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第三十八話:「向坂家のちアメリカにて」


 先輩のことを思い出したのはいいけれど、何故、千歳の顔がちらつくのか。

 そう言えば、暫く千歳に会ってない。だけど会えない訳がある。千歳は今、アメリカに遠征中なのだ。

 会いたい、と思うのは、本音。うーん。千歳依存症? いやいや、そんな訳……うーん。にしても、強くて弱くて優しい人かー……。僕の周りにそんな人――……あ。

……千歳?

 いやいや、ちょっと待て僕。それはただ、千歳が最も近しいからじゃないのか? 大体、千歳は弱くなんか――ない、訳じゃない、か……。現に僕は、千歳を弱いとは思っていない。

強いけれど、どこか脆い普通の女の子――僕はそう思っている。

 だとしたら――好き? 僕が、千歳を? いや、確かに千歳は好きだ。――でもそれは、友達として? それとも、一人の女の子として?


 わからない。どうしたら、いいんだろう。――いや、どうしようもない。


 この問題は、解決しようがない。


 ――僕が動くか、千歳が動くか――


 それで、この問題は解決するんだと思う。わからない。どうしたらいいのか。


 ――いや、何もしなくていい。答えは最初から―――




「秋っ!」


「――っ!?」


 慌てて目を開けると、そこには怪訝そうに僕を見る母さんがいた。見れば父さんも、汐姉も、菊花や裕太、善也兄まで僕を心配そうに見ている。


「あ、あれっ? みんな、どうしたの?」


「どうしたのって……お前なぁ……」


はぁ、と溜め息をつく母さん。


「お前が目を閉じたまま動かないって善也と裕太が慌てて言いにきたから、心配して来たんだろーがっ」


「あだっ」


 ばちん、と強烈なデコピンを喰らった。な、なにすんだー! 母さんのデコピンは二週間腫れがひかないのにっ!


「う〜」


 痛みで涙目になる。思わず母さんを睨むと、母さんは笑って僕の頭を乱暴にワシワシと撫でた。


「全く。無駄な心配かけさせるんじゃねーっつの」


 ……そっか。心配、かけたんだ。


「ごめん、なさい」


 そう言うと、母さんはまた笑った。父さんも、汐姉も、善也兄も、裕太も、菊花も、笑っていた。







○○○






 それからはみんなで遊んで、あっと言う間に閉園時間になった。家族みんなで遊ぶのなんて久しぶりで、本当に楽しかった。


 僕らが小さい時、母さんと父さんは休みの日にはよく遊んでくれた。だけど僕が小学三年生になった頃から、母さんの勤めるミヤビ財閥は世界で五本の指に入る程の大財閥に成長し、『仕事だけ』は出来る母さんは社長秘書に抜擢。それからは遊ぶ暇なんてなく、いつも忙しそうだった。今じゃ会長秘書だ。


 それから程なくして父さんの仕事も波に乗り出し、帰ってこない夜もあった。芸能界に関わる仕事だったから、仕方ないとは思ったけど、やっぱり寂しかった。


 だけどそんなことは言えなかったから。


 今は仕事の方が一段落してゆっくり過ごせているし、今がいいなら、それでいいかなあって思うんだ。過去を気にするような性質タチじゃないし、今更言ってもしょうがないと思ってるから。



 また、一緒に行けたらいいなあ。そう思いながら、ウォーターパークを見上げた。


 過去まえのことなんて、どうでもいい。現在いまのことが良ければ、それでいい。未来さきのことなんて、わからない。


 そうやって、ヒトは生きていくんだ。




「秋、なにしてんだ。さっさと行くぞ」


「秋ー、早くしないとヒロさんが怒っちゃうよー」


「秋、早くおいで」


「早くしなさいよね、バカ秋」


「秋お兄ちゃん、早く、です」


「秋兄ちゃん、早くしてよー」




 ――振り返れば、そこにいるから。







○○○




【同時刻――アメリカ】




 校舎から駆けてくる金髪ブロンドの少女を視認して、帽子を取る。

 少女はスピードを落とさずこちらに――って、ちょっと待て。受け身もままならぬ私に、少女はその勢いで抱きついた。体に掛かる衝撃を受け流す為に、二、三歩後ろに下がる。その一連の動作で、美波を思い出した。


『ハイ! チトセ!』


『――リリー。悪いな、突然押し掛けて』


 リリーは体を離して、私に笑顔を見せる。向日葵ひまわりのような笑み。果たして、百合リリーと言うおしとやかな名前は、天真爛漫な彼女に似合っているのだろうか。


『ううん、別にいいのよ! でも、学校にまで来て大丈夫なの?』


『? 何で? 私が学校に来たらいけないことでもあるのか?』


 リリーは、まさか、と言って肩をすくめる。


『私は大歓迎なんだけどねー。でもチトセ、貴女あなたの美しさは万国ばんこく共通なのよ?』


『……ありがとう?』


 何が何だかわからんが、とりあえず褒められたのだと解ったので礼を言っておいた。首を傾げて言うと、何故かリリーは困ったように笑った。


『無自覚さんはこれだから嫌なのよねー』


 む。失礼な。


「秋と一緒にしないでくれ」


 リリーに解らないよう、日本語でぼそりと呟く。すると何故か、リリーは目を丸くしてこっちを見た。


『シュウ?』


『あ。い、いや、何でもない』


 しまった。こいつ、日本語をいつの間にか習ってたのか……! 教えたのは、サミュエル辺りだろう。

 しかし、時すでに遅し。ニヤリと笑うリリーを見て、数秒前の自分を恨んだ。


『シュウって誰なのかな? チトセちゃん? コーチの可愛い姪っ子に、教えてくれないかなあ?』


 全く。女が色恋のことに関して興味を示すのは、どうしてこうも万国共通なんだか。と言うか、自分で可愛いって言うな。確かに美少女だけど。






○○○






 リリーはフィギュアのコーチ――サミュエルの姪であり、去年知り合った。知り合ったばかりにも関わらず、親しくしてくれた彼女には感謝している。

 去年の私は荒れていて、ニコリともせず口を開こうともせず、一日の殆どをアイスリンクで過ごしていた。

 そんな時に出会ったのが、サミュエルの家に偶然遊びに来ていた姪――リリーだった。




 私は、リリーに救われた。


 彼女に会わなかったら、私は欠陥品ダメになっていただろう。臆病で、弱くて、すべてから目を逸らして逃げていた私。



 太陽のような少女は、日陰に逃げようとする私を許さなかった――





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