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第十五話:「マジですか」

 翌日の昼。壱との約束の時間。

 街に出た僕と壱。隣の壱に視線が集まる。そして僕はその視線に心身共に憔悴しょうすい。そしてやっと辿り着いたのが。


「……ここ?」


「うん。俺の母さん、ここの専属デザイナー兼社長だよ」


 最近テレビでよく見る年商億単位の有名ブランドショップだった。マジですか。




○○○





 緊張しながら壱の後ろに隠れるように入店。汐姉だったら、泰然自若(たいぜんじじゃく)として臆せず、逆に壱を後ろにやって堂々と入っていただろう。この時ばかりは、汐姉の図太さを見習いたくなった。


「あら? 壱人イツヒト?」


 広い店の奥、扉に手を掛けていた女性が、僕の前に立つ美少年の名を呼んだ。


「あ、母さん」


「どうしたの、あんた。……あれ? そちらは?」


 あ、バレた。壱の後ろからそろそろと出る。

 母と呼ぶには若いその容貌。僕の母と父も子持ちとは思えないほどに若々しい。何故か僕の周りには、外見と年齢が比例していない人が集まる。しかも全員が美形。一体なんの運命か、と、神に問いたくなる。僕は無宗教だから、神と言うものを信じていないが。


「初めまして、向坂秋です」


 少し苦笑い気味に、微笑む。苦笑い気味なのは、壱のお母さんに食い入るように見詰められているからだ。もしかして、朝食に食べたチョコパンのチョコが付いているのだろうか。もし付いていたら、自分の甘党を呪う事になりそうだ。


「……あの」


「いい」


「は?」


「いいわっ!」


「はいぃっ!?」


 突如として、手を握られた。壱のお母さんの瞳は、新しい玩具を与えられた子供のように輝いている。突然の事に困惑する僕。壱は、悪い癖が出たな、と僕の隣で呟く。


「創作意欲が掻き立てられるって言うか、そそられるわっ」


「母さん、落ち着いてよ。それより秋ちゃんの服を見立てて欲しいんだって。昨日言ったでしょ?」


「えー。私それほど暇じゃないしー」


「昨日、メチャクチャ暇だって言ってたじゃん」


「うん。暇で暇でしょうがない。だけど今は、忙しいの。私の頭の中、忙しいのよ。まあ?何かしてくれるんだったら、考えてあげなくもないかなー」


 ニヤリと意地悪な笑みを浮かべる壱のお母さん。壱は困ったように口を尖らせる。


「……条件は?」


「被写体。要するにモデル。あんたと秋くんのツーショット。琉くんと環くんもいれば、見立てた服はただであげるわ。あ、勿論、モデルにならなかった場合の支払いはあんたよ」


「息子から金を取る気なのっ?」


「当たり前じゃない。あ、あと、千歳ちゃんもいれば、朱音アカネちゃんには黙っておいてあげるわ」


「ちょっ、母さん! それだけは止めてお願いだから。朱音さんには黙ってて!」


「ふふふ。精々、自分の浅はかさを恨む事ね」


「くっ!」


「あー、楽しい」


 僕はこの約十分間にも及んで繰り広げられる親子の会話を、唖然としながら聞いていた。って言うか僕、置いてけぼりだ。寂しい。誰か構って。






○○○




 話の決着は結局、壱がその条件を呑む事で終わった。

 今は広い事務室に案内され、店員さんに貰ったお茶を啜っている。壱は隣でうなだれていた。哀れ、壱。ところで朱音さんって誰だ。


「ごめんね、秋ちゃん。モデルなんて、嫌でしょ? 母さんに、せめて秋ちゃんだけでも止めさせてくれるように頼むよ」


 ちょっと泣きそうな顔で言う壱が面白くて、僕は笑みを零した。


「別にいいよ。モデルやっても」


 パッと顔を輝かせる壱に、でも、と付け加える。


「朱音さんて誰?」


 壱が微かに頬を染めたのを見逃さなかった。これはやはり、恋、とか言うヤツなんだろうか。純粋な驚き。次第に、僕の顔がにやける。


「壱、その人の事、好きなんだ」


「……俺、まだ何も言ってないんだけど」


「顔見れば分かるって。ほら今、顔赤いよ」


 バッと頬を押さえる壱。僕は堪えきれず、声を上げて笑い出した。


「随分楽しそうね」


 声の方に顔を向けると、そこには手に沢山の服を抱えた壱のお母さんがいた。服で前が見えにくいらしく、その歩き方はたどたどしい。慌てて立ち上がり、手に持つ服を全て、奪い取るような形で受け取った。


「大丈夫ですか?」


「あら、ありがと。そのさり気ない気遣いが、またそそられるのよねぇ。私があと何年か若かったら、確実に手出してたわ」


「あはは。お世辞でも嬉しいです。でも壱のお母さんは綺麗だから、僕なんて横に並んでも、釣り合いません。あ、でも、引き立て役にはなれると思いますよ」


「まあ、自分を卑下するのは良くないわ。それと、私の事は玲奈レイナと呼んでちょうだい。壱のお母さんって呼ばれると、自分が老けたように感じちゃうもの」


 ふふ、と、玲奈さんは笑う。そして僕達の様子を横目で見ていた壱は、ぼそりと呟いた。


「……実際老けてる」


「……壱人、何か言った?」


「……いや、何も言ってないよ」


 その時の玲奈さんの顔は、今夜夢に出てきそうなほど怖かった。美人が怒ると怖いって言うのは、あながち嘘では無い。身に沁みて分かった。





○○○




 玲奈さんは、僕達を別室へと連れ出す。僕達は荷物を半分に分け、玲奈さんの後に続いた。

 通されたのは、これまた広い部屋。大きな鏡。何台もの三面鏡。ずらりと並んだメイク道具。そしてその部屋のド真ん中に立つ長身の人。その姿は異様をそのまま表したようなモノ。

 ショッキングピンクのフリルが施された目がチカチカするシャツ。そしてピチピチの青いズボン。赤い髪の毛が、不気味になびく。


「――真幸マサキ


 玲奈さんの呼び掛けに振り向いたのは、中性的な魅力を持つ男だった。




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