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紺碧は遥か遠く

 この辺境で荒稼ぎをしてきた戦利品が積まれている輜重の馬車は、戦場となった『大岩の曲がり』後方一キロメートルほどにある木立の中に隠れていた。

 留守居の兵は約五名。

 超遠距離射撃を担当したグレンとリベットは、おそらく伏撃ポイントを変えて、この周辺をポイントしていることだろう。

 無造作に、ゴードリー王が、馬車に近づく。

 私はそれに続いた。

 ベルズとベルズ隊を中心とした兵士が七名、私のあとからついてくる。

「本隊は全滅したぞ。投降しろ」

 不思議と朗々と通るゴードリー王の声。山車櫓の内部のあの喧噪のさなかでも、彼の声はよく届く。

 息を顰め、馬車内に隠れているだろう留守居の兵の耳にも届いたはずだ。

 反応はない。

 更に前に出ようとしたゴードリー王を押さえて、私が前に出る。

 ランリョウ刀の鞘を払う。

 ベルズがサーベルを抜きながら私の後方についた。

 馬車は五台あった。

 大型の馬車だ。幌馬車ではなく、動く小屋といった風情のしっかりした造りだ。

 重量があるのか、馬は六頭立てらしい。

 もっとも、馬車馬たちはくびきから外されて、のんびり草を食んでいるが。

 くぐもった悲鳴の様なものが聞こえる。

 ベルズが怪訝な眼を私に向けてきた。

 私にはわかる。嫌になる程、反乱鎮圧に同行した際に見て来た光景だ。こいつらは、無法で有名な傭兵団。やるだろうなと思ったが、やっぱりだ。

 声が聞こえた馬車に近づく。

 出入り口に鍵はかかっているが、造りはチャチなのも。蹴破るのは容易い。

 私は、ランリョウ刀を肩に担ぎ、ベルズと同行の兵士にアイコンタクトを送る。

 この馬車に踏み込む。そう、無言で伝えたのだ。

 扉を思い切り蹴った。

 ドアノブがひしゃげて弾け飛び、蝶番も外れて扉が斜めに傾きばったりと倒れる。

 仄暗い、馬車の中に淡い朝日が差し込む。

 生臭い匂い。

 すすり泣く声。

 半裸の男が、何か白い物から慌てて身を起こした。

 その白い物は、放心した若い女性の裸体だった。やはりか。この時代、人間は商品になる。占領地や植民地で、違法な『人狩り』を行う傭兵たちは多い。

 私が所属していた非合法組織『ドルアーガ』も、こうした手合いから、『商品』を仕入れる部門があったはず。

 見れば、鎖に繫がれた二十人ほどの若い女性の姿があった。

 留守居の男は、監視の目がないのをいいことに、そこから何人かを引きずりおだして、暴行していたのだ。

 今、まさに暴行されていた女性が、私の方を見る。

 まるで、ガラス玉のように、何の感情も見いだせない虚ろな目だった。

 一冬、彼女らはどんな目にあわされていたのか、容易に想像が出来た。

「なんだおまえら。こいつは、役得だろうが」

 野卑な笑みを浮かべながら、一番手前の男が巻き舌で怒鳴る。

 こうやって、威嚇してきたのだろう。

 私は無言で踏込み、スイッとランリョウ刀を横に振る。

 パクンと男の首が横一文字に裂けた。

 大量の血が、女性に降りかかったが、彼女は表情一つ変えなかった。

 抵抗できない女性を暴行していた男たちは、女性を突き飛ばして武器に飛びつく。

 私を押しのけるようにして、馬車内に誰かが踏み込んで来た。

 ゴードリー王だった。

 手近な男をぶん殴る。剣を抜こうとしていたその男は、その拳圧にほぼ半回転しながら、床にゴンと叩き付けられる。

