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『胡椒箱』

「ナカラのドルアーガという非合法組織を足抜けするときに、追手がかかった。返り討ちにしたのだが、こっちも無傷というわけにはいかなかった」

 正直に話した私の眼を、ベルズの灰色の眼がのぞきこむ。ウソだと見抜けば即座に私を殺せる男の眼だった。

「こういう商売をしていると、裏側を覗くことも多い。君は、それに染まっているようには見えないね」

 ああ……、わかった。これは、『立会い』だ。刃を使わない真剣勝負なのだ。返答いかんによっては、命をもらうと、ベルズは言外に匂わせているのだから。

「剣の腕を買われて、用心棒をしていた」

 ベルズの眼が細められ、鋭い眼光が私を射抜くようだった。何か、私が判断を誤ったら、合図が送られて、銃弾が私を貫くだろう。

「今、ラルウに財産と呼ぶものがあるとすれば、それは『技術』しかない。その『技術』を盗み出そうとする試みは、今まで何度もあった」

 おそらく、ベルズという男は、『技術』を盗み出した者を密かに始末してきたのだろう。この時代、わざわざラルウに出向こうとする者は、何か意図があってのことと疑われても、仕方がない。

「私は、鍛冶については、全くの素人だ。カラクリにも興味はない。私はたた、連発銃という新しい兵器の運用方法を模索しているだけだ」

 ベルズが、懐から一冊の本を取り出した。弟が書いた、世界で一冊だけの本である。彼が、残された命を燃焼しつくして書いた、渾身の戦術書であった。

「それは、私の弟が書いた本だ。弟は、連発銃を前提とした戦術の構築に没頭していたんだ」

 壊れ物でも扱うかのような手つきで、ベルズはその本を私に返してくれた。

「これを、読ませてもらった。この本のような視点で、我々は連発銃を見ていない。いわば、一種の工芸品という位置づけだ」

 私は、戦術書を受け取りながら、今のベルズの言葉を頭の中で反芻していた。連発銃を作った当人でさえ、この銃が持つ可能性に気が付いていない。

「弟は、病気で死んだ。私は彼の代わりに、この目で連発銃の存在を見なければならないんだ」

 ベルズは、だいぶ警戒心を解いたようだった。

「信じなくてもいいが、私は嘘を見抜ける。君が嘘をついていたとわかった時は、殺すよ」

 淡々とした口調だったが、その時が来れば眉ひとつ動かさずに、この男は私を殺そうとする事だけはわかった。

「構わない」

 私はそう返答した。

「我々は、ちょうどラルウに帰還するところだ。連れて行ってやるよ」

 やっと、ベルズの顔に笑みが浮かぶ。再びカチリと小さな金属音がして、撃鉄が元に戻されたのが分かった。

 気が付けば、私は爪が掌に食い込むほど拳を握りしめていた。今になって、どっと汗が浮かぶ。

「およそ二週間ほどで着く。ゆっくり傷の療養をするといい」

 幌馬車から降りがてら、肩ごしに振り返ったベルズが言う。その背中には、汗の染みが出来ていた。互いに魂を削り合うような面談だったのだ。


 傭兵の真似事をするだけあって、ベルズの商隊には医術の心得がある者がいた。

 もともとは獣医だったそうだが、戦場では『肉屋』をしているらしい。『肉屋』というのは、軍医の別称だ。

 この時代、内臓まで達する傷を負うとまず助からない。

 四肢に重症を負い、傷口が壊死すると屍毒が血流に乗って全身に回ってしまい、死に至る。

 そのため、その前に手足ごと傷部をバッサリ斬り落とし切断面を焼く……という乱暴な治療が行われていた。

 だから、戦場では、四肢の入ったバケツを軍医の助手が運ぶ姿が見られるのだ。その姿が、まるで解体業者から肉を仕入れているかのように見えるので『肉屋』という名称がついたのだそうだ。

 その、肉屋……軍医と一緒に、たまにベルズも病室代わりの馬車に顔を見せる。

 この数日の彼との会話で一番驚かされたのは、弟が最新鋭と信じていた『胡椒箱』が、ラルウでは過去の遺物と化していたことだった。

 この『胡椒箱』の欠点は、六本もの銃身を有することからなる、その重量にあった。

 単純に考えても、フリントロック・ピストル六本を束にして持っているようなもので、いかにも重い。

 筒先から装薬と弾丸を詰め、さく杖で突き固める旧式のフリント・ロックピストルに比べれば、銃身の根本にある火皿を外し、『早合』と呼ばれる火薬と弾丸を油紙で包んだものを装填して火皿をはめ戻すだけの『胡椒箱』の方が、装填から発射までの時間は短い。

 しかし、その重量ゆえ『胡椒箱』はライフルには適さない。携行兵器としては、欠点があるのだ。

 だから、弟はラルウ行きにこだわっていた。

 ライフルと同等の威力と精度を持ち、しかもマスケット銃なみに軽量という銃が開発できないか? ということも、現地で調査したかったのだ。

 当然ながら、ベルズから『胡椒箱』を凌ぐ新式銃の説明はなかった。技術こそが財産。その話を先日聞いたばかりである。

 だが、あるのだ。新式の銃はある。

 これが、弟の戦術書の大前提だ。弟はきっと技術は進歩していると信じていた。その願いは通じていたのである。

 

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