表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/77

第六十六話:「お化け屋敷」

 丸テーブルに座る僕を除いた兄妹。視線が集中しているのに気付いているのか気付いていないのか、それぞれがそれぞれ、様々なリアクションを示している。

 僕はそれを遠巻きの一人として見ていた。だって、一緒にいると目立つから嫌だし。もう手遅れな感じもするが。


「秋」


 汐姉が指をパチンと鳴らし、僕の名前を呼んだ。ここは指名制じゃない。でも名前を呼ばれたからには、行かなくちゃならないだろう。って言うか凄い様になってたよ、指鳴らすの。


「はい。何でしょうか、お客様?」


「私そっくりの外見でその口調、気持ち悪いから止めて」


「……」


 酷くない? ねえ、酷くない? もうちょっと言い方あるよね?


「まあそんな事はどうでもいいわ。ケーキセット二つで、ドリンクは紅茶ね。ケーキは私と菊花の好きなヤツでお願い」


「汐姉はチーズケーキで、菊花は苺のショートだよね?」


「そう。よく出来ました」


 頭を撫でられた。圭司の視線が刺さるように痛いです。


「善也と裕太はどうするのよ?」


「あ、ぼくはコーヒー」


「おれ、オレンジジュースがいい」


「牛乳飲みなさいよ、牛乳。あんた、小さいんだから」


「小さい言わないでよ!」


「だって事実じゃない?」


「ちょっと静かにしてよ。営業妨害だって。僕が怒られるでしょ?」


 桐谷さんの視線を感じてハラハラドキドキしていると、菊花が含み笑いをして僕を見た。菊花がこの笑顔を浮かべる時は、何かある時なのだ。


「秋お兄ちゃん、任せてください」


 何を? と思ったが、それを口にする前に、菊花は動き出していた。


「汐お姉ちゃん、ユウちゃん、喧嘩は止めてください。それ以上続けるのなら、嫌いになります」


 途端に、姿勢を正す二人。その様子に菊花は満足げに微笑み、善也兄は苦笑い。これからは心中で菊花を『影の統率者』と呼ぶ事にして、厨房へと急ぐ。


 そこで見た光景に、唖然して、絶句。厨房係、総勢十三名は、我が兄妹を一目でも見ようと身を乗り出して、本来やるべき仕事を怠慢していた。仕事しろよ。






○○○






 働いて働いて、ようやく訪れた休憩時間。

 やっとこの忌々《いまいま》しい制服を脱げるのか、と安堵したのも束の間。


「あ、それ脱いじゃダメ。向坂くん、まだあるんだから。二時間したら帰ってきてよ?」


 美少年スタイルな桐谷さんから言い渡された死刑宣告に、肩を落としたのが二十分前。

 今は女装したまま兄妹と校内を回ってます。視線が痛いよー。


「あっ、ここ面白そうじゃない?」


 汐姉が指差すのは、『Haunted House〜trick or treat〜』と書かれている看板。要するに、お化け屋敷だ。

 比較的楽な出し物として知られるお化け屋敷は、人気のあまり、各学年に一つと言う特別措置が設けられていた。そうしなければ、全学年の大体のクラスがお化け屋敷を希望するだろう。さて、今年の幸運なクラスはどこかな……って。


「特進クラス!?」


 生徒にのみ、事前に配られたパンフレットに書かれていたのは、特進クラスだった。って事は、必然的に千歳も中にいる訳で。


 うわぁうわぁうわぁ。なんか、複雑と言うか何と言うか。とりあえず言えるのは、今の姿を見られたくないと言う事だけだ。でも、千歳は一体どんな格好をしているのか見てみたい気もする。いやいや、待て。今の僕を見たら引くって。見られた瞬間、色んなものが終わりそうな気がするし。あー、でもやっぱり見てみたいなー。どんな仮装してるんだろ。