 顔面が陥没し、首が不可能な方向に折れ曲がっていた。

 憤怒したゴードリー王に度肝を抜かれたか、残った三人は武器を投げ捨て、投降の意思を示した。


 掠奪された金品の他、若い女性や子供といった『人狩り』で価値があるとされる、被害者が四十人ほどいた。

 辺境各地で攫われた人々だった。

 彼女らを解放してやる。

 度重なる暴行で、放心状態の者も多く、少数の気丈な娘が義勇兵たちから提供された予備の衣類を配布して回ったりしていた。

 彼女らを拘束していた鎖は、今は生き残ったブルーナン騎兵団の団員を数珠つなぎにしていた。

 生存者は驚くほど少なかった。

 新しい戦争のスタイルは、多くの戦死者を生むのかもしれない。

 ラルウ側の戦死者はゼロ。

 負傷者が数人という結果だった。

 その負傷者の中には、新型遠距離狙撃銃を実戦テストしていたスコフィールドもふくまれていて、新型銃は銃弾の威力に銃身が耐えきれずに破損してしまったらしい。

 その際、銃を支える三脚が折れ、銃の反動をスコフィールドはモロに肩で受け止めてしまい、鎖骨を折ってしまったのだそうだ。

「まいった、まいった。まさか、一番侮っていたラルウに負けちまうとはね。いやはや、感服したよ。すげぇ銃だった。」

 砕けた肩を包帯で固定した、ブルーナンがどっかと胡坐をかいたまま、ゴードリー王に言う。

 ゴードリー王は無表情のまま、ブルーナンを見下ろしている。

 彼は、今日はじめて戦場の汚い面を見てしまった。

 まだ若いゴードリー王には衝撃的な場面だっただろう。感情爆発で、思わず一人を撲殺してしまうほど。

 必死に抑えているが、すさまじい怒りが彼の胸中に渦巻いているのが、私には分かった。

「……で、身代金だが、商都ウシュクベィに供託金が預けてある。代理人を通じて、金額の交渉をしてくれ。一儲けしたな、若いの。ええ?」

 戦争で捕虜になると、雑兵は殺されるか奴隷として売り払われる。

 しかし、ブルーナンのような戦争貴族や冒険貴族は、身代金を支払うことによって、身の安全を保障される。

 人質として価値があること。それが、命綱になっているのだ。

 人質解放の交渉を生業にしている者もいるのだ。

 ゴードリー王の顎の筋肉が強張った。声を荒げるのかと思ったが、彼の声は普段より、むしろ穏やかに聞こえた。

「身代金交渉などしない。ここは、北の辺境。辺境には辺境のルールがある。そのルールが貴様を裁くだろう」

 余裕があった、ブルーナンの顔が曇る。ゴードリー王が何を言い出したのか、理解できないのだろう。

「おいおいおいおい……、これだから、素人は……。いいか、俺の価値は、金貨五千枚だぞ。お前ら貧乏集落の三年分の予算だぜ? そいつを、要らないってか?」

 手に入る金額を聞いても、ゴードリー王は眉ひとつ動かさなかった。

 ラルウは、かなり戦費を使っている。私は、「交渉を受けろ」と提案したくなるのを、やっと抑えていた。

「貴様が持っていた掠奪品は、全て元に戻す。駆集められていた人々も元居た場所に戻す。貴様は貴様が占領していた各地の代表者からなる委員会によって、罪状を決められ、裁かれる。貴様が慈悲ある占拠を行っていたなら、慈悲ある判決が下されるだろう」

 ゴードリー王が、そこまで言うとしゃがみこんで、ブルーナンと目線の高さを同じくした。

「辺境では、盗人は手足を叩き斬られる。辺境では、強姦野郎は睾丸を石で潰される。辺境では、放火した奴は焼き鏝で仕置きされる。辺境では、殺人犯はその被害者家族から、肉塊を五百グラム切りとられる。果たして貴様は、何グラム残るかな?」

