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ウルフェン王国

 私は、馬車に揺られながら、ベルズと話をする以外は、弟の戦術書を読み直すことに時間を費やした。

 特に、軽量化した連発銃を前提とした部分を修正し、余白に補足を書き足してゆく。

 弟の戦術書は、士気も低くまともに訓練を受けていない兵士と、古強者の騎兵を中心とした辺境軍との戦いを想定している。

 歩兵が屈強な騎兵に対抗する手段は、銃火器がなかった時代、長槍と密集隊形の組み合わせである。

 盾を重ねて互いにかばい合い、長い槍を盾の間から突き出して騎馬を寄せ付けない戦法だ。弟は連発銃を長槍に見立てることで、古い戦術に新しい解釈を加えていた。

 マスケット銃の有効射程は、およそ百メートル。つまり、甲冑を貫く百メートルの槍があるという発想だ。

 防御用の盾を展開する『盾手』と、銃撃を行う『銃手』二人一組を最小単位として、地形により即席の野戦陣地を作る……というのが、古い戦術書の『密集陣形』から導き出した応用である。

 装填から発射まで時間がかかるマスケット銃ならば、弾込めの間に騎兵に肉薄されて陣を突き破られてしまう。

 しかし連発銃があれば、間断なく銃撃を浴びせることにより、騎兵の突進力を殺すことが出来ると弟は考えていたのだ。

 『弾幕防御』

 そう、名づけられた新しい戦法には、個々の兵士の技量は必要ない。指揮官の指示に従い、撃てばいいのである。

 これなら短時間の訓練で、騎兵と互角に戦える。

 ただし、これが机上の空論であることは否定しない。なればこそ、弟はこれを実地で試したかったのだ。

 私は、弟の魂の憑代。ゆえに、私の役割は『検証と修正』だ。弟の戦術書をもとに実地で検証し、実態に即した修正を施す。

 こうして作られた新しい戦術書は、近代戦術の祖として歴史に名を刻むだろう。それだけの価値が、弟が生命をかけて書いたこの本にはあると、私は信じているのだ。

 

 ベルズはナカラ領内を渡り歩いただけあって、各地の情勢に詳しかった。こうした情勢分析も、商いには必要ということか。

 特に、ベルズの様な武器商人は、反乱、内乱、一揆、打ちこわし等の情報をいち早くつかまなければならないらしい。

「今、キナ臭いのは、ウルフェン王国だな」

 ウルフェン王国は北の辺境に位置する強国だ。弟の戦術書の中でも、要注意国として名前が挙がっていた国である。

 弟は、租税の流れを調べることで、潜在的に反乱や分離独立の危険性がある国家を特定していた。

ウルフェン王国は十年以上前から、ナカラ属国の義務である租税の納付が滞りがちであった。

 弟は、更に各国の経済状況分析も行っていた。資金力はすなわち軍事力でもあるので、要注意国家の軍備状況をある程度類推することが出来る。

 例えば、前出のウルフェン王国だが、そこは表向き広大な草原を背景に牧畜で生計を立てている国と、周辺各地の情勢を記した白書には書かれている。

 しかし、

「北の辺境という中央から目の届きにくい地理的状況を利用して、ナカラの支配の及ばない西方の都市国家群と、密貿易で利潤を上げている」

 と、補足資料にはある。

 無論、密貿易は反逆罪にも相当する重大な犯罪であるが、統制機能が弱体化したナカラでは、討伐軍どころか譴責のための使者すら送れない。

 ウルフェン王国とナカラ本国の間には、『冷たい砂漠』という名の、荒涼にして不毛な大地が天然の要害として横たわっているのだが、租税の輸送体も、現地で監査を行う役人も、文字通りここで消えてしまうのだ。

 地図上『冷たい砂漠』は、ナカラの直轄領だ。従って、ここを通る租税の輸送隊の護衛はナカラの公的機関が担う。

 それが、この砂漠に巣食う『不逞の輩』に襲撃され、荷物は強奪され、役人は殺される。

 間違いなく、ウルフェン王国の暗殺部隊が動いたのだ。

だが、ナカラはそれを糾弾する能力も気もない。

鼻薬を嗅がされた役人が、どこかでこの情報を握り潰しているのだろう。


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