「秋。あんた、お化け屋敷が怖いの?」


「怖くないよ」


 押し黙り、その場から動こうとしない僕を、汐姉は勘違いし、からかいを含めた声音で言った。

 僕は、少なからず負けん気が強いと自負しているつもりだ。なので汐姉の物言いに、少しムッとして、条件反射と言わんばかりに言い返してしまった。


「じゃあ、入れるのよね?」


「う、うん」


「決まりっ。さあ、みんな行くわよっ」


 後悔しても、遅かった。


「菊花、私から手を離さないようにしなさいよ?」


「はい。でも、大丈夫ですよ。お化けには自信がありますから」


「自信って何だよ、菊花。意味わかんねーって。なあ、善也兄ちゃん?」


「うーん……。ぼくには何とも言えないなあ。でもね、菊花? 無理は禁物だよ?」


 扉の奥に消えていく兄妹達の後ろ姿を見て、思う事がある。


 僕の負けん気は、矯正が必要のようだ。






○○○






 右を見ても人っ子一人おらず、左を見ても同じ。流石、我が校の中にある教室で一番の面積を誇る特進クラスだ。暗幕が垂れ下がる室内はまるで迷路のように入り組んでいる。


 ……ま、何が言いたいのかって言うと。僕、迷子になりました。


 説明するには約三分前にさかのぼる。

 三分前、出てくるお化け(生徒)があまりにもリアルつグロテスクな特殊メイクを施されていて、その尋常じゃない怖さに菊花が恐慌状態に陥った。それにキレた汐姉(妹を愛して止まない)が出てきたお化け(生徒)を次から次へと蹴り倒し殴り倒し、トドメの一本背負いを決めていた。それを止めようと善也兄は奮闘し、裕太は菊花を慰めようと奮闘し。そして僕は、何故か執拗に追いかけてくるお化けから逃げ回っていた所、いつの間にか一人になっていたのだ。って言うか、お化けにストーキングされるってどうよ?


「……くっ」


 何だか別の意味で背筋が寒くなったので、気分をまぎらわすように歩き出す。


 一人になった途端に心細い。自然と早足になりながら暗幕で仕切られた角を曲がると、道は行き止まりだった。――問題は、他にある。


「――」


 声が出なかった。驚きでもなく、恐怖でもなく、異常なまでの美しさに。

 そこ一点だけにスポットライトが当たり、豪奢ごうしゃな椅子に座るのは人形のような少女。黒と白のコントラストが映えるヒラヒラした衣装。薄布が幾重いくえにも重ねられた膝上のスカート。手首まで覆い隠す袖。衣装のそこら中に散りばめられたリボン。膝を包む黒のニーハイソックスに、それと同色のブーツ。

 紅い唇。閉じられたまぶた。漆黒の長髪はツインテールに結い上げられ、爪には光沢を放つメタリックな黒いマニキュアを塗っている。

 眠るゴスロリ少女。そんな言葉が頭をぎった。と言うか、見覚えあるよ、この人。


 じっと見つめていると、少女の目がおもむろに開かれていく。瞼の奥にあったのは、血のような真紅の双眸。――この学校で、紅い瞳と言ったら一人しかいない。


「おや。ここまでたどり着けるとは、中々肝のわった女性だな」


「え、いや、あのー」


 なんか勘違いされてる。主に性別とか。


「褒美に、貴方の名をこれに刻んでやろう」


 そう言ってどこからか取り出したのは、小さな手のひらサイズの十字架。これが景品って訳か。……や、可愛いですよ? (女の格好をした)男の僕からでも、センスの良さが分かります。でもさ、ちょっと待って。って事は、ここゴール?


「さあ、名前を述べよ」


「あ、向坂秋です」


「は?」


 真紅の双眼が、目いっぱいに見開かれる。


「しゅ、秋? 向坂秋って、私の知ってる向坂秋?」


「ま、まあ……」


「おまっ、何だその格好はっ」


「これは桐谷さんの陰謀だよ。千歳こそ、そのゴスロリは何なの?」


「こ、これは遍の陰謀で……」


「……千歳も苦労してるんだね」


「お前もな……」


 痛々しい空気が僕らを包んだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