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第二十六話:「ぐきっ」


 桐谷さんの厳しい追及を何とか潜り抜け、待ちに待った昼休みをバカ1(佑樹)バカ2(圭司)と共に過ごした。

 圭司が彼女の作った弁当を自慢するものだから、佑樹がひがんで玉子焼きを取って、それを圭司が怒って喧嘩をしだしたのには参った。あの二人、マジで馬鹿だ。

 あと、今日は佑樹より圭司の方がウザかった。

 今日は汐姉が作った弁当だったから、汐フリークとしては気になるんだろうけど、食べる姿をジッと見られているのは落ち着かない。佑樹が食いついてこないのを不思議に思って聞いてみたら、佑樹は菊花の方がタイプらしい。……佑樹が家に来た時は、菊花に絶対部屋から出てこないように言っておこう。って言うか、二人は絶対家に入れない。


 さて、時は変わって6時限目。次は音楽なので、音楽室へ移動する必要がある。




 僕は佑樹と圭司を伴って、廊下を歩いていた。そして階段に差し掛かった時。ふと、右を向いた。そこで、見慣れた後ろ姿を見た。

 一歩、歩く度に揺れる黒い長髪。スラリとした体躯。背中に針金でも入っているのかと思うぐらいに綺麗な背筋。


 千歳。


 胸が締め付けられる。走り出したい、そんな気持ちに駆られた。


 その衝動は、計り知れないもので、壱との約束を一瞬でも忘れさせるのには十分だった。


「ちと――」


「秋、危ない!!」


 先を歩いていた佑樹から発せられた叫びが、僕の意識を前方へ向けさせる。

 瞬時に理解した。


 階段から女生徒が落ちてくる。


 まるでスローモーションのように、ゆっくりと感じられる数秒。それは僕だけが感じられるもので、はたから見れば一瞬の数秒。

 僕はその女生徒を受け止めようと、手に持っていた教科書を放り投げ、手を伸ばすが――


 ぐきっ。


 如何せん、非力な僕は、女生徒の下敷きとなった。ついでと言っては何だが、自分の手首が鳴るのも聞いた。


 倒れる際に頭を打ったのか、意識が混濁する。目が霞むのは、衝撃が強すぎたからか。


「秋! おい! 大丈夫か!?」


 佑樹の声が聞こえて、大丈夫、と伝えようとしたけど口が動くだけで声が出ない。


「秋!? ちょっ、誰か手ぇ貸して!!」


 焦る圭司の声が、頭の中で響く。


 首に力が入らなくて、頭は自然と右を向いた。


 そこには騒ぎに気付いた彼女がいて、宝石みたいな紅い瞳と目が合い、その紅い瞳が、目一杯開かれるのを見た瞬間――僕の意識はそこで途絶えた。






○○○






「う、あ――?」


 鼻につく消毒液の匂いが、意識を覚醒させる。目を開けると、白い天井が真っ先に目に入った。


「保健室……? って言うか、頭痛いー……」


 ズキズキする頭を押さえようと、左手を上げようとして、


「――あ」


 僕の脇腹付近のベッドに頭を預けて、眠っている彼女に気付いた。


 僕の左手は、彼女の右手に固く、固く掴まれていた。……繋がれている、じゃなくて、掴まれている、と言う表現がこの場合正しいと思う。


「えーっ……と」


 どうしたもんかな、この場合。


 カチリ、カチリ、と時計の秒針が白い部屋に響く。彼女の規則正しい寝息が、白い部屋に響く。


「あ……」


 目を擦ったのか、取れた睫毛が頬に付いている。取るべきか、取らざるべきか。


 もう少し、もう少しで頬に触れる――


「はい止め」


「うわああああ!?」


「な、何だ!? 敵襲か!? ええい! ドラゴンを召還しろ!!」


 突然の保健室の主(通称・ユリカちゃん)による乱入で、騒然となる保健室。しかしそれよりも、千歳が一体何の夢を見ていたかが気になる。






○○○






 どうやら、僕は二時間も寝ていたらしい。外に出ると空は真っ暗だった。


 千歳を送ってやれ、とユリカちゃんに言われ、今は下駄箱で、鞄を取りに行った千歳を待っている。元より送っていくつもりだったから別にいいんだけど、あの事があってちょっと気まずい。


 包帯で巻かれた右手を見る。ユリカちゃんによって、右手は全治1ヶ月の捻挫と診断された。ほぼ勘だから病院に行け、と言われたのはどうなんだろう。………あの人が教師でいいんだろうか。

 そう思っていると、たたた、と彼女が小走りでこっちに寄ってきた。


「待たせたな」


 ん、と僕に右手を差し出す彼女。……何だろう。取り敢えず、手を乗せてみた。直ぐに払われる。


「違う、鞄だ。か・ば・ん」


「え。いや、いいよ。自分で持てるし」


「いいから、よこせ」


「いいって、ほんと」


「よ・こ・せ」


「いや、ほんといいから。ね? むしろ千歳のを僕が持つから」


「……」


「……」


 無言の攻防は五分にも及び、結局、自分の鞄は自分で持つと言う事になった。






○○○






 現在地、とあるファーストフード店。


 真正面に座る彼女は、カラコンをしていない。忘れた、のではなく、カラコンをする事なく僕と話したいらしかった。

 彼女の紅い瞳が、こちらを映す。店内中の視線が、こっちに向いているだろう。

 僕達のテーブルの横を通った中学生らしき少年達が、彼女を紅潮した顔で盗み見て、僕を怪訝な顔付きで睨みつけてくるのはどういう事だろう。


「むう……。こう言う店は初めて来たのだが、中々美味だな、このハンバーガーは。……何て名前だっけ?」


 眉を寄せてハンバーガーを見る千歳。その様子が可笑しくて、ついプッと吹き出してしまった。


「肉厚ハンバーグ特選チーズ乗せバーガー。色々略してハンチーバーガーだよ」


 ちなみに、この店で一番高い商品。ポテトとジュース付きで840円。ついでに僕も頼んだから、合計1680円。今回は、払うと言った千歳をこの前の夕飯のお礼、と言って無理矢理納得させて僕が出した。って言うか、もうちょっと他に略し方無かったんだろうか。


「それはまた変わった名前だな……。ああ、そうだ」


 と、そこで千歳はごほん、と咳払いをし、至って真剣な顔をして僕を見る。


「秋、話がある。――あの事で」


 ……あ。


 千歳には悪いが、すっかり忘れていた僕だった。






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