第四十八話:「イジワルな千歳」
それから時は経って。千歳にはメールで、駅前に一時と送っておいた。
相部屋の事は、面と向かってちゃんと伝えた方がいいと思ったから、メールでは伝えていない。
「……」
正直、気が重い。どうしてもその……あ、相部屋の事を考えてしまい、それから千歳にどうやって伝えるかを考えてしまうから。
だって、一つ屋根の下ならまだしも、一つ部屋の中だよ? 無理でしょ! そりゃドキドキして眠れないって!
大体、タケちゃんもタケちゃんだよ。僕が女の子を連れてくる事は有り得ないって思ってたみたいだけど、それって酷くないかある意味。要するに、僕は女の子も誘えないような奥手野郎って思われてるって事だろ。……ひ、否定はしないけど肯定もしないぞ。
「ああー……もう嫌だー」
自分の体が重くなるのを感じる。
タケちゃんめ。これで千歳に嫌われたらどうしてくれるんだ。いや、でも、もし本当に嫌われたらどうしよう。……泣くかもしれない。まあ、その時にはタケちゃんを恨むか。
「はあ。……あ」
溜め息を吐き時計を確認し、そろそろ千歳との約束の時間が近付いているのに気付く。旅行の用意は前日に済ましてあり、今更焦る事はない。
昨日、母さん達に旅行の事を伝えたら、勝手に鞄の中に詰め込んできたのだ。主に女性陣が。楽と言えば楽なんだが、どうにも僕は、自分の事が自分で出来ないようなダメ男と認識されているみたい。荷造りぐらい自分で出来るのに。
と、そんな事を考えている内に、家を出なければいけない時間だと気付く。
そしてそれは、彼女にあの事を話さなければいけないと言う事で――
「……よしっ」
気合いを入れて、笑ってみる。折角の旅行だ。千歳にがっかりさせないように、頑張ろう。
――玄関で、いってきますと言うと、リビングから数人の声が混ざった『いってらっしゃい』が聞こえてきて、不思議と頬が緩んだ。
○○○
駅前に着くと、人ごみが凄かった。夏休みとあって、遠出する人もいるのだろう。
だけど千歳はすぐに見付かった。
目を伏せてオブジェに寄りかかる姿は、まるで絵画のようで、近寄りがたい雰囲気を漂わせている彼女。
以前、空港で顔を合わせた時の髪型の癖がまだ残っているのか、長い髪がふわふわしていた。……うん。可愛いと思ってしまいました。あの千歳を見て可愛いと思わない人は異常だと思うくらいに可愛い。
服装もいつもと違い、いつもはシックなモノトーンカラーを着こなしている彼女だけど、今日は何だか違った。
詳しく言うと、肩が露出するように作られ、ゆったりとした丈が長いライトグリーンの七分袖シャツ。袖までゆったりしていて、浴衣の袖みたいだと思った。そしてそれにはずり落ちないようにと黒の肩紐が付いている。そして丈の長いシャツからチラチラと見えるショートパンツ。履いているのは低めのミュール。
まあ、簡潔に言ってしまうと、露出度が高いのだ。暑いので、仕方ないのかもしれない。
――って、見とれてる場合じゃないよね。
黒いカラコンをしているので、別に名前を呼んでも大丈夫だろう。
静かに歩いて、彼女の前に立つ。すると僕だと気付いたのか、彼女は顔を上げた。その綺麗な顔に、不敵な笑みを浮かばせて。
「遅いじゃないか。私を待たせるとはいい度胸をしているな」
「千歳が早すぎるんだよ。そんなに待ちきれなかった?」
「くくっ。秋のクセに言うじゃないか。内心、私に軽口を叩いてヒヤヒヤしてるんじゃないだろうな?」
「ははっ。まさか」
そう。そのまさかである。
僕がこんなにも饒舌なのは、いつあの話を切り出そうか迷っている訳であって、彼女の言う通り、内心ヒヤヒヤなのだ。
でも、今の内に言っておかないと後々ヒドい目に合いそうで怖い。言い出すなら、今なんだろう。
「あのさ、千歳?」
「うん?」
首を傾げる千歳。その仕草で何人の男が見とれた事やら。
「あー、そのー……泊まる部屋が僕と相部屋なんだけど……大丈夫?」
「……? つまり、私と秋が一緒の部屋で寝る、と言う事か?」
「うん! やっぱりダメだよね! 待ってて! タケちゃんに言って何とかして貰うから――」
「私は別に構わないけど」
「……ふぁ?」
ぱーどぅん? 今、この人は何と言いましたか?
「何を今更。私に裸を見せたクセに、一緒の部屋が恥ずかしいのか?」
「誤解を招くような言い方はよしなさい! それに僕は好き好んで見せてないよ! あれは事故! 一緒の部屋が恥ずかしいのは当たり前なの!」
一気に捲くし立てた所為で息切れを繰り返す。そんな僕を見てはクスクス笑う彼女。
「冗談だよ。からかいすぎた。でも一緒の部屋でもいいと言うのは本当だ」
だって、と千歳は続ける。
「私は秋を信用しているからな。お前が変な事をしない限りは、だが」
「しないから!」
「冗談だ」
また千歳は、クスクスと笑い出した。ホントに、ホントに、この娘ってば。
「……千歳には敵わないよ」
「当たり前だ。私は日宮千歳だからな」
真面目な顔でそう言った彼女がおかしくて、僕達は顔を見合わせて笑った。
――何はともあれ、二泊三日の二人旅行は始まったのだろう。