第十八話:「模索中」
「初めまして! 俺、柴田亘って言うんだ!」
亘の視線の先には、美少女四人組。特に熱っぽい目で見詰めているのは千歳。
「あ、あの、俺、曽根恭平って言います! よろしく!」
恭平の視線の先には、やっぱり千歳。そしてその千歳は僕を無感情の目で見ている。
僕は引き攣った笑顔で、壱に視線を向けた。アイコンタクト。
(助けて)
(無理)
即答。もう少し考えてくれてもよくない?
「俺、斎木壱人。よ、よろしく」
壱の声が震えて、みっともない自己紹介。分かる。分かるよ、その気持ち。千歳のあの無感情の視線を向けられたら、タケちゃんも凍てつくだろうから。って言うか現時点で僕がそうなってるから。
「ほらっ! 秋っ! お前だよっ!」
亘が僕の耳元に口を近付け、小声で叫んだ。小声で叫ぶって凄い特技を持ってるものだ。と言うかそれより耳に息がかかって気持ち悪い!
「……向坂秋です。よろしく」
片耳を押さえて笑顔で自己紹介。……千歳の視線が痛いっ。
「杉原美波でっす♪ よろしくぅ!」
千歳と仲良く話していた美少女。千歳が綺麗なら、彼女は可愛い、と言ったところか。彼女の『よろしくぅ!』の発音はギャルのような語尾下げではなく、あえて言うならば、『夜露死苦ぅ!』。何故に一昔前の不良イントネーション。
「あたし炭谷円。よろしく」
日に焼けた健康的な肌の美少女。ショートカットがふわりと靡いた。むむ。僕の周りにはいないタイプだ。だって皆、肌が白い。そう言う僕も白いけど。いや、僕だって日焼けしたいよ? だけど真っ赤になるだけで3日ぐらいしたら白くなってるからなぁ。
「木島恵美だよ。よろしくね」
どこか小動物を髣髴させる美少女。少し菊花に似ている。あ、そう言えば、もう直ぐ菊花と裕太の誕生日だ。今年はどうしよう。帰ったら汐姉と善也に相談するか。
そして、次は千歳。
ジーンズに黒のシャツと言う出で立ち。その質素な格好は、千歳に合っていて。逆に千歳の美しさを際立たせているような気がしてくる。
「……」
千歳は無言で眉をしかめ、空を見上げた。様子がおかしい。数秒の沈黙が続く。一体どうしたんだろう、本当に。
亘と恭平の急かすような目が、一心に千歳を見ている。
僕と壱は顔を近付けて囁き合う。
(千歳、どうかしたの?)
(……多分、偽名を考えてなかったんだと思う。美波ちゃんがフォローしてくれるとは思うんだけど……)
(えぇっ?)
慌てる僕に、苦笑いを零す壱。千歳の方に意識を向けると、千歳はまだ視線をあちらこちらに彷徨わせていた。その様子に美波さんも気付いたのか、千歳の袖をくいっと引っ張る。
「ちと――ちぃ、もしかして?」
ちぃ、とは千歳の事だろうか。
「……模索中だ」
そう言い、困ったように顔をしかめる千歳は、僕の顔を見、何か思いついたように目を見開いた。
「千秋。うん。そうだ。私の名前は千秋だ」
いや、うん、そうだ、とか言ってる時点で今思いついたみたいになってるから! って言うか、僕の顔見てから言うのは明らかに不自然。しかもその名前が“秋”と“千秋”なんて、絶対誰かツッコむって。
「へぇ! 千秋ちゃんかぁ! よろしく! 俺の事は亘でいいよ!」
「亘、抜け駆けすんな! 俺の事は恭平で!」
「千秋かぁ。そう言えば、あたし達、初対面なのに自己紹介してなかったわね。円よ、よろしく」
「千秋ちゃん、よろしくね。あたしの事は恵美でいいよ」
あれ。誰もツッコまない。まあ僕からしてはバレない方が有難いんだけどさ。疑問を感じるよ、この展開。って言うか、初対面なのに自己紹介してなかったってどういうこと?
僕のそんな困惑など露知らず、千歳は何事もなかったかのように、ああ、よろしく、と言った。
全く、前途多難な始まり方だ。視線を壱に向けると、壱は困ったように笑うだけだった。
○○○
「では、俺から歌います! 聞いてください! 柴田亘の美声を!!」
言うまでもなく現在地カラオケ。どうやら美声を持っているらしい亘の選曲は、アニソン。どう反応したらいいのやら。ただ女性陣のウケは上々(千歳以外)。
千歳は現在僕の隣でひたすらに沈黙しています。怖い。沈黙が怖いです。
「千歳、何か飲む?」
勇気を出して果敢にアタック。
「……千秋だ」
あ、その設定、僕の前でも続いてるんだ。
「千秋、何か飲む?」
「呼び捨てとは馴れ馴れしい」
あ、そっか。他人の設定ってヤツですね。
「千秋さん、何か飲む?」
「いらん」
もうやだ……。お母さん、お父さん、僕、逃げてもいいですか?