第二話:「平民Aと紅の姫」
それは約一週間前の出来事。僕は街中を歩いていた。
ふと電気屋の店頭に並ぶテレビを見てみる。そこに映るのは我が校の姫。テレビで見ない日は無いし、新聞で見ない日も無い。
そこら辺の芸能人より整った容姿をしていて、全国模試一位で運動も出来る。
マスコミがこれを見逃すはず無く彼女は時の人となり、その美貌と才能で国民から絶大な支持を得る事になった。僕のような凡人とは住む世界が違う人だ。
テレビの中で表彰台に上がる彼女。どうやらフィギュアスケートの大会で優勝したらしい。だけど彼女の表情は優れない。いや優れないんじゃない、無表情なんだ。
表彰台の映像が終わり、氷上で踊る彼女が映し出される。それは綺麗だったけど、それと同時に冷たかった。彼女の目は冷たく表情も無い。それでもやっぱり見入ってしまう。
だけどその時。
「いてっ」
脇腹に突然痛みが走る。
驚いて目を向けるとアスファルトの地面に尻餅をついた女の子が目に入った。恐らく、僕にぶつかってきたのはこの子だろう。
「うわ。大丈夫ですか?」
慌てて手を差し伸べる。
「……あ」
そこで気付いた。女の子が自分と同じ学校の制服を着ている事に。僕の学校の制服はグレーのブレザーの下に白のカッターシャツを着ていて、赤のネクタイを着けている。黒のスカートは膝上の長さだ。ちなみに、男子は黒のズボン。
「あの、大丈夫?」
僕の呼び掛けに、無言で俯く女の子。まさか、怪我をさせてしまったのだろうか?
「ど、どこか痛い所はありますか?」
地面に膝をついて顔を覗き込もうとすると、女の子は更に顔を俯かせる。どど、どうしようっ?
焦ってパニック状態の僕と、うんともすんとも言わない彼女。通行人が何事かと視線を向けてくるのが分かる。中には白い目を僕に向けてくる人も。
そして、甲高い声が通行人達の興味を更に惹く事になる。
「ねぇ、あの女の子……日宮千歳じゃない?」
それは、僕と彼女のやり取りを興味深そうに見ていたカップルの女性の声だった。
その声は騒がしい街中でも十分に聞き取れる程の大きさで。
当然、僕にも聞こえた訳だから彼女に聞こえないはずはない。そして僕は見てしまった。咄嗟に顔を上げ、僕を窺うように見た彼女の紅い瞳を。すぐに顔を下げてしまったので遠巻きの通行人には見えなかっただろうけど、僕は見た。
冷たい目。表情が無い彼女の顔を。
見間違える筈はない。薔薇姫と呼ばれる少女。――日宮千歳を。
自覚した瞬間、彼女の手を取った。気付いたら体が勝手に動いていたのだ。正直驚いた。自分の行為に自分で驚くなんてバカみたいだけど。
手を掴んだ瞬間彼女が勢いよく顔を上げる。その表情は無ではなく、戸惑いと驚き。目は見開かれていて、しっかりと紅い双眼が見えた。それは遠巻きの通行人にも見えたのだろう。
「日宮千歳だ!」
男の叫びに、通行人が驚きの悲鳴を上げる。
日宮千歳のファンだと言う奴は少なくない。むしろファンじゃない奴が少ない。それを証拠に、黄色い悲鳴を上げる女子高生らしき人もいたし、顔を紅潮させて携帯で写真を撮る男も。老若男女を問わずその行為が行われる。
言わば、日宮千歳は国民的アイドルなのだ。同じ学校に通っている僕からして見れば普通の学生にしか見えないのだけど。
耳につく人の悲鳴を聞き流し、彼女の目を見た。
「僕に付いて来て」
更に見開かれる彼女の目。それを見て、彼女の返事を聞かずに走り出す。
走り出して数秒後、後ろから複数の足音が聞こえてきた。追われている。
ん? ……追われている? ……ちょっと待って! こ、怖っ! メチャクチャ怖いんですけどぉ!!
二人VS複数(詳細不明)。
こんな理不尽なルールはない。捕まったらどうなるのだろう。リンチかな? やっぱり。
って言うか、僕はそれよりも友人の方が怖い。日宮千歳の手を握った事が友人にバレたら、一体どんな目に合うのか。ここ何日間は夜道に気をつけなければならなくなる事は確実だ。
そして数分間の全力疾走。いつの間にか僕が彼女に引っ張られていた。そりゃそうだ。だって彼女の方が僕より足速いし、スタミナだって彼女が上だろう。それが当たり前だと思う。しかし、自分の情けなさに泣けると思ったのは初めてだ。これからジョギングでも始めようかな。
暫く走っていると、恐怖を抱いた足音は聞こえなくなっていた。
まあ、そんなこんなで行き着いたのが。
知り合いがやってる喫茶店だった。