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第十九話:「白い鳥」


 秋と言う少年は、人を魅了する才能を持っていると私は思う。無愛想で、女顔で、憎らしいほど綺麗な笑顔をする少年。無自覚で鈍感で、自分が美形って事を理解してないバカ。

 そして私は、そんなバカを嫌いになれないバカ。秋はどこか危なっかしくて、ついつい世話を焼きたくなってしまうのだ。


 壱も琉も環も、秋を気にかけている。しかしそれすら理解していない秋は、天然と言うか無自覚と言うか。本当に、分かっていないから、心配なのだ。


 机に入っていた手紙で、私目当ての変態が秋を攫ったと知って正直焦った。秋が襲われていないか心配で心配で、授業内容など耳に入るはずも無く、昼休みの鐘と共に教室を飛び出して成子を有無を言わさず連れ出したのだ。


 自嘲。らしくない。私らしくない、行動。他人の事など、どうでもよかった。どうでもよかった筈なのに。


 秋が気になる。感情など、無用だと思っていたのに。表情など、必要ないと思っていたのに。


「はあ……」


 溜め息が、質素な部屋に響く。ベッドとクローゼットと本棚しか無い広い部屋。黒のシーツに包まれて、私はベッドに横たわる。


 考えても仕方ない。もう一度、寝るか。再び眠りに堕ちようと、目を閉じ――


 ドンドンドン!


 ――眠れなかった。誰だ。安眠妨害だぞ。


「千歳ぇ! パパが帰って来たよぉ!!」


 ドンドンドン!


「パパ、今日は千歳と一緒に千歳の美味しいお昼ご飯が食べたくて、早く帰ってきたんだから!」


 そんな気遣いは無用だ、と、小声で毒づく。


 ドンドンドン!


 部屋から出たくない。しかし父親バカは私が顔を見せるまで、騒音ノックを続けるだろう。


「……はあ」


 体を起こし、扉に向かう。開けた瞬間、抱きついてくる可能性があるから、とりあえず八極拳の構えをとる。


「――どうぞ」


「千歳ぇ! パパがハグしてあげ――」


「――ふっ!」


 肘を曲げ、掌を胸板に押し付け、力を指先に集中させ――肘を伸ばし、腕を突き出す。


「ぐげぇ!」


 かれたカエルのように鳴きながら、廊下を転がっていく。そしてその勢いのまま階段から落ちた。ズドドドド、と、落下音を立てながら父は落ちていく。階段に歩み寄り、上から階下で倒れている父を見る。出血、なし。目立った外傷、なし。失神しているようだ。出来ればそのまま死んで欲しい、と言うのはあながち冗談でもない。

 ふむ。二階があるマンションの難点は、足を滑らせて落ちると言う事だな。うん。全く、父親バカはおっちょこちょいなんだから。はっはっはっ。……アホらしい。何をしているんだ私は。


 ふわぁ、と欠伸をして、ピクピク痙攣している父を素通り。キッチンに立つ人影に声を掛ける。


「おはよう、由衣ユイさん」


「あ、千歳、おはっ」


 キツめの美女がこちらを向いて、満面の笑みで挨拶を返した。それは他ならぬ私の実の母親。彼女は母さんと呼ばれる事を嫌う為、私には名前で呼ばせているのだ。


 ところで、何でキッチンにいるんだ。……何かコゲくさいけどまさか。


「由衣さん料理してるのか? キッチンから両手を上げて今すぐ立ち去ってくれ。さもないと家が火事になる……って、電子レンジが爆発したっ?」


 電子レンジを開けたら、中には破裂して見るも無残な卵の残骸が。

 由衣さん……卵を割らずにそのまま加熱したら破裂するんだ。それぐらい知っていてくれってもういない。


「……はあ」


 自分の家族ながら、その自由奔放さには脱帽するばかりである。




○○○






「やっぱり千歳のご飯は美味しいわね……」


 何せ、五歳から料理を作る事を強いられたからな。味と見栄えには自信があるんだ。それと由衣さん。口いっぱいに頬張るのを止めてくれないか? どうもハムスターに見えてしまう。