 そう言って、ゴードリー王はいつの間にか手にしていた小枝をブルーナンの口に噛ませた。

「自害なんて、させない。貴様の行いの何パーセントかを味わって、苦しみながら死ね」

 くぐもった悲鳴を上げるブルーナンの耳元に口を近づけ、そう囁くとゴードリー王は立ち上がった。もう、ブルーナンには目もくれなかった。

「ベルズ隊は、保護した人々を護衛して送り届けてくれ。掠奪品は、各地に戻してやれ。他は、撤収作業。死体は、ボウモア隊の塹壕に埋葬。馬と武器と防具は回収。作業かかれ」


 弾雨に晒された、穴だらけの山車櫓が分解された。

 身ぐるみはがされた兵士の死体が、次々とボウモア隊が隠れていた塹壕に放りこまれてゆく。

 傷ついた人々を乗せた荷馬車が、ベルズに指揮されてルベル街道を戻ってゆく。

 ブルーナン騎兵団は、消すことのできない傷を、この北の辺境に残した。彼らは、もう元の生活には戻れないのかもしれない。

 ラルウがそうなってもおかしくなったのだ。

 だが、我々は常識はずれの戦力差を跳ね返して勝った。

 新しい武器と、新しい戦術で、だ。

 だが、勝利の興奮はない。

 一斉射撃によって、多少薄まったとはいえ、これだけの人間を殺したのが、自分たちなのだという衝撃が、今になってジワジワと胸に忍び寄っているのだろう。

「これで、終わりじゃないな」

 作業を見守るゴードリー王がつぶやく。

「そうですね。むしろ、次が本番です」

 私が、答える。

 ナカラ進出を狙うウルフェン王国にとって、ラルウが中継地点として価値があることが意識されてしまった。

 また、ラルウとその周辺を押さえられると、第二王子側の王都コイリョールリテは二正面作戦を余儀なくされてしまう……ということも認識されてしまった。

 ゆえに、次は、ラルウの第二王子を担ぐ主流派が、占領軍を送ってくる可能性があった。

 それも、ブルーナン騎兵団のような傭兵ではなく、正規軍。狼の子孫を名乗る、勇猛な騎馬民族たち。

「また、野戦築城でもするかね」

 今回は、奇策に類する作戦。正攻法で来られると、脆い。

「いや、通用しないでしょうね」

 正直に答える。

「では、どうする?」

 あまり心配していない口調でゴードリー王が言った。なんという、くそ度胸だ。相手はあのウルフェンの正規軍だぞ?

「これから、考えます」

 私の答えに、ふふんとゴードリー王が小さく笑った。

「一つ約束してくれ、軍師どの」

 ゴードリー王がそういって、シャチをモチーフにした旗を指差す。


「一度でいいから、海が見てみたいのだ。出来れば、シャチが見たい。そこに、私を連れて行ってくれ」


 北の辺境に縛られた、若き英雄。

 海を見るということは、ナカラを北から南へ貫くということ。

 ただ単に通過するという意味ではないのだろう。

 ラルウの銃で、新しい集団戦法で、戦乱の中に旗を翻したいという暗示か。

 凋落のラルウが、今一度輝くために。


「紺碧の海に」


 私がつぶやく。


「そうだ、遥かなる紺碧の海に」


 ゴードリー王が空を仰ぐ。


 いつの間にか空は晴れ渡り、雲一つない紺碧が広がっていた。


(了)


これにて『紺碧 遥かなり』を完結致します。

いやはや、設定に懲りすぎて、もっさり展開になってしまい、全く閲覧して頂けない結果となりました。

でも、少数のモノズキな方々(失礼!)は、感想をお寄せ下さったり、ブクマして下さったり、ご評価してくださいました。

あらためて御礼申し上げます。


『ブルーナン騎兵団編』ともいうべき本作ですが、構想では『正規軍襲来』、『外交交渉』と続く予定でありました。

現在、早い展開を練習中でありまして、もう少し技量が上がりましたら、続