貧乏神
各国の情勢を記した白書のデータはおそらく改竄されている。しかし、憂国の士はナカラにもいる。そこから漏れる情報を弟は丹念に拾い集め、確度に高い情報を独自にあつめていたのだ。
役人が出入りする酒場を『ドルアーガ』はいくつか経営していたが、そこのアルバイトの口を弟に世話したのは私だった。
弟が独自に調べた北部辺境の情勢はほぼ正確であったが、商隊長のベルズからは、弟がマークしていたウルフェン王国のさらに詳しい情報がもたらされた。
病床にあった現王ダルマー・ウルフェン王はすでにこの世になく、旧臣派に擁立された第一王子と、若手改革派に支持された第二王子とが後継者争いを起こし、ウルフェン国内は内戦状態だというのである。
当初は王都ウシュクベィを占拠した第二王子が優勢だったが、ウルフェン最大の商都であるシュタインヘイガーに本拠地を移し、利権を餌に商人を味方に付けたあたりから、勢力は拮抗した。
第一王子が潤沢な軍資金を背景に傭兵団を雇い、兵力差を埋めたのである。
戦時特需で収益を拡大させた商人は、第一王子にさらに投資を行い、傭兵団はこぞってシュタインヘイガーに集結しているらしい。
凡庸と見られていた第一王子だが外交に意外な才能を見せ、内戦発生時の不利な情勢をタイにもっていったことで、評価も上がっているそうだ。
北方辺境諸国の殆どが、ウルフェンの配下に組み入れられており、この内戦の行方を見守っている。勝敗が決する直前まで、どちらかに肩入れすることはないだろう。敗北する方に組み込まれれば、国が亡ぶ。
内戦は、領地の分捕りがない。負ける方について、戦勝の景品になるのは避けたいと考えるのが順当だ。
この内戦を制した者が、北の辺境の覇者となる。ナカラという巨大なケーキを切り取ってより多くの分け前に預かろうとする勢力の一角になるのだ。
ナカラは偽の白書のせいで、危機感がない。辺境は蛮族の集まりと考えているのだ。馬鹿にしている。
だが、彼等は『ナカラ争奪戦』ともいうべき戦乱を生き抜き、敵対勢力を併呑し、力を蓄えてきた捕食者たちだ。
あわててナカラが自衛の軍備を整えようとしても、おそらく間に合わない。例え、弟の様に斬新な戦術を組み上げても、腐敗し硬直化した官僚組織の前では、機能するのは難しい。
ドルアーガのような犯罪組織が巨大化したのも、腐敗した官僚組織のせいで、どんな小さな商いも賄賂無くしては出来ないからである。ドルアーガの前身は、悪辣な役人から利権を守るため、商店主たちが集まって作った自衛組織なのだ。
ウルフェンから見て、天然の要害である巨大な空白地帯『冷たい砂漠』を間に挟むため、連発銃を開発したラルウは戦略的な拠点ではない。
金鉱は枯れ果て、資金源としての価値もない。
王国とは名ばかりで、人口規模は寒村並み。
そういった条件が重なって、ラルウは北の辺境の戦乱には巻き込まれていないのだが、ウルフェンの統一がなされ、ナカラ侵略を伺うなら、私が行き倒れたダテツ街道は進軍経路となる。
ラルウはその途上あるのだ。必ず踏みつぶされる。ベルズがしきりとウルフェン情勢に探りを入れるのは、そんな理由があるからだった。
金鉱は『水脈』に当たると終わる。ラルウも、水脈にぶち当たった時点で金脈は途切れた。
ラルウにとっての貧乏神が豊富な湧水なのだが、ダテツ街道を進軍する軍隊にとっては、大きな意味を持つ。
騎兵隊は大量の水を必要とするのだ。ラルウは水の補給地点として最適であり、ダテツ街道を往く部隊の兵站基地になるのだ。
内乱が終われば、ラルウは無視できない存在となる。武力を背景に、排除される危険が高いというとことだ。