第四十七話:「今までとは違う」
夏休みも終わりに近付いていたある日。
携帯電話が、振動した。
「――はぁい。もしもし? タケちゃん、何の用?」
「よう。夏休み堪能してるか?」
「あー、まあまあ」
「そっかそっか。ところで秋」
あれ? 何だろう? 何だか凄い嫌な予感が――
「バイト、してみないか? って言うか、手伝ってください」
果たして、嫌な予感は当たっていたのか当たっていないのか。
まあとりあえず、僕にとっては迷惑な話でしかなかった。
○○○
話によると、タケちゃんは今、海の浜辺で店を開いているらしく、人手が足りなくて困ってるようだ。そこで、都合よく浮かんだのが僕の顔。全く迷惑な話だ。
もう一人くらい連れてきてくれとタケちゃんは図々しくも言った。そんな事言える立場じゃないだろお前、と声を大にして言いたかったが、それでは僕が変人扱いされるのが目に見えているので止めた。ちなみに現在地、自室。
「あ、琉? 明後日は暇?」
『あー、わりぃ。その日は社交パーティーがあるんだ。出席しねぇとジジイがうるせぇから』
「環? 明後日は暇?」
『明後日? ちょっと待って……。ああ、その日はダメだ。父さんの仕事の手伝いで大阪支部に行くから』
「壱、明後日、暇?」
『明後日? ごめん秋ちゃん。行けそうにないよー。明後日は母さんとパリに行かなきゃいけないんだよねー』
三連敗。どれも次元が違う断り方だった。
他には……と考えた所でバカ二人の顔が浮かんだが、すぐに打ち消した。間違ってもあの二人は連れていきたくない。佑樹は仕事そっちのけでナンパするだろうし、圭司は彼女がいないとネガティブ思考になるし。
「……他の人探そ」
そうして携帯の電話帳を探していく内に、一つの名前が目に入った。
『日宮千歳』
「……いや。いやいやいや、来ないって。絶対来ないから」
千歳が、バイト? 有り得ない。そんな事、想像出来ないし。
――でも。
そう頭の中では否定しつつも、心のどこかで期待している自分がいる事に気付く。
胸に手を当てると、伝わる鼓動は早い。
何で僕は、こんなにドキドキしているんだろう。
「……」
僅かな期待を胸にしながら、通話ボタンを押す。
お馴染みの機械音を数回聞いて、彼女は、いつもと変わらない様子で電話に出た。
○○○
正直に言おう。僕はあの時、どうにかしていたんだと思う。
――それは昨夜。千歳が電話に出た時の事だ。
『もしもし? 秋?』
――ち、千歳?
『ああ。どうした?』
――い、いや、あのさ、千歳。
『うん?』
――あ、明後日、暇かな? 暇なら、一緒に海に行かない?
『……それはデートの誘いか?』
――ほえあっ!? い、いや、デートとかそんなんじゃなくて――た、タケちゃんが、人手が足りないからバイトに来てくれって言うから……っ!
『ふふっ。冗談だ。落ち着け』
――っ! うう……。ごめん……。
『いや、私もからかいすぎた。それで、海の件だが』
――う、うん。ダメだよね。だって、千歳なんだし……。
『? 私だと言う理由は分からないが、喜んで同行しよう』
――……へう?
『この前、美波と一緒に水着を選んだのだが、着る機会が無くてな。ちょっと困ってたんだ』
――そ、そうなんだ。
『それに、秋とも遊びたかったしな』
――そ、そ、そうなんだ。ありがとう。
『ああ。で、どうするんだ? 当日、どこかで待ち合わせするのか?』
――あ、それはまた明日教えるよ。まだタケちゃんから、よく事情を聞いていないんだ。
『そう。じゃあ、また明日だな』
――うん。また明日。
『お休み、秋』
――お休み、千歳。
これが昨日の会話である。
正直に言おう。あの時の僕はどうかしていた。(二回目)
正直に言おう。
……は、恥ずかしいぃぃっ! 何あんなに動揺してんのさ僕っ。恥ずかしすぎる!
赤面しながら悲鳴を上げて床を転げ回る男は不審者以外何でもないだろう。それ僕。今の僕。
「うわ、うっわ、うっわー! 恥ずかしいー! 何、ドキドキしちゃってんの過去の僕ー!」
千歳にドキドキしてしまうなんて、信じられない。いや、千歳は凄く魅力的だ。彼女が傍にいると、僕はいつもドキドキしてるか、穏やかな気持ちになるかのどっちかだ。
だけど、今までなら何度かしたドキドキと、今回のドキドキは違う。
よく分からないんだけど、どこか違うんだ。
こんな感覚を覚えたのは彼女がアメリカから帰って来て、空港で会った時から。
本当に、どうしたんだよ、僕。
「……」
転がるのを止め、天井を見ていると、視界の隅に何かが映った。
手を伸ばしてソレを取る。
――手の中にあったのは、携帯。
ああ、そう言えば、タケちゃんに電話しなきゃいけないんだ。すっかり忘れていた。
履歴から『里原武斗』の名前を探し、通話ボタンを押す。
馴染みの機械音が数回聞こえて、やっと電話に出る。
『よ、秋。どう? 友達、来てくれるって?』
「ああ、うん。いいって。どうすればいい?」
『そうだな。明後日の昼頃、来てくれ。地図は後で送るか?』
「そうして貰えると助かるな」
『分かった。あ、秋』
「何?」
『一緒に来る人って男? それとも女?』
どう答えるべきか、数秒迷った。
千歳は女だ。それは間違いない。しかし、タケちゃんに同行するのが千歳だと言っていいものか。だが、タケちゃんは既に彼女と顔見知りである。となると、事前報告は必要だろう。
彼女が日宮千歳だとバレないように、色々と手助けもいるだろうし。協力者は多い方がいい。
「タケちゃん、実はね」
『ん? 何だ? オカマなんて言うオチはいらないぞ?』
「安心してよ。そんなんじゃないから。――あのね、日宮千歳なんだよ。一緒に来るの」
『……』
「……」
数十秒による沈黙。それを破ったのは、
『何ぃぃいぃ!?』
電話越しのタケちゃん・シャウトだった。
相変わらず煩い。
「タケちゃん、もう少しボリューム下げてよ」
『ばっ! だっ! おまっ!』
「何? ちゃんと喋ってよ」
『バカ秋っ! 俺はてっきり、男を連れてくると思って、相部屋にしちまったじゃねぇかっ! 二泊三日だぞお前! どうするんだよ!』
「……は? ちょっと待って。話が見えない」
『だからっ! お前と日宮千歳は、一緒の部屋で寝るって事なんだっ!』
「……」
『……』
数十秒の沈黙。
それを破ったのは、
「嘘ぉおお!?」
滅多に聞けない、僕の絶叫だった。