に対する反応を見せる他三人。セクハラとしか言いようがない行動に、堪忍袋の緒が切れそうなのを感じるがそこは笑顔。口の端とかヒクヒク引きつってると思うけど、気にしない気にしない。


 キレたら今までの事が全部無駄になってしまうのだ。女装も、営業スマイルも、下手したら売り上げも。

 ああ、思い返せばなんて哀れな自分。何より大きいのは女装だ。校内を回らされて女装姿を晒したのに、それが無駄になるなんて堪えきれない。無理。絶対、無理。悲しすぎるってそれ。営業スマイルをなるべく崩さないように努力してきたのに、酷すぎるってそれは。


 でもごめん。これだけ言わせて。


 男にデートのお誘い、加えてセクハラされる僕って可哀想だ。


「……ん?」


 笑顔のまま落ち込んでいた時、嫌に教室が静まり返っている事に気付いた。僕と男達のやり取りに引いたとしたら納得出来るけど、それにしては静かすぎるような……。なんか当事者達も呆然としてるし……でも、何で?

 顎に手を当て、むう、と唸っていた所――突如として手が引っ張られた。突然の出来事に、ぎゃあ、と声が出たのは僕がチキンである証拠だろうか。出来れば気付きたくなかった。


「そう驚かれると、もっといじめたくなるんだが」


「ち、千歳!?」


 笑みを含めた声に慌てて振り返れば、後ろに制服姿の千歳が立っていた。これはどう言う事だろう。


「さっさと行く――わっ?」


 状況把握が出来ない僕を余所に、千歳は手を繋いだままどこかへ行こうとするが、もう片方の手を男が掴んでいる為、進めない。それによって彼女は前につんのめり、素っ頓狂な声を上げた。


 途中で何とか体勢を立て直し、その原因を探ろうと辺りを見回す姿はその様子は何ともいじらしく、ストレスで痙攣していた頬はあっという間に緩んでしまう。ほとんど条件反射と言っていい。


「……ん?」


 つんのめった原因を探っている内に、異変に気付いたようだ。形のいい眉を歪め、しかし無感動な紅玉の双眼をしながらも千歳は口を開く。


「何だ、そこのお前ら。何故こいつの手を握っている?」


「あ、い、いや」


 訝しげな表情を見せる彼女に、男は慌てて手を離す。冷やかしていた他三人の男達は、ぼうっとして彼女に見とれていた。だが、それは仕方がない事だろう。テレビで見る日宮千歳が目の前にいるのだ。浮かれない方がおかしいってものである。

 だが、つんのめった事により幾分いくぶんか機嫌が悪くなった彼女は、それに構わず僕の手を引く。


「おい、秋。早く用意して行くぞ」


 不機嫌な声音で告げられた言葉に、頭上で『?』マークが飛ぶ。それに目敏めざとく気付いた彼女は、更に不機嫌が増した声を上げる。


「何をとぼけている。昨日約束しただろう?」


「え。もうそんな時間?」


 壁掛け時計を見れば、確かに針は昼だと認識出来る時刻を指していた。働き過ぎとストレスで時間の感覚がなくなっていたのだろう。今更ながら、よくやったと自分を褒めてやりたい。


「成子、秋は連れて行くぞ?」


「煮るなり焼くなり、勝手にどうぞ」


 彼女には逆らえないと言うように、肩を竦める桐谷さんの姿が横目に映った。

 その言葉がまるで、死刑宣告のように聞こえたのは僕の気のせいだろうか。……いや、気のせいじゃない。何故なら、他校の生徒が千歳を一目でも見ようと、わざわざここまで来ているのだ。自分はそれらを敵に回したも同然。しかし、それでも僕は彼女と学園祭を回りたい。出来れば平穏に。


 そんな複雑な心境に、苦笑いするしかなかった。

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