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第二十話:「笑う千歳」




「千歳でいい。秋、悪かったな。他人の振りをして」


 その時、僕には、千歳の声が震えていたように聞こえたんだ――





○○○






 千歳も僕も、歌うのは余り好きではない――と言っても、皆に強要されて僕も千歳も1、2曲歌わされたが、彼女の歌唱力はやはりと言うべきか『天使の歌声』『女神の美声』とも言い表せる程のモノだった。選曲も洋楽ばかりで、それが更に歌声の美しさを際立たせていたのである――と言う事で、隅っこで二人、話していた。


「へえ。じゃあ今度、フィギュアの大会があるんだ」


「ああ。今はフィギュアに専念していてな。弓道やテニスはたまにやるが、それ以外は控えている」


「そうなんだ。テレビ、絶対見るよ」


「ありがとう。本当は会場に呼ぶべきなんだが、生憎、満席でな」


 まあ、千歳が出る大会は大概満席だと言う事は知っている。視聴率だって20パーセントや30パーセントは堅い。それほどまでに、彼女の人気は凄まじい。

 しかし、気にしないで、とは言ってみたものの、やはり生で見てみたいと言うのが本心。

まあ、仕方がないと心中で諦めたその時。


「何なら今から行くか? スケートリンク」


 唐突なその言葉にフリーズ。


「えっ? でも、もう開いてないでしょ」


「いや、最近、二十四時間営業のスケートリンクが出来たらしいんだ。それにここから近い」


 そう言えば、テレビで見たような気がする。今が旬のデートスポットとか……デート?


「〜〜っ」


 ヤバい。意識してしまった……。顔が熱くなるのを感じる。暗いオレンジ色の照明が誤魔化してくれるが、つい頬を手で隠してしまう。どうかバレませんように……!


「……秋? お前、何か様子が変だぞ?」


「へっ? い、いや、な、何が?」


 早速バレたよ。ダメだなぁ、僕。昔から嘘はつけない。


「挙動不審って言うか、何故そんなに狼狽うろたえてるんだ」


「な、何でもない! 何でもないから! うん! 行こうか、スケートリンク!」


 あれ。今、勢いに任せて(と言うか誤魔化す為に)何かとんでもない事言ったような……。……いや、確実に言ったな。

 頬が引き攣り、苦笑いが崩れ気味になるのを感じる。


「分かった」


 千歳はそう言うと、携帯を取り出し、メールを打ち始めた。


 数秒後に聞こえた、某有名アーティストの歌声。それは勿論、今歌っている恭平のではなく、発信源は美波さんの携帯。


 美波さんはディスプレイを見た後、訝しげにこっちを見てくる。だがそれは数秒の事で、直ぐに高速で指を動かし始めた。

 そしてそれから1、2秒で千歳の携帯がなった。

 は、早……。女子高生って皆こんなもんなの? って言うかやっぱり千歳も今時の女の子なんだね(失礼)。


「それじゃ、行くか」


 必要最低限のモノしか入らないようなバックに携帯を仕舞い、彼女は席を立つ。


「あれ? 千秋ちゃん、どこ行くの?」


 すかさず声を掛ける亘。結構目聡い。


「……チッ」


 彼女は、皆には聞こえないように(僕には聞こえたけど)、舌打ちをして、亘の方に振り向いた。――微笑みを浮かべて。


「ごめんなさい。門限なので帰りますね」


 作り笑いと感じさせない微笑み。完璧な演技。凄まじい演技力。余りにも、今の彼女とテレビに映る日宮千歳は、かけ離れている。

 “千秋”と“千歳”は、別人物だと思わせるようにする為の演技。その演技に違和感は無い。千歳、十分女優でもやっていけるよ……。


「あ! じゃあ俺、家まで送るよ!」


 と亘が自分の顔を指差す。

 チラッと彼女を上目遣いで見ると、少しばかり眉間に皺が寄っていた。普段が無表情だから、非常に分かりやすい。『余計なお世話だ』みたいな顔ですね、千歳さん。しかしそこは天才。一秒も経たない内に、笑顔になる。


「いえ。悪いので、いいですよ」


「いや、夜道は危ないよ! 女の子一人で歩かせられないって!」


 亘くん。心の中で言っておくけど、彼女はメチャクチャ強いです。鬼の成子が、同等、もしくは上として見ている程の強さです。君の目の前に居るのは千秋じゃなくて、千歳なんです。


 彼女も彼女で、『これ以上近付いたらコロス。しつこいウザい消えろ』みたいなオーラ出さないでください。カタカナで殺すっての、とっても怖いです。って言うかそんなキャラだった?

 多分このオーラを読み取っているのは、顔を引き攣らせている僕と壱と美波さんだけだろうなー。


「ね!? 送ってくよ!」


 中々食い下がると言うか、空気が読めないと言うか。亘の諦めの悪さに苦笑いを零したその時

 がしっ。


「……ん?」


 あれ、千歳? 何で僕の腕掴んでるの?

 戸惑い気味に見上げると、視界にはニコニコ笑っている千歳が。な、何かその笑顔怖い!


「いえ、結構ですよ。向坂くんが送ってくれるそうなので」


「え、な、いっ!?」


 ギュッと抓られた腕。何かデジャヴだよ。まるで千歳と自己紹介した時のよう。


「あ、そう……。秋、送り狼になるなよ」


 いや、なろうにもなれませんって。返り討ちに遭うだけだよ。


「それじゃあ、さようなら。またの機会に」


「ええと、皆、バイバイ」


 そんな感じで抜け出しましたとさ。







 ああ、街を歩くと視線が痛い……。ま、カラコンしてても千歳が美人なのには変わりないし。それに、ニコニコ笑っている事によって、日宮千歳とは全くの別人だと思ってしまうだろう。なので道行く人々の視線が超不躾。そんなにジロジロ見ないで頂きたい。


 ホント、胃に悪いよ……。


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