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第六十三話「変態、四谷元晴」

 夕暮れの校舎に、再び沈黙が訪れる。その沈黙を破ったのは、千歳だった。


「元晴。お前は秋の事が……好きなのか?」


 真っ直ぐ四谷先生を見つめ、無表情で問いかける彼女は、一体どんな感情を抱いているのだろう。その彼女がまとう雰囲気に、不覚にも見とれてしまった。


 すると聞こえる、軽やかな笑い声。


「俺さ、男も女もイケるんだよ」


 あーあーそうですか。もう勝手に言ってくれ。男に告白されるのは慣れてますよー。


「だから、向坂くんも千歳も大好きなんだよね」


「……」


「……」


 後ろを振り向いて、彼女と顔を見合わせる。

 千歳も意味が分からないと言ったような顔で、僕の傍にやって来た。


(どう言う意味かな?)


(よく分からん。昔から元晴は理解不能な思考回路をしていたんだ)


(そのまま育っちゃったんだね)


(みたいだな)


「つまり、向坂くんも千歳も恋愛対象として見てるって事だよ」


 ひそひそ話が聞こえていたのか、四谷先生は説明するように言った。


 ああ、なるほど。そう言う事か……って納得しかけたけど、その言葉は聞き捨てならない!


「四谷先生! ちょっと待ってください! それ、客観的に聞いていたら二股のように聞こえるんですけど!」


「え? そうだよ?」


 あっさり言いましたよこの人ー! タケちゃんより絶対タチ悪い!


「ほら、両手に花って、男女共通の夢でしょ?」


「……」


「……」


 さも当然かのように言う四谷先生に、驚きを隠せない僕と彼女。佑樹やタケちゃん以外にも、欲望バカはいた。

 四谷先生の幼馴染みである千歳は、ショックが酷すぎて硬直している。


「……秋。今更だが、私は今、貞操の危機を凄い感じている」


「大丈夫。僕もだよ」


 僕の制服の裾を掴み、怯える彼女を、僕は守るように背にし、一歩ずつ後退していく。追っかけてきたらすぐ逃げられるように配慮した形だ。もう僕は、目の前の男が変態としか思えない。


「千歳は出会った時から目をつけてたんだよね」


 ふと脳裏をロリコンと言う言葉がよぎった。


「再会した千歳はテレビで見るよりずっと綺麗で、向坂くんは廊下で一目見た時から惹かれていた。だから俺は君達二人に、恋に落ちた」


 地獄に落ちてください。


「ああ……! 言い表しようのないこの感情……!」


 やばい。とうとう目が危なくなってきた。

 いまだ僕の制服の裾を掴んでいる彼女の手を、しっかりと掴む。走る体勢は、整った。


「……逃げるよ」


 小声でそう告げれば、握り返される手。

 条件反射で緩みそうになる頬を隠して、チャンスを探る。


「この身は既に、君達のもの――」


 ――今だ。


 四谷先生に背を向けて、駆け出した。後ろで何かを叫んでいるが、無視して昇降口まで急ぐ。


 今日は、初めて本物の変態に会った日になってしまった。






○○○






 三人を千歳の家に集合するよう電話で呼びかけ、事の顛末てんまつを話した。

 それを聞いた三人のリアクションは多種多様なものだ。


「うっわー。四谷っち、そんな特殊性癖持ちだったのー?」


 いつも笑顔を崩さない壱が、顔を引きつらせている。ドン引きしているようだけど、ここに被害者がいるんだから自重して欲しいものである。


「あー……えっと」


 環はあわれむような目で僕らを見てくる。コメントに困るなら言わなくていいよ。


「どうする? 四谷、ぶっ飛ばすか?」


「お前が私にぶっ飛ばされたくなければ、真面目に考えろ」


「はい……」


 今回は千歳の味方だ。琉が可哀想、とか全く思わない。むしろもっと苦しめ。僕ら以上に不幸になれ。


「四谷っちも攻略不可能な二人を選ぶなんて、趣味がいいのか悪いのか分かんないよねー」


 壱が顎に手を当て、顔をしかめて言う。それに頷く環と琉。意味が分からない僕と、何故か顔を赤くさせて壱を睨む千歳。何だか変な構図だ。


「趣味はいいんじゃないかな? それにしてもレベル高すぎだと思うけどさ」


「それ以前に、二股ってのがもう信じらんねえよ」


 環と琉が苦笑い気味に言うのだが、口が引きつってて目が笑っていない。

 千歳はもう三人から意見をもらうのを諦めたようで、自らが用意した紅茶に口を付けていた。その紅茶は僕にも用意されていて、いまだ湯気を立てるソレはテーブルの上に存在していた。

 いただきます、と呟いて紅茶を手に取る。いい香りと湯気が鼻孔びこうをくすぐり、気分を落ち着かせる。アロマテラピーも、こんな感じなのだろうか。

 一口含めば、口内に広がる甘すぎない味。それがまた、疲れきった体と心に安らぎを与える。


「美味しい……」


「それはよかった」


「あ」


 心中で呟いたつもりが、思いっきり口にしていたらしい。恥ずかしさで頬を掻きながら、照れ隠しに笑った。


「いや、この紅茶、本当に美味しいよ。なんか、身も心も温まるって言うか……」


 ……あれ? 身? 僕、何か忘れてるような……。


「――っ!?」


 何気なく背中に手を当てれば、全身に電流が走った。

 思い出した。僕、全身傷だらけじゃん! と、自覚してしまえば痛みがぶり返してきた。


「ぐううう……」


「しゅ、秋!? ――あっ!」


 僕の呻き声に、彼女が何か気付いたようで声を上げる。

 四谷先生の事で頭がいっぱいで、痛みや病院の事を忘れていたのだ。何とマヌケな。


「病院行ってない! どうしよう!?」


 彼女の珍しく焦った声に、三人が慌てて立ち上がる。薄々気付いていたけど、彼女は動揺すると口調が乱れるようだ。


「琉は秋ちゃん背負って! 環はここから近い病院を手配! 千歳は秋ちゃんを励ます! 俺は秋ちゃんの家族に――」


 痛みに堪えながら、壱の制服の裾を引っ張る。


「頼むから……家族には言わないで……」


 後が面倒くさいから、と付け足すと、壱は分かったと言うように頷いた。


「俺は秋ちゃんの家族に何か言って、帰りが遅くなるって誤魔化すから! 環、必死になってついて来るように!」


「分かってるよ!」


「うわ! 秋、お前、超軽いじゃねえか! ちゃんと飯食ってんのか!?」


「秋、頑張って! 私がついてる!」


 ごめん。本音を言うと、君達、凄いうるさい。




 検査の結果、打ち身と擦り傷くらいで済んだ。それでも背中のあざは痛々しかったようで、三人と彼女は顔をしかめていた。

 神野先輩は床に背中を打ちつけた際、頭もぶつけて脳しんとうを起こしたらしい。壱がそう言っていた。


 思い起こせば、今日は色々な事があった。


 嫌いな先輩に会って傷だらけになり、好きな人の幼馴染みに告白されてその好きな人と二股されたり、病院に大騒ぎしながら駆け込んだり。


 僕の日常に、平穏がない事を改めて知らされた日だった。


 来週も学園祭がある。今夜から不安で眠れない日々が続くだろう。


 誰かアロマテラピーセットをください。

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