第二十八話:「汐姉とデート(1)」
あれから何の進展もなく、月日は流れた。
やたらと三人――誰、とは言わなくても分かるので省略――が、僕と千歳を2人っきりにさせたがるのが分かんなかったけど、それなりに楽しく過ごした。
そして今日から夏休み。学生が最も待ち望むものである。
しかし僕は素直に喜べない。……だって、汐姉が、下着姿で家中歩いたり、露出の多い服で僕を外に連れだそうとするんだよ……。
とまあ、個人的に色々あるけど、夏休み突入♪
○○○
「暑いわね、ちっ」
隣に歩く汐姉が、不機嫌そうに舌打ちをする。暑いのは分かってる。現に今、僕は汗だくだ。
「秋が捻挫で全治1ヶ月じゃなかったら、もっと涼しい時期に行けたのに」
う……。それを言われると辛いなあ。ごめんね、と言いながら、包帯の取れた右手で、汐姉の頭を撫でた。
本当は、汐姉も都合が合わなかったんだけど、それを言わないであげると言う大人な対応をする弟(僕)。そして弟に大人な対応をされた姉(汐)。
そんな感じで、僕達は街に向かう。
○○○
デニム素材のショートパンツ、黒のキャミソール、白のミュール。それが汐姉の今日の服装だった。
随分と露出が多い気がする。そんなに露出していいのだろうか。僕達の家系は、小麦色に焼ける事なく真っ赤になって痛むだけの肌だと言うのに……。
現在、気温は三十度以上。明日の汐姉の様子が目に見える……。
「ちょっと、何ぼーっとしてんのよ。お姉様のご機嫌取りでもしなさいよね」
と、ジーンズのポケットに手を突っ込んでいた僕の腕に、自分の腕を巻き付け、体を押し付ける汐姉。そして焦る僕。
「ちょ、離れて……は、くれないよね」
汐姉の悪戯好きはもう小さな時から知っているので、早々に諦める。だって絶対ワザとだし、楽しんでるし……何より、嬉しそうなんだもん。そんな顔されたら、何にも言えない。って言うか、もん、とか言っちゃったよ、僕。……まあ、それは置いといて。
でもちょっとくっつき過ぎだと思うよ、これは。やっぱり一言ぐらい言っておこうかな……、と思ったのだけど、
「うん」
汐姉の本当に嬉しそうな顔を見て、そんな気は失せてしまった。
……ま、いいか。腕を貸すぐらいで喜んでくれるなら、何本だって貸そう。僕の腕は二本しかないけど。
そして汐姉を剥がそうとして持ち上げた右手は、汐姉の頭を撫でる事になったのだった。
○○○
「おい、壱、何してんのお前……」
琉が変態を見るような目で俺を見てきた。何だか失礼なので、取り敢えず頭を叩いておく。あらら、持ってたソフトクリームに顔を突っ込んじゃったよ。
「いてぇ!」
顔がサンタクロースみたいに真っ白な流。まず言う言葉、それなの? ソフトクリームの事じゃないの? 相変わらず、どこか抜けてるんだよなあ、琉は。
「変態を見るような目で幼馴染みを見た罰だよ、それ」
「いや、俺から見ても、あの電柱に潜む壱は変態だった」
キャップを被った環が、何故か俺達を冷たい目で見てきた。環、何か俺達に冷たくて、秋ちゃんと千歳に優しいんだよねー。成子ちゃんには甘過ぎるし。……まさか環って、女好き? ……………んなワケないか。そんなんだったら、成子ちゃんに殺されてるよね。大体、秋ちゃんは女じゃないし。
「環が言うんならそうだったんだね、あはは琉ちゃんごめんねー」
「謝り方が軽いっ!?」
「いや、てっきり琉の事だから、俺の事を変態扱いして心の中で興奮してるのかなって」
「お前こそ俺をどんな目で見てるんだよ! その俺は確実に変態だから!!」
きゃんきゃん吠える小型犬……もとい、マイベストフレンド琉二を黙らせて、俺はある一点を指差す。
「ああ?何があるって言うん……うええっ!?」
「ちょ、琉、変な声出さないでよみっともな……はうえっ!?」
俺が指差した先には――
「ほら見て、あの子の足首。メチャクチャ琉が好きそうな足首だよ?」
「俺はそんなフェチを持った覚えはねえ! お前はそこまでして俺を変態に仕立て上げたいのか!」
「その通り!」
「いっそ清々しい!」
「二人ともうるさい! って言うか、何で秋が女の人と歩いてんの!? しかも何だか仲良いっぽい!!」
――そう、俺が差した先には、女の人と腕を組んだ秋ちゃんがいたのだった。いや、マジで美人だね、二人とも。横に並んでると、まるで姉妹のようだよ。
美女さんが腕を組んでくれてるから、秋ちゃんは辛うじて男に見えるだけで、カツラ被ったりしたら絶対姉妹だな。
○○○
街は人通りが多くて参る。何に参るのかって言うと、人が多い分、汐姉に振り向く人が多いって事だ。
あうっ。視線が痛いっ。汐姉が露出の多い服着てるからだよ、絶対。……まあ、僕が汐姉と腕組んでいるのにも問題があると思うんだけどさ。
ほら見てよ汐姉。あの二人組、僕らをガン見してるよ。メチャクチャ怖いから。
「あのさ、汐ね――ぐふ!?」
汐姉から、無防備な腹にパンチを貰った。いや、そんな『プレゼントフォーユー。誕生日おめでとう。これ欲しかったでしょ?』みたいな顔でやられても……。
「あんたさあ、分かってんの?」
「は、はい……?」
「これはデートなのよ? どこの恋人がデート中に姉と呼ばせるのよ。姉弟プレイ? 姉弟プレイなの? 変態じゃない。変態じゃん。変態でしょ?」
「そ、そうですね………」
目が、目が怖い。顔は笑ってるのに、目が笑ってない。こんなに恐怖を覚えたのは、千歳の冷笑以来だよ。もう、あそこにいるナンパ男二人組なんて目じゃないくらいに怖い。
「と、言うワケで、あんた、これから私の事、呼び捨てにしなさい」
「りょ、了解しました……」
お腹痛い……。もう帰りたい……。
そんな僕の願いも虚しく、先行き不安なデートはまだ続くのだった。
「ちょっ、どうすんのこれ! 俺達の『秋と千歳をくっつけよう作戦』はどうなんの!?」
「環、落ち着け! っつーか壱! お前は何やってんだ!」
「え? 尾行しようかなあ、と思って電柱に隠れてるんだけど」
「逆に目立つわ! っつーか何、当然でしょ? みたいな顔してんだテメェ!」
「ああもう! 壱、琉、うるさい!!」
ちなみにこっちも続く。