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第五十八話:「許さないから」


 季節は移り変わり、景色が紅く変わり始める。


 やって来た10月は、一年の中で最も忙しいと言われる程に、イベントが多い。


 中でも、球技大会や学園祭は、学生生活の二大イベントとされているから、大変なのだ。




○○○






「はい、お静かにー!」


 その言葉で、教室が静まり返る。流石、鬼の成子。泣く子も黙ると言うのはこの事か。


「今日のホームルームは球技大会の選手決めよ! さっさと決めないと酷い目に合わすから、真面目にやんなさい!」


 目が本気マジだった。


「野球は男、バレーは女。バスケは男女別よ。自分がやりたいと思うものに手を挙げな! 推薦もありよ!」


「はいはーい! 俺は秋をバスケに推薦しまーす!」


 窓越しに空を見ていた僕にとって、佑樹の言葉は衝撃だった。椅子から滑り落ちそうになった体を起こし、立ち上がって佑樹を睨み付ける。


「何を言い出すんだよバカ!」


「だって中学ん時、バスケだけは異様に上手かったじゃん!」


「だけってなんだよ! 失礼すぎる! 傷付くだろ!?」


「うるせー! 薔薇姫と付き合ってるクセにこれくらいの言葉で傷付くんじゃねーよ!」


「付き合ってない!」


「だったらその赤面はなんだぁ!」


「こっ、これは――」


 教室を通り越して、廊下中に響き渡る破壊的な音。

 何があったんだと音がした方を見れば、そこには真っ二つになった教卓と、背中からどす黒いものを漂わせている桐谷さんがいた。

 先程のは、桐谷さんが教卓を壊した音だったのだ。


「あんたらぁ……」


 あれ? 錯覚かな。桐谷さんの後ろに修羅が見えるよ? あらら? 視界がどんどん霞んでいくんだけど、何でかな?


「いーい度胸、してんじゃん……」


 ピシリと空気が凍り付く教室内。

 桐谷さんは、ニコリと僕らに笑いかける。


「向坂くんには事情があって手を出せないけど、辰野には手ぇ出しても誰も困らないよねー……」


 ある事情とは恐らく千歳の事だろう。どんな暴行を受けるのかとビクビクしていたから、ホッと安堵の息を漏らした。こんな時ばかりは、彼女に感謝せざるを得ない。


「向坂くんは、バスケでいいわよね?」


「ひゃ、ひゃい……」


 突然向けられた笑顔に、恐怖で舌が回らなかった。


「みんな、明日までに自分のやりたいの決めておいてね? じゃあ、今日は解散。辰野は後で道場に来なさい。その腐った性根を再起不能なまでに粉砕キレイにしてあげるから」


 佑樹が絶叫する前に、僕を含むクラスメートは外に飛び出した。見れば、担任教師まで。

 そして僕は迷わず特進クラスに向かった。






○○○






 特進クラスの扉は開けられていて、千歳には容易に声を掛けられた。


 僕に気付いた途端、大変驚いたような顔をした彼女は現在、亜麻色の髪を巻いている綺麗な女子生徒に肘でつつかれている。何やら微笑ましいが、こっちはほったらかしだ。

 さて、どうしたものか。そう考えていた時、彼女の後ろに座る我が校の生徒会長と思わしき男子生徒が手招きをしてきた。

 入ってもいいのか、と目配せをすると、頷いたので遠慮なく入室する。

 迷わず彼女の元へ向かった。


「ちーとーせー。彼氏がお迎えに来たよー」


「は?」


 千歳の隣に座る、亜麻色の髪を巻いている美女の言葉に、体が固まった。

 彼氏? 誰が?


