第六十七話:「鈍感な平民A」
どっしりと構えて座るゴスロリ少女な千歳の隣で、膝を抱えて座る僕。なんて変な組み合わせだろう。片や有名人、片や女装したモデル。変だ。変すぎる。
でも、今の僕らは傷心に浸っていて、そんな事に気を配る余裕はなかった。
「……ところで、秋はなんでここに?」
「あー。兄妹四人と来てたんだけど、ゴタゴタでちょっとねー……」
「ああ、そう言えば、さっき無線で遍がなんか言ってたな。……確か、『高橋くんの顔にクレーターが出来てて、メイクなしでお化けだよ。マジ笑えた。超ウケる』とか」
「それ、汐姉がボコボコにしたお化けさんだねー」
高橋くんって言うのか、あのお化け。それにしても遍さん、明るいなー。ごめん。軽く現実逃避。
「なるほど、汐先輩なら納得だ。で? 秋は兄妹達とはぐれたのか?」
「うん……なんか、変なお化けにストーキングされて」
「……そいつ、どんな格好してた?」
あれ? 声のトーンが若干下がったような気がする。
「ええと……ミイラ?」
「……それ、多分、元晴だ」
「……え」
「このお化け屋敷にミイラなんていない。密かに紛れ込んでいたんだよ」
きゅ、急に鳥肌が立ってきました。マズいよあの人。やばいよあの人。
「それにしても、私が見抜けなかった秋の女装を、元晴はよく見抜けたな。少しムカつくが、そこは認めるしかなさそうだ」
「……? なんで千歳がムカつくの?」
意味不明な言葉に、首を傾げて聞いてみた。椅子の位置が高いから、見上げるようになって少し首が痛い。
当の千歳は、こっちをチラリと見て手を横に振る。
「気にするな。ただの独り言だ。この鈍感野郎」
「ど……っ!?」
「冗談だ。口が滑った。許せ、オカマ」
「オカ……っ!?」
酷い! 酷すぎる! 言葉の暴力だ! 大体、僕はオカマじゃない! 女装してるから説得力はないかもしれないけど、これでも歴とした男だ!
「正確な指摘は、言葉の暴力とは言わない」
「人の思考を読まないで! しかも正確じゃないからね!?」
ツッコミって疲れるっ!
「オカマにならないって、断言出来るのか?」
「出来るよっ! 汐姉に誓ってもいいね!」
「何故汐先輩に誓うのかは分からんが、秋の気持ちは分かったよ」
汐姉は約束を破ると、散々怒鳴り散らしてから、口を利いてくれなくなる。期間は最長で二週間。律儀で頑固な汐姉は、これらを己の気が済むまでやり遂げるのだ。
すなわち、汐姉に誓うと言う事は『ボコボコ、シカト、何でもこい』を約束したも同然の事なのである。
「……オカマにならないとしても、お前が元晴を好きになる事はないよな?」
「なっ、ないに決まってるでしょ! 好きになるなんて天地がひっくり返ってもない!」
「……ふふ。大袈裟だな、その例えは」
「……なんで嬉しそうなの?」
「……」
うわっ。一気に不機嫌顔になった。こっちを睨みつけているような気もしないではない。……って、よく分からないし。
「……な、何か勘に障る事でも言った?」
「だからお前は鈍感なんだ。……はあ」
「す、すみません……」
溜め息をつかれてしまっては、謝るしかない。笑顔の理由も分からないんじゃ、鈍感って言われるのも仕方ないか。
「なんか、ごめんね?」
「……まあ、いい。鈍感なのは知ってるから、今更だ。だが、このまま許すのも、なんとなく癪だ」
「なんとなくですか……」
「罰として、私と明日の学園祭を回ると約束しろ」
……え? それ罰ですか? むしろこちらとしては嬉しい限りなんですが。
「……嫌か? もしかして、先約がある?」
「ない。あったとしても断る」
「いや、そこまで優先してくれなくてもいいんだが……。でも、優遇されるのも悪い気分ではないな」
無表情ながらも、どことなく嬉しそうな彼女。
むう。またまたよく分かんないけど、千歳がいいならいいか。
「あ、僕、明日の午前は働き詰めだからさ。午後からでいい?」
「ああ。私も午前は働くからな。では、ここは危ないから、私が秋の教室まで迎えに行く。それでいいか?」
「うん、いいよ」
ここが危ないと言うのは僕も同意出来る。理由は簡単。ミイラの変態がいるからだ。いやはや、困ったものである。あーあ、本当に死んでくれたらいいのに。
「……秋、その笑顔は止めろ。どす黒く感じる」
「え、嘘。玲奈さんに怒られるかも。『アキは神秘的なイメージで売り出すから、変な笑い方しないでよ』って言われてるのに」
頬をペチペチと叩き、引き締める。変態が絡むと、どうしても思考が危なくなってしまう。自重自重。
「さあ、もう行け。そろそろ汐先輩達が心配する」
「んー、そうだね」
立ち上がり、ホコリや汚れを落とすようにスカートを叩く。汚したら桐谷さんに怒られる危険があるからだ。
「じゃあ、帰るよ。出口はどこ?」
「ここだ」
彼女が椅子の後ろの暗幕を持ち上げた。眩い光が、暗闇に慣れた目を刺激する。
「うわー……。凄い分かりにくい出口」
「ここまでたどり着かないと、半永久的に彷徨う事になる。係員に言えば途中退場出来るが」
「係員いたの?」
少なくとも、僕が通っていた道に係員らしき人はいなかったんだけど。
「ああ。場の雰囲気を壊さないように、お化けの仮装をしているからな」
「分かりにくいわ!」
「遍と環の提案だ」
「ああ、納得……」
あの二人、腹黒そうで悪知恵が働きそうだし、悪巧みとか好きそうだし、笑顔で悪質な事を言うところとか、気が合いそうだもんなあ。あれ? 全部の単語に『悪』が付いてるよ? って言うか僕、何気に酷い?
「ま、いいからさっさと出ろ。早くしないと環が犬の耳カチューシャをつけて追いかけてくるか、元晴が地の果てまで追いかけてくるぞ」
「どっちも嫌だ! って言うか環、犬の耳カチューシャつけてんの!?」
「狼男の設定だからな。遍の雪女は迫力があって怖いぞ。見なかったのか?」
ああ、そう言えば見たような見ていないような。変態ミイラに追いかけられてよく見なかったよ。早く死なないかな、あの変質者。
「また黒い……」
千歳の呟きは、僕の耳に入らなかった。
何にしても、明日が待ち遠しいくてしょうがない。
……あ。でも、それってデートになるのかな? ……ふ、深くは考えない事にしよう。うん。