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第三話:「平民Aと紅の姫と女たらし」

 目の前には木目調の扉。


 カランカラン、と扉に取り付けられたベルが鳴る。

 中に入るとカウンターに立つ男がこっちを見た。

 僕はあらかじめ用意していたセリフを言う。


「タケちゃんかくまってー。追われてるんだー」


「何だその三文芝居。棒読みにも程がある……」


 タケちゃんの目が、僕の横の彼女に向いた。まあ彼女の身長は僕より数センチ低いだけだから、そう目線の高さは変わらなかった気がする。……はっ。僕はどうせ170ちょいですよ。

 ちょっとねながらカウンターに目を移すと、タケちゃんの目は驚きで見開かれている。普段は流し目を得意とするイケメンプレイボーイ・タケちゃん。この表情はレアだ。僕は携帯を取り出し、激写する。永久保存しよ。何なら汐姉に送ろうかな。


「お、おい、秋。その子……」


 口をパクパクと魚のように開閉するタケちゃん。マヌケな事この上ない。常連さんが見たら泣くぞ。


「ご存じの通り、日宮千歳さんです」


 そう言い、隣に立つ彼女の耳を塞ぐ。彼女は何をされているのか分からないみたいで視線を彷徨さまよわせている。

 次の瞬間、店にはタケちゃんの絶叫が響き渡った。僕の両手は彼女の耳を塞いでいたので自分の耳を塞げず丸腰。案の定、耳鳴りがする。タケちゃんの声は無駄にでかいから嫌なんだ。どこで発声練習してんのさ。ボイトレしなくてその音量は凄いと思う。……デスメタルでもやればいいのに。






○○○






 耳鳴りが止まらない。

 って言うか、タケちゃん。調子乗って握手とか求めんな。急いで彼女の前に立ち、タケちゃんのギラついた目からさえぎる。するとタケちゃんは不満一杯な目を僕に向けた。

 それに敵対するように、殺気一杯な視線をタケちゃんに投げ、彼女の方に目を向ける。背中に恨みのもった視線が突き刺さるが、無視した。


「じゃ、日宮さん、紹介します。里原さとはら武斗たけと、二十七歳。僕の従兄弟です。周りに人が居ない時は半径五メートル以内に入らないでください。妊娠させられますから。年中無休で発情期なんです」


「おいぃ! 何言っちゃってんの君ぃ!! この嘘八百!! タコハチ野郎!!」


 意味が分からないしうるさい。歩く性欲が何かわめいてるが、冷たい目で見るとその歩く性欲はすぐ静かになった。


「君は?」


 スッと店内に響き渡る声。それが彼女のだと気付くのに、数秒かかった。彼女の声は、思ったより低い。だけど、ハスキーボイスとまでは行かないソレはとても合っているように思えた。


「……え?」


 しかし、数秒かかって言う事がそれなのか自分っ。ヘタレにも程がある。


「私は、君の名前を知りたい」


 男みたいな喋り方にも驚いたけど、一番驚いたのは――はにかんだように笑う彼女だ。だけどそれは一瞬の事で次の瞬間には無表情に戻っていた。それでも、その一瞬の笑みは僕の網膜に焼き付いている。……タケちゃんのよりずっと希少きしょうな表情である事は確かだ。


「……」


「……ダメ?」


「え? い、いや! 教えるよ!」


 僕の沈黙を拒絶と受け取ったのか、少女は無表情で言う。自惚れかも知れないけど、声のトーンからして落ち込んでいた。

 その様子に慌てて取り繕うように早口で言う。見惚れていた、なんて言える訳ない。助けを請うように後ろを振り返ると、タケちゃんは顔を真っ赤にして固まっていた。

 何たる事だ。日宮千歳の笑み、恐るべし。プレイボーイ・タケちゃんは一体どこへ行ったんだ。タケちゃん戻って来い。そう祈ってみたが、戻る気配はない。よし。僕だけは冷静でいよう。頭を冷やせ。自惚れるなバカ野郎。……って、こんな事を言ってる時点で冷静じゃないような気がする。

 そう思いながらも、軽く深呼吸してから彼女に目を向ける。タケちゃんの事はもう忘れた。


「僕の名前は、向坂秋です。よ、よろしく、日宮さん」


 僕は手を差し出す。さっきまで繋いでいた手。日宮さんはその手を握り、言った。


「日宮千歳だ。千歳と呼んで貰って結構。君は恩人だからな」


「いや、そんな恐れ多い――いぃたっ!?」


 言葉を濁らせたその瞬間、握っていた手に力を込められる。油断していた僕は激痛に襲われる羽目に。油断していてもしていなくても同じ目に合ってたような気もするけど。


「あだだだだっ!? ひ、日宮さん! 痛いです痛いです!」


「恩人なのだから、敬語は止めてくれ。それにネクタイの色は一緒だから、同級生だろう?」


 少女は無表情で僕の手を握り潰さんとする。

 僕達が通う学園は、ネクタイの色で学年が分かる。緑色が一年生。赤色が二年生。茶色が三年生。って言うかマジで潰れる! ネクタイの色なんか説明してる場合じゃない!


「ち、千歳! 離して!」


「む」


 パッと離された手は、真っ白だった。相当圧迫されたっぽい。ちょっと泣きながら彼女に目線を移すと、無表情のまま僕を見ていた。

 これは何か話すべきなんでしょうか。でも僕はタケちゃんのような話術を持ってない。その話術は女性を口説き落とすのに使われているのだけど。


「え、と。ち、千歳?」


「何だ、秋」


「街中の事なんだけど。何で、変装とかしなかったの? ほら、目立つじゃん。ち、千歳ってさ」


「変装ならしていた。ただ、秋とぶつかって、帽子とカラコンの両目とも落としてしまってな。尻餅をつきながら探していたのだが、気付かれてしまった」


 あ、なんだー。変装してたんだー。……ってちょっと待って!


「と言う事は、僕が事の発端!?」


「まあ、そう言う事になるな」


 うわ。僕は何て事を……。


「って言うかお前ら」


 背中のタケちゃんはジトッとした目を僕に向けてくる。

 なんだよタケちゃん。今まで無視されたからって、子犬のような目を僕に向けるな。虫酸が走る。


「そろそろ休憩終わるし、やばいんじゃないの? 俺目当ての客があと三分で押し寄せるよ?」


「それを早く言ってよっ!」


 ブレザーを脱ぎ千歳の頭にそれを被せ、手を取って店を飛び出す。千歳が犯罪者っぽく見えるけど、気にしない事にする。通り過ぎる人が怪訝な顔で見てきたけど気にしない。誰かが言ってたけど気にしたら負けなんだ。

 そうして、僕達そのままは走り続けた。


「ち、千歳のっ、い、家って、どこぉ!?」


「次の角を左に曲がって、真っ直ぐ行けば着く」


 息切れしまくり汗だくだくの僕に、息一つ乱れなくて頭からブレザー被った千歳。何だこの体力の差。日頃の運動不足がいけないのか?


「あ、はははっ」


 何故だか、笑えてくる。高校二年生にもなって全力疾走したからか、他の理由なのかは、僕にも分からない。


「はははっ」


 横を走る千歳も、笑う。ブレザーで隠れて分からないけど、表情は無ではなく、笑っているだろう。


 通行人に変な物でも見るような目で見られるが、僕達は笑うのを止めない。結局、彼女の家に着くまで、僕達は笑うのを止めなかった。






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