第五十話:「ナンパから守る方法」
突然ですが、僕は今、非常にイライラしてます。それもこれも、注文をとる彼女に群がる男達の所為。お客さんが帰った後のテーブルを拭きながら、彼女のことが気になってチラチラと見てしまう。
「ねぇねぇ。君いくつ?」
そう言いながらテーブルに座る四人組の男の一人は彼女に手を伸ばす。
触ったら殴る。絶対殴る。
僕の思考を読み取ったのか(それとも自身の防衛本能か)、彼女はそれをさり気なくかわし、ご注文は? と必殺の営業スマイルを繰り出した。
それでも諦めない餓えたハイエナ達。
「注文とかは後でいいからさー」
「そうそう。俺達は君の事が知りたいな」
「だから、さ。名前教えて?」
ああもうっ! 我慢出来ないっ!
「千歳っ!」
「っ? 秋?」
彼女の肩を引き寄せる。タケちゃんから教わった、女の子をナンパから守る方法の一つだ。とうとう、これを実践する時が来たのか。出来れば来て欲しくなかった。
「人の彼女に何か用ですか?」
「っ? は?」
何か言おうとした彼女を、肩を更に引き寄せる事で止める。
何かこれ、凄い恥ずかしいんだけど! タケちゃんはこれをやっていたのか!? 恥ずかしさでどうかなりそうだよ!
「えー、彼氏?」
「はい」
「なーんだ。まあ、君みたいな美人が彼氏いないとか有り得ないしね」
「それもそうだな」
「つか、彼氏も美人だよね」
今、不本意な事を言われた。男に美人とか褒め言葉じゃないし、そもそも僕は美形ですらない。
彼女とは釣り合わない事は分かりきっている。だから偽の彼氏として立っている今も、彼女の趣味が悪いとか思われていないか気が気でない。
もしここに壱や琉、環がいたとして、二人のどちらかが彼氏役をしたとしても、見劣りなどせず見事に釣り合った恋人同士に見えただろう。
あれ? 何か僕、落ち込んでない?
「店の真ん中でイチャつくなよ、秋」
「あ。タケちゃん」
後ろを振り向くと、ニヤニヤとした笑いを見せるタケちゃんがいた。俺の教えは役に立っただろ? と顔に書いてある。その顔止めろ。
「お前ら休憩時間な。奥に引っ込め」
肩をポンポンと叩かれ、押される。そのまま歩いていると、後ろからタケちゃんのご注文は? と言う声が聞こえてきた。
店の奥に行って一息つくと、彼女は僕の背中を叩いて溜め息をついた。
「とりあえず手を退けてから休め」
「え? あ、ごめん」
肩から手を離し、二歩の距離を開ける。
あー。ドキドキした。バレるんじゃないかと思ったよ。
「全く。無茶をするな。顔が赤い」
「はは、やっぱり? 暑さの所為にしといてよ」
「恥ずかしいのはお前だけじゃないぞ」
今更気付いたけど、彼女も顔がほんのり赤い。
「でも、ありがとう。おかげで助かった」
「あ、うん。どういたしまして」
「もしかしたらまたあるかも知れないから、その時はまたよろしく」
「うん。こんな僕だけど、出来る限りは」
そんな事態は余り起こって欲しくないけどね。
そう思ってしまうと、苦笑いを零すしかなかった。
○○○
今日の仕事が終わり、この店で働く従業員さん達を紹介された後、夕食を食べた僕と彼女は部屋に戻ってきた。
布団は十分に離して敷き、間に仕切りを立てて、今は二人でテレビを見ている。バラエティーで、毎回豪華ゲストを呼んでクイズをすると言う中々人気な番組だ。
「秋はいつもこの番組を見ているのか?」
オレンジジュースが入ったグラスに口をつけた彼女が聞いてきた。黒いジャージにTシャツと言う簡単な服装だが、見てみるとそのジャージはさり気なくブランドものだった。しかも玲奈さんのブランドの。
「いや、汐姉がいつも見ててさ。習慣になっちゃったんだよね」
「汐先輩が?」
「うん。でも、いきなりどうしたの?」
「いや、何か引っ掛かるんだ。昨日、父と母が何か言っていたような――」
『はーい! 今週のゲストは、仁科上総さんと久瀬由衣さんでーす!』
司会者の声を皮切りに、悲鳴が響く。現れたのは凛とした勝ち気な美女と、王子様のような笑顔を浮かべる美男。
「ああ、そうか。今日はこの番組に出るって言ってたんだ」
「引っ掛かってたのはそれ?」
「ああ」
「そっか。――あ、ごめん」
鳴り続ける携帯を手に持ち、部屋を出る。
ディスプレイを見ると、『明瀬環』との文字が。通話ボタンを押して、耳を近付ける。
『あ、秋?』
「うん。環、どうしたの?」
『いや、ちょっと聞きたい事があって。秋がいる所って、前言ってた海だよね?』
「ああ、うん。そうだよ」
『……分かった。聞きたい事はそれだけだから』
「? そう?」
『じゃあ、お休み』
「うん。お休み」
『あ、ちょっと待って』
電話を切ろうとした時、静止の声が掛かった。
「何?」
『千歳の寝起き、悪いから気を付けて。もしもの時に備えて、ティッシュを用意しておいた方がいい』
「え」
『じゃあ、お休み』
「あ、ちょっと待って! それってどう言う――」
電話は無情にも切られた。
ティッシュ? もしもの時? 何それ?
「環、意味わかんな――」
首を傾げて部屋に戻ると、彼女はテーブルにもたれるようにして眠っていた。寝るの早いね。でも、それ程までに今日は疲れたのだろう。
「よっと」
眠る彼女を抱き上げて窓際の布団まで運び、そっと降ろして、電気を消す。
すると、不思議と僕まで眠くなった。どうやら自分も、相当疲労が溜まっていたみたいだ。
ノロノロと自分の布団まで歩き、倒れ込むように寝転がった。ああ、眠い。なんだか今日はよく眠れそうだ。
目を閉じれば、今日の出来事が次から次へと浮かんで、いつの間にか眠っていた。
――朝。
彼女を起こそうとしたらキツい一発を貰い、鼻血が出て来る事態が発生。環の言ってたのはこう言う事かと、鼻血を出しながら納得するのであった。