第十六話:「体は男、心も男」
「真幸、あんた、そのファッションセンスなんとかしなさいって何時も言ってるでしょ。あんた、そんなのでよくウチに入店出来たわね。真弓、怒ってたでしょうね」
「相変わらず手厳しいわね、社長ったら。確かに真弓、怒ってたわよ。全く、義理とは言え姉弟なんだから、もう少し優しくしてくれてもいいと思うの。これでもあたし、普段着は結構イケてんのよ? だけど真弓ったら、『なんで普段着がアレで、仕事場にコレなの!』って言うの。あたしは仕事とプライベートは分けたいのよ。だから、普段着がイケてたら、仕事がこうなる訳。社長、分かった?」
「分かった、分かったから。長々としたマシンガントーク止めてよ。って言うかあんた、ダサいって自覚あったのね」
「当たり前じゃない。社長はあたしの事どう言う目で見てたのよ」
「ダサいカマ男」
「ひどいっ! あたし、オカマじゃないのに!! オネエ言葉なだけなのにっ! あたし、女の子が好きなの!! だけど寄ってくるのはあっち系の男ばっか! もう最悪っ!!」
「勝手に感極まらないでくれるかしら? 大体あんた、本命いるでしょうが。妙な演出してんじゃないわよ。大体、そのオネエ言葉だって、職場で女に言い寄られないようにしてる演出でしょ? 普段はバリバリな男言葉なクセに」
「……えへ。俺って、演技派だから?」
「……死ねば」
硬直。オネエ言葉にも驚いたが、一番驚いたのが、玲奈さんの態度と口調。真幸さんとやらと話す玲奈さんの表情は冷たく、口調も鋭い。しかし、嫌っているわけでは無さそうだ。
唖然として固まる僕と、困ったように頭を掻く壱。
自称ノーマルの真幸さんは、僕達を見て目を見開いた。
「社長、今日の仕事ってこの子と壱人くん?」
「そうよ。いいでしょ? この子」
玲奈さんはそう言って、僕にさっと寄り、ぎゅっと僕を引き寄せた。僕、たじたじ。
正直、抱きつかれるのは汐姉とか善也兄とか菊花とか裕太とか母さんとか父さんとかで慣れている。しかし友達の母親に抱きつかれた事はないので、僕は対処に困った。
そして真幸さんが僕をジッと見てくるので、更に困った。
「真幸、手ぇ出さないでね」
「社長……あたし、ノーマルだから。ってか、普段はちゃんと男だから」
そうじゃないと、見つめられてる僕が困ります。
「冗談よ。真幸、紹介するわ。向坂秋くん。この子、変身させちゃって。あ、あとついでに壱人もね」
「俺、ついでなんだ……」
頑張れ、壱。そしてそろそろ離してください玲奈さん。
「そう、秋くんね。よろしく、あたし、蜂屋真幸よ。ヘアやメイクを担当してるの」
「はあ……よろしくお願いします」
「じゃ、早速、ここに座ってくれる? それと社長、仕事があるでしょ? さっさと戻りなさいな」
「……年下のクセに生意気。何か敬意が全然見られないんだけど」
「あら、ごめんなさいね。まだピチピチの二十三歳なのよ。あと、敬意なんてあたしに求めるもんじゃないわよ。さっ、実年齢を言われたくなかったら、直ぐに仕事に戻りなさい。真弓に告げ口するわよ」
「ああ、まだ大変な仕事があったんだったー」
いっそ清々しい程に棒読み。風のように去っていった玲奈さんを見送り、僕は真幸さんが指す椅子に座った。壱はその隣の椅子に腰掛ける。
「壱人くん、秋くんはどんな感じが一番合ってると思う?」
僕の髪をブローしながら、真幸さんが壱に向かって言った。鏡越しに、壱と目が合う。その顔は、いつものヘラヘラした壱の顔だった。
「うーん。爽やか、じゃないな。知的、は違うか。クール? は、少し違う。……それじゃ、甘め?」
「正解。秋くんの無愛想をカバーするには、雰囲気を柔らかくしなきゃいけないの。だから甘め。………あ、不快な気分にさせてしまったかしら?」
「いえ。無愛想は自覚してますから、気にしてないです」
「そう。ならいいわ。あ、壱人くん、真弓と社長と一緒に、秋くんに合いそうな服選んできて。壱人くんのもよ。秋くんのは甘めなモノトーンルック。壱人くんのは、爽やかな春風っぽいのを」
「わ。難題だね」
「真弓と社長に聞けば、分かるわよ」
「はーい。じゃね、秋ちゃん」
正直、オカマかノーマルか分からない人と二人っきりになるのはちょっと抵抗があったが、まあいいや、と、僕は投げやり百パーセントで手を振った。
「……秋くん、あたしの好きな人、女の人よ」
苦笑しながら言う真幸さん。僕が警戒しているのが分かったらしい。なんだか僕は、急に恥ずかしくなって、頬を掻いた。どうやら、僕の考えは杞憂だったようだ。
「近くて遠い存在――それがあたしの好きな人」
ヘアワックスの甘い香りが漂う。僕はなんだか、真幸さんの顔を見てはいけない気がして、視線を逸らした。
「はい、ヘアはこんなもんよ。どう? 秋くん、髪の毛の色素が薄いわね。綺麗な茶色だわ」
真幸さんの言葉を聞いて、鏡に目を移す。
「うわ! 誰だ、って僕でした」
一人コントに恥ずかしくなったが、驚きの方が大きかった。鏡に映っていたのは、全くの別人。ふんわりと整えられた髪は、確かに僕の無愛想をカバーしていて、普段の僕なら出せない、優しく、甘い雰囲気を出している。
「髪型だけで、人って結構変わるものよ?」
そう言った時の真幸さんの顔は、楽しげだった。