「かっ、彼氏じゃない! 秋も否定しろ!」


「恥じらっちゃってかわいー」


あまね! お前いい加減に――」


「はいはい。それでアキくんは、千歳に何か用かな?」


 凄い。この人、千歳を軽く流してる。彼女をあしらえるのは、壱ぐらいしかいないと思ってたのに。

 衝撃的な場面に驚いていた所、ふと違和感に気付いた。


「えっと、遍さんだっけ? 僕の名前はアキじゃなくて、シュウなんだけど……もしかして、知ってるの?」


「知ってるよー。今、学校で女子が騒いでるの、知らなかった?」


「全然。だって、見た事ないよ?」


 首を傾げると、遍さんはカラカラと笑った。


「アキくん鈍感だよ。結構人気あるのに勿体ない。私のお姉ちゃん、『生アキ、一度でいいから見てみたい』って言ってるし」


「ほお。君はそんな芸名でモデルをやってるのか。知らなかったなあ」


「会長も鈍いね。学校では有名だって言うのに」


 生徒会長と遍さんの会話を聞いていると、どうも疑念が浮かぶ。

 人気なんて、モデルをやり始めて一週間も経ってないし、一度しか撮っていない。それなのに人気があるとか、ちょっとおかしくないだろうか。

 アキとして表紙モデルとなったファッション誌を見つけた汐姉が、家族を集めて僕を尋問にかけたのと同じくらいにおかしいぞ。確かあの時は、説明に一時間もかけたんだっけ。


 それにしても生アキって……なんか嫌な響きだなぁ。……あれ?

 反応に困って頬を掻いていると、何故か遍さんの顔がニヤニヤ笑いになっている事に気付いた。


「千歳、そんな睨まないでよ。大丈夫だって。アキくん取らないから」


「……ふん」


 遍さんのニヤニヤ笑いから顔を背けるように彼女はそっぽを向く。心なしか、その頬は膨らんでいるように見える。


「ね、アキくん」


「え?」


 呼び掛けられ、彼女から目を離し、遍さんの方を向く。


「一緒に写真撮ってくれない? お姉ちゃんに見せたいんだ。ダメ?」


「いや、勿論いいよ」


「よし。じゃ、会長、撮って」


 手に持っていた携帯を生徒会長に渡し、遍さんは僕に密着してきた。いくらなんでも、これは近付きすぎなんじゃないでしょうか。クラスに残ってる人の視線が痛いです。

 帰ってしまったのであろう環がここにいない事に、少し安心する。環にまで変な目で見られたら嫌だからなぁ。


 ――その時。突如として腕を引かれ、耳に微かに柔らかい感触が当たった。


「アキくん。どうして人気モデルの君に、ラブレターが来ないか教えてあげる」


 吐息がくすぐったくて、ゾクゾクする。


「それはね、千歳がいるから。千歳とアキくんが親しげだから、みんな遠慮してるの」


 くす、と耳元で笑った気配。


「でも、それが最近、崩れ始めてる。何でか分からない?」


「……」


 沈黙を肯定と受け取ったのか、遍さんはまた話し出す。


「四谷が千歳の近くにいるからよ。君が考えてるよりずっと、あの二人の距離は近い」


「……っ」


 衝撃的な事実に、息を飲む。まさか、そんな。


「あの男、何か裏がある。気をつけなさい。千歳をあんな奴に盗られたら、許さないから」


 そう言った直後、どん、と胸を押し返される。強すぎる力に、体が少しよろめいた。


「ごめんアキくん。ちょっとつまづいちゃった。引っ張ってくれてありがと」


「う、うん……」


 何事もなかったかのように振る舞える遍さんに、気圧されて頷く。そうしないと、いけないような気がしたから。


「かいちょー、写真撮れた?」


「ああ。かなりエロいのが」


「何よー。私がいけないっての?」


「いや、別に? ただ、これを姉貴に見せんのはどうかと思うだけだ。向坂くんのファンなら卒倒だな」


 二人の会話に苦笑いを隠しきれないでいると、隣の彼女が音もなく立ち上がる。

 表情は相変わらずの無表情。だけどその顔は、僅かに影を落としている。


「……千歳?」


「……また明日」


 言うが早いか、彼女は机の上にあった鞄を乱暴に取り、足早に教室を出て行ってしまった。

 突然の事に呆然としていると、後ろから遍さんが笑いを堪えているような声音で呟く。


「案外、四谷の出る幕はないかもしれないなー……」


「え?」


 それってどう言う意味? そう聞こうとしたが、それは遍さんの微笑みによって拒絶された。


「アキくん、千歳を早く追いかけて。あの子は待ってくれないよ? 意外とあの子も鈍感だから、気付かないかもしれないけど」


「あ……」


 意味に気付いて、恥ずかしくなる。

 どうやら遍さんには、お見通しらしい。


「僕、行ってくるよ」


「うん。バイバイ」


「向坂くん、またな」


「じゃあ!」


 見えなくなった彼女の背中を、追いかける。追い付くまで、走るのを止めないと決意して。


 彼女に追い付いた時の話は、またの機会に話そう。

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