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第十七話:「消えてしまいたい」


 数分後。壱が戻ってきた。そして続いて入ってくる玲奈さんと、美女。

 女性にしては長身な体躯たいく、スラリとしたスタイル、ピンとした背筋、凛とした表情。キツい雰囲気を出している鋭い目。モデル顔負けの美貌。

 ……なんだか最近、美形しか見てない気がするなぁ。


「あら、真弓、眉間に皺が寄ってるわよ」


 え? この人が真弓さん? うわ。全然似てない。って当たり前か。義姉弟だっけ。


「うるさい」


 真弓さんの眉間の皺が深くなる。整った顔立ちに迫力が増した。やっぱり、美人は怒ると怖い。


「怒るとお肌に悪いわよ。二十六歳で、お肌の管理怠っちゃダメ」


 ニコリと笑ってサラリ言ったのは義弟真幸さん。嫌味の無い、純粋な笑顔。悪気が無いのは一目瞭然。しかし年齢を言ったのは失敗だった。僕でもそれは分かる。

 真弓さんの眉が急角度に吊り上がる。眉間の皺が更に深くなった。言葉に表すなら、それは憤怒の形相。

 そして、


「黙れ!」


「えぇっ!?」


 キレた。真幸さんに向かって走り出す。向かってくる真弓さんに驚きながらも、本能からの行動か、真幸さんは逃げる。大の大人が追いかけっこ。テーブルを挟み、グルグル回る二人。


「ちょ、一体何なのよ!?」


「自分の胸に手を当てて考えろ!」


 真弓さんにそう言われ、胸に手を当てる真幸さん。この人、バカ正直か。


「ダメだ! 分かんねぇ!」


 素だ! 素が出てるよ真幸さん!


「じゃあ大人しく捕まれ!」


「イヤよ! 何されるか分かったもんじゃないわ!」


「なにぃ!?」


 真弓さんは阿修羅の形相。その迫力は、鬼の成子にも劣らない。真幸さんは必死の形相。その表情は、肉食動物に追われる草食動物のよう。二人共、尋常じゃないほど速い。だけど二人共、どこか楽しそう。


 まあその様子をぶち壊す、


「あんたら……いい加減にしなさい!」


 玲奈さんの雷が落ちたのだけど。






○○○






 玲奈さんのお説教もどこ吹く風な真弓さんは、玲奈さんから逃げるように、僕の前へと。


「はじめまして、蜂屋真弓です」


 真弓さんはそう言うと、ニコリと笑う。冷たい印象を持たせる鋭い目が、ゆるくカーブを描いた。


「カメラマン兼スタイリストです。よろしくね、秋くん」


「はあ……真弓さん、ですか。よろしくお願いします」


 真弓さんの笑顔に応えるように自然と笑顔になる。真弓さんは一瞬、きょとんとして、それからまた、さっきよりも数倍は輝いているような笑顔を見せた。


「うん。秋くん、いい笑顔」


「いい笑顔……ですか?」


 意味が分からず、首を傾げる。いい笑顔って何だろう。


「そう。いい笑顔。ついカメラで撮りたくなっちゃうような笑顔なんだよ、秋くんは。私と社長が選んだ服、絶対似合うと思うんだ。ちょっと着てみてくれない?」


「あ、はあ……わかりました」


 そうして僕は今、試着室にいる。

 黒のスラックス。白のシャツ。銀灰色のナロータイ。黒のベスト。黒のブーツ。それが手渡された物だった。

 そしてソレを着た僕。


「えっと……どうでしょう?」


 出来ればそんなに見つめないで頂きたいのですが。


「私の目に狂いは無かったわ……!」


「さ、秋ちゃん、早く行こうか。母さんが暴走する前に出よう」


 いつの間にか着替えていた壱。顔が強張っている。


「あたしも、壱人くんの意見に賛成。暴走しだしたら止まらないわよ」


「私が社長を止めておくわ。貴方達は逃げなさい」


 なんか、皆、玲奈さんの扱いが酷いなぁ。僕は壱に引っ張られながら、そう思った。って言うか、引っ張られてる腕が痛い。どんだけ必死なんだよ。




○○○






 店を出て携帯を見ると午後5時30分。そんなにいたのか。時の流れは早いなぁ。うん。早い早い。……無理矢理言い聞かせてる感が否めないのは何故だろう。


「もうそろそろ、行った方がいいね」


「あ、うん」


 そんなやり取りを終えて、現在、某名犬前。そこには二人の男がいた。


「初めまして、向坂秋です」


 少し微笑む。すると何かおかしかったのか、二人が顔を見合わせた。


「向坂秋ってあの?」


 何が、あの、なんだろう。まあ、千歳絡みであるのは間違いないだろうけど。


「秋、よろしくっ! 俺、柴田シバタワタル! 亘って呼んでくれ!」


 どうやらもう一人は空気が読めないようだ。隣で落胆してるよ、君の友達。


「もういい……。俺、曽根ソネ恭平キョウヘイ。よろしく、秋」


 苦笑いを浮かべている恭平。僕も苦笑いをするしかなく、よろしく、と言った。


「っつーか、秋は知ってんの!? 今日の相手、レベル高ぇんだよ! ひがし高校の女の子!」


 テンション高っ。鼻息荒っ。興奮しすぎだろ。どんだけガツガツしてんだよ。タケちゃんを思い出すわ!

 そんな事を考えてるのを、僕は持ち前の営業スマイルでカバー。学校では絶対やんないけど、今は出血大サービスだ。じゃないと、今考えてた事が顔に出る。


「あっ、来た!」


 少し紅潮させた頬で僕の後ろを指さすのは恭平。


「うわ! 全員すげぇ美人! つか、あの子が一番綺麗じゃね!?」


 鼻息を荒くさせ、そう言うのは亘。


「千歳以上に綺麗な子、いるかな」


 その壱の言葉に、僕は軽く笑って、答えた。


「わかんないけど、多分、いないでしょ」


 そうして、僕と壱は振り向き――硬直した。

 向こうから歩いてくる四人組。遠目でも分かるほどの美貌を持つ四人。千歳以上に綺麗な人はいない。だけど、その四人の中に。

 ―― 千歳が、いた。

 彼女は隣にいる女の子と話していて、僕と壱に気付いていない。僕は一体、どうすればいいんだろう。

 引き攣った頬は、僕の心情を表していた。

 ――出来るなら、消えたい。今すぐに。


 カラコンを付けた千歳が僕に気付くのは、あと十秒。




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