第六十四話:「時は金なり」
球技大会の翌日。
「来週の土日に、学園祭があります」
朝のホームルームで、桐谷さんがそんな事を言うもんだから、嫌でも思い出してしまった。このクラスの今年の学園祭は、僕中心に行われると言う事を。
「さあ、何がやりたいか意見を出しなさい。ちなみに、向坂くんの意見を先に聞くから」
「え? 僕?」
「うん。何かやりたい事ない?」
そう突然言われても、思い浮かばない。と言うかそもそも、学園祭に興味がないのだ。
「えーと……みんなのやりたいヤツを、やりたいなあ……」
悩みに悩んだ末、人任せと言う結論に到着。だって面倒くさいじゃん。自分で考えるの。
「じゃあみんなの意見を聞いて、多数決で決めるけどいい?」
「うん。それでいいよ」
「じゃ、何か意見がある人、手ぇ上げなくていいから適当に言いなさい」
桐谷さんも中々の面倒くさがりだと言う事が発覚。
「メイド喫茶がいいと思いまーす」
「えー! やだー!」
「キモーい!」
「バカ野郎! メイド喫茶こそ男の夢!」
「えー。逆に執事喫茶の方がよくなーい?」
「だよねー。男子ばっか楽しようとしてズルいし」
桐谷さんが自由を許した途端、メイド喫茶か執事喫茶か男子と女子で対立しようとしていた。
何でみんな、そこまで喫茶にこだわるのかな。って言うか、普通の喫茶でいいじゃん。メイドや執事にこだわる必要ある?
「うるっさいわボケ共ぉ!」
桐谷さんの一言で静まり返る教室。
「もう間を取って性別逆転させればいいでしょ! 時間を無駄に浪費すんな!」
ごめん桐谷さん。一言いい? 性別逆転させるってどう言う事ですか?
○○○
とまあ、そんな訳で僕のクラスは『性別逆転喫茶』に決定。それは男子が女装し、女子が男装すると言う、色んな意味で平等なものだった。
そして現在、クラスメートは意見を出し合って厨房係と給仕係の割り当てている。
「やっぱり向坂くんは給仕係だよね」
「うんうん。それはそうだよー」
「何着せちゃおうか?」
女子は一致団結すると怖いもので、反論出来ない。僕はもう、女装させられる事が確実だった。
「やっぱウィッグは必要だよね?」
「いるいるー! 茶髪の巻き髪がいいかも!」
「わー! 絶対可愛いよ!」
もう勝手にしてくれ……。女装は小さい頃から汐姉にされてたから慣れてるし。あーでも、やりたくないなー……。
「なあ、秋」
諦めて窓の外を眺めていると、佑樹が声をかけてきた。確かこいつも、給仕係に選ばれたはずだ。慰めてほしいのか知らないけど、僕は慰めてやらないからな。
「ウィッグって何?」
「……カツラの事だよ」
「おお、なるほど!」
「……」
はあ、と溜め息をついて、窓へ視線を戻す。
ホームルームが終わるまで、空を見つめていた。
○○○
時が経ち、学園祭を翌日に控えた今日。
今日は衣装を着る事になっている。佑樹はナース、圭司はバスガイドと言う、何とも悲惨なものであった。そして、かく言う僕の衣装とは。
「……なんで女子の制服?」
そう。よりによって、この学校の、女子の制服を渡されたのだ。
「だって、この方が面白いじゃない。本当に女子と勘違いする人がいるかもしれないでしょー?」
そう言うのは発案者、桐谷さん。
「全然面白くないよ」
「何よ。私の提案に文句あるっての?」
「素晴らしい提案だと思います!」
これがヘタレの性ってヤツだね。なんか無性に悲しい。
男子の給仕係は別室に通されていった。そこで化粧と着替えをするらしい。
佑樹と圭司はムダ毛処理中とかで、とてもじゃないが目も当てられない。僕はそう言うのがあまり生えない体質で、女子生徒が行う『ムダ毛チェック』とやらをパス出来た。
化粧は将来メイクアーティスト志望の女子が施し、髪は親が美容師をしている女子がセットするようだ。こうして見てみると、このクラスは人材が豊富のように思える。
「うう……スカートって落ち着かないなあ……」
「まあまあ、いいじゃん。せっかく綺麗なんだから、活用しないと勿体無いって」
「にしても、憎たらしい程に美人よねー。可愛いって言うより、綺麗なモデルみたいよ」
メイクアーティスト志望の小林さんが、朗らかに笑った。それに続いて、桐谷さんが言う。
褒めてくれているのは分かっているけど、素直に喜べない。
「まあ、これでみんなを追い出した甲斐があるってもんよ」
実は僕が化粧をする前に、小林さんと桐谷さん、髪をセットするクラスメート以外は全員外に出されたのだ。
改めて、姿見に映る自分の姿を確認する。
黒のスカートは膝上、カッターシャツの袖は肘まで折られており、腰には結び目が前にくるようにブレザーが縛られていた。体を動かせば二年生の証である赤いネクタイが揺れ、ついでに緩くウェーブしたセミロングの茶髪が揺れる。そして千歳がいつも愛用しているのと同じ、黒のニーハイソックス。パッと見、秋によく見かけるラフな格好の女子高生である。悲しい事に、汐姉そっくりだったり。
「さあ、行くわよ向坂くん。ドカンと一発、驚かしてやろうじゃないの」
そう言った直後。桐谷さんが僕の手を取り、教室まで引っ張っていく。正直、気が乗らないのだが、ここまで来たら覚悟を決めるしかないだろう。
廊下を早足で駆け抜けた桐谷さんが、教室の扉を乱暴に開ける。
桐谷さんと共に一歩、足を踏み出せば、教室から様々な悲鳴が上がった。
「ちょ、嘘!? 向坂くん!?」
「向坂!? マジで!?」
「やばいよ! 超きれーじゃん!」
本っ当に、勝手な事を言ってくれるクラスメート達だ。つい顔をしかめてしまったが、それぐらいは許してほしい。
「秋、何でお前は女に生まれてこなかったんだ……」
「黙れ。今更何言ってやがるこの単細胞が」
床に拳を打ちつける佑樹を足で踏みつけ、吐き捨てるように罵る。女王様だ、とか言う声が聞こえてきたのですぐに止めた。この格好でいつも通りに振る舞うと、そうなるのか。今後は注意しよう。
「一瞬、汐先輩かと思ったよ。超そっくりだね」
「圭司もそう思った?」
やはり、僕の容姿と汐姉はどこか似ている。性格は正反対と言ってもいいが。
「……」
「……圭司?」
何故か圭司が顔を赤くさせている事に気付く。
「いや、なんか、汐先輩に呼び捨てにされてるみたいで……」
「……」
気持ち悪い、と思った。
僕の周りには、こんな変な奴ばっかりだ。
と、人間関係について悩んでいた時、肩に手が置かれた。振り向けばそこには、ニコニコ笑顔の桐谷さんがいて。
「向坂くん。明日から二日間、秋子ちゃんとして頑張ってね」
僕にはその笑顔が、悪魔にしか見えなかった。
兎にも角にも、僕は明日から、二日間女装して接客しなければいけないようだ。
そう思うと、自然と溜め息が出た。
――願わくば、何もない事を祈る。多分、無理だろうけど。