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第二十五話:「一週間後」


 千歳と言い合いをしてから、一週間が経った。

 事態は何も変わっていない。むしろ悪化している。


 一週間前のあの日から、千歳とは会っていない。別にこっちから会いに行ってもいいんだけど、壱との約束がある。それを破るなんて、僕には無理だった。


 鬱屈うっくつとした気持ちで空を見上げる。




 ――まあ、いい機会だと俺は思うよ。


 諭すような笑みで言う壱に、僕は怪訝な顔を向ける。


 ――これは千歳の問題で、俺達は口出し出来ない。だから、秋ちゃんも千歳から会いに来るまで何も行動しない事。まあ、応援してるよ。


 脳天気な笑顔に少なからず殺意が湧いた。僕のこめかみに青筋でも出ていたのか、壱は苦笑した。


 ――離れて見れば、気付く事もあるって事だよ。




「なーにが、離れて見れば気付く事も、だよ」


 僕、何も気付けないんだけど、と呟いてから、溜め息をついた。視線は青空から、グラウンドへ。体操服姿のおよそ三十名の男子生徒が、サッカーボールを蹴っている。ちなみに僕もその一人。


「秋、パス!」


「はいはい」


 圭司から回されたボールを足で蹴って(サッカーなんだから当たり前だけど)、敵のゴールに向かって走る。敵はほぼ全員、僕達の陣地フィールドにいるから、がら空き。ご利用は計画的にってCMでやってるのにな。

 ゴールが間近になって来た時、僕の後ろから足音が。


 っ! 敵!? 速すぎないか!?


 ちょっと千歳のファンとの追いかけっこを思い出して泣きそうになった(トラウマ)。

 意を決して振り向くとそこには―――


「秋ぅ! パスパスぅ!」


 佑樹がいた。まあ、足が速い事しか取り得がない佑樹だ。でもこいつ、ゴール付近でディフェンスしてた筈だぞ。いくら何でも速すぎないか……!?


「早く早く! 早くくれないと俺死ぬかも!」


 どんな呪いだよ。一瞬、そのまま死んでくれないかなと思ったけど、どうせ死なないのでパス。


「はいはい」


 佑樹の顔目掛けて思い切り蹴りたい衝動を抑えて、普通にパス。


 それを受け取ると、佑樹は、シュートの体制に入った。


「イナズマシュート!!」


「ダサっ」


 そんな不名誉な名前をつけられ、飛んでいったボールはゴールを飛び越えて遥か彼方へとフライ・アウェイ。僕はそれを、おー、飛んだなー、と清々しい気持ちで見ていた。


 そして試合終了の笛が鳴る。


 ふと、視線を感じて、校舎を見た。でもそこには誰もいない。見えるのは全開の窓からヒラヒラと揺れるカーテンだけ。


「……あれ?」


「秋ー早くー」


「あ、圭司、待って!」


「くっそぉ! 何故入らなかったんだ! 俺のイナズマシュ――」


「ウザい!」


 グラウンドに拳を打ち付ける佑樹に、飛び蹴りを食らわせた。







○○○






「おい、向坂」


 教室へ帰ろうとした所、大山に呼び止められる。


「はい?」


「体育倉庫の整理をしておいてくれ」


「え、でも、次の授業が――」


「お前、体育係だろ?」


 嫌味な大山の笑み。

 千歳と仲良くなってから、こう言う事が増えた。もう慣れたし、気にしてないけど、流石に体育の後は疲れる……。

 溜め息をついて、大山から体育倉庫の鍵を受け取った。




 体育倉庫の電気を付け、後ろ手で扉を閉める。


「はあ……」


 思わず漏れてしまう溜め息。


「何だよ、辛気くせぇ面しやがって」


「え!?」


 驚いて振り向くと、そこにはマットに寝転がった琉がいた。


「何だ、琉だったのか……驚かせないでよ、もう……」


「そっちが勝手に驚いたんだろうが」


「まあ、そうなんだけど……琉は何してんの?」


「サボリ」


「うん。だよね。聞いた僕が間違いだったよ」


 僕も琉をマネして、隣のマットに寝転がる。うーん。お世辞にも、寝心地がいいとは言えないな。


「なあ、秋。ずっと前から言いたかったんだけどさ」


「んー? 何?」


「あの時は、冷たくして悪かったな」


 あの時……? その言葉に首を捻る。


「ああ、初対面で食堂行った時か」


「忘れてたのかよ……」


 ポン、と手のひらを拳で叩く僕を琉は呆れ顔で見た。


「まあ、いいけどよ。環も、同じ事思ってる。……ホントに、悪かったな」


「や、気にしなくていいって。千歳を思っての行動なんでしょ?」


「……初めてだったんだ。千歳が、他人の事を話すのは。無表情だったけど、微かに楽しそうだった。だから、怖かった。千歳がまた、傷付くんじゃないかって、怖かったんだ。日に日に、俺達の不安は大きくなっていった。傷付くのなら、傷が浅い方がいい。一週間考えて考えて、そう思ったから、引き離そうと思った」


 でも、と琉は続ける。


「壱はそれに反対した。千歳は進んでる、もう止める事は出来ないって。それでも俺は納得いかなかった」


「……それが、何で?」


 琉は、くくっ、と笑いを噛み殺しながら答える。


「秋って、話してると何か、草食動物みたいでよ。ピリピリしてるこっちが馬鹿らしくなるんだよ。つか、小鹿っぽい」


 僕は小鹿かよ……!


 





 楽しい時間は過ぎていった。


 琉とは、他にも、他愛のない話をした。


 気付けばそろそろ昼休み。授業をサボってしまった……。やばい、サボリ回数が早くも二回目だ。一回目は仮病を使って桐谷さんを納得させたからなあ……。ううう。……体育倉庫に閉じ込められたって言っておこう。


「じゃ、僕はもう行くよ……」


「ん? おお、何か分かんねえけど元気出せよ」


 君の優しさが心に染みるよ……。




 体育倉庫を出て行く秋を横目で見ながら、琉二は呟く。


「……秋、知ってたか? お前がサッカーしてる間、千歳がずっと見てたんだぜ……?」


 琉二はまた、くくっ、と笑いを噛み殺す。


「千歳は、お前が思うよりも、ずっと強くて厄介なんだ。覚悟して掛からねえと、お前が喰われちまう。……応援してやるから、頑張れよ」


 その不敵な笑みは、まるで肉食獣のよう。




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