「パパも美味しいと思うよ!」


 いつの間に復活したんだ貴様。


「由衣さん、キッチン出入り禁止。お父さんは私の部屋に近付くな」


「ええっ、ひど!」


「由衣さんの料理下手の方が酷い」


「千歳っ! パパが嫌いなのか!?」


「嫌いじゃない」


「えっ!? じゃあ……」


「好きじゃないだけだ」


「……何故だ。嫌いと言われるよりダメージが大きい。あれ? 視界がぼやけて……」


 父が涙を流したその時、私の携帯が鳴った。ディスプレイを見ると、『杉原美波』との表示。

 美波は私の幼馴染みで、私が引っ越した今もよく連絡をとっている。そんな訳で、何の疑いもなく電話に出てしまった私を誰が責められよう。


「美波、何だ」


『千歳ぇ〜、助けて〜』


「むっ。どうした。何かあったのか」


『……絶対に助けてくれる?』


「ああ」


『約束だよ?』


「ああ」


『約束だからね。破ったら千歳のお父さんに千歳のスリーサイズ教えちゃうからね?』


「いい加減しつこい。それに、私のスリーサイズをお前が知ってる訳ないだろ」


『知ってるもん。上からDの8――』


 ばきっ。


「きゃあっ。千歳、お箸お箸! お箸が真っ二つ!」


 折った箸を机に叩き付ける。叩き付けた箸は跳ね、その箸の先が、涙を流し続ける父の手に――刺さった。


「痛っ!? 何かチクッときた……ってな、何じゃこりゃあああああ!!」


「分かった。分かったから今すぐそのお喋りな口を閉めろ。黙れ。沈黙しろ。何で知ってるんだ貴様」


『ふふん。私にかかれば千歳のスリーサイズなんてちょちょいのちょいよ』


「意味がわからん」


『まあまあ。それより、約束してくれるよね?』


「分かったからさっさと言え」


『合コン行かない?』


「……は?」


『じゃ、5時に迎えに行くから用意しててねー。バイバーイ』


「は? ちょっと待てオイ切るな切るな」


 ……切られた。はぁ、と本日何回目か分からない溜め息をつき、席を立つ。スリーサイズを父親に知られる程恥ずかしい事は無いからな。覚悟を決めねばならん。


「美波と遊びに行ってくる」


「なっ、何じゃこりゃあああああ!!」


「ジーパン!!」


 一生やってろ馬鹿夫婦。






○○○






「美波、壱がいるとは聞いてないぞ」


「わ、私だって知らなかったよ」


「しかも秋までいるじゃないかっ」


「わわっ。千歳が取り乱すなんて珍しい」


「どうやって二人に接したらいい」


「こう言う時は他人の振り!」


 秋と壱にまであと数メートルの所。私と美波は、小声で言い争っていた。

 その所為で、偽名を考え忘れると言う私らしくない失態を犯してしまい、つい秋の名前を借りてしまった。それに私は他人の振りの仕方を知らない。

 故に何かもうめんどくさくなって無感情無表情で秋を見、カラオケでも必死に他人の振りを徹していた。しかし他人の振りは、心身共に非常に疲れる。


「はあ……」


「ちと、千秋さん、大丈夫?」


 溜め息を秋に聞かれてしまったようだ。少し戸惑い気味に聞いてくる事から、どうやら私はやり過ぎてしまったらしい。


 罪悪感と、少しの安堵感。秋は他人の振りをしてる私にも、優しい。


 秋は、本当の私を見てくれている。

 ――私は、狡い。

 皮肉げに、唇の端を上げる。そんな顔を秋に見られたくなくて、俯かせた。


「千歳でいい」


「え……?」


「千歳でいいと言ったんだ。秋、悪かったな。他人の振りをして」


「ちと、せ?」


 眉尻を下げながら、困ったように私の顔を覗き込む。


「千歳……どうしたの? 泣きそうな顔、してるよ?」


 一瞬目を見開いて、瞬きを繰り返す。コイツは一体、何を言っているんだ。


「泣きそう? 私が?」


「うん。何か、傷付く事でもあった?」


 ――その瞬間、直感した。私は、こいつを嫌いになれない。だから、こいつが私を、嫌えばいい。

 そうすれば、誰も傷付かずに済む。どうせ嫌いになるなら、離れがたくなる前に嫌ってほしい。今ならまだ、引き返せる。引き返せるから。


「どうして、私が傷付いたと思うんだ? 私が傷付けたのかも――」


 冷笑を浮かべる。嫌いになれ、私を。私は、お前の事を、嫌いになれないから。


「無いよ」


 何故、言い切れる。


「無い?」


 何故、嫌いにならない。何故、嫌いになれない。


「うん。千歳は、優しいから」


 綺麗で、純真で、真っ白な彼の笑顔に、泣きたくなった。違う。違う。私は、優しくない。優しくなんか無いんだ。


「私は、優しくなんか――」


「優しいよ。だから、一人で泣こうとしないで」


 何でお前は、そうも私を戸惑わせる。


「千歳は優しいから、自分が傷付いてもいいって思ってる。だけど僕は傷付く千歳を見たくない。だから、何か辛い事があったら、僕に何か話してよ。口の堅さは保障するよ? 約束してもいい」


 秋は小指を差し出した。

 ――この手を取れば、もう、引き返せない。

 だけど、私はおずおずと、その小指に自分の小指を絡ませる。


 ――もう、引き返せないと分かっても。


「分かった?」


「……ああ」


「じゃあ、二人だけの約束だね」


 へへ、と照れくさそうに笑う秋を見て、私は思う。秋を嫌いになれない自分は狡い――と。


「あああっ! 何イチャついちゃってんの君達ぃ!!」


「い、イチャ!? 言ってんの亘! て言うかマイク持ってんなら叫ばないでよ! 耳にキーンときたわ!」


 パッと離された小指。自分のソレを見て、唇の端を上げる。


「約束……か」


 言葉だけでの約束は儚い。裏切りなど生きてく上では絶対にあるもの。だけど――


「指切りは、した事なかったな……」


 秋には、裏切られたくないと思った。

 小指をそっと折り曲げ、片方の手を重ね、隣に座る、秋を見た。


 ――信じてみるのも、いいかもしれない。


 出会った切っ掛けは、私の前方不注意。私の手を取り走り出した秋の背中に、白い翼が見えた。一見天使のように見えたけど、私が抱いたイメージは――


「約束。中々いい響きじゃないか」


 ――大空を翔る、白い鳥。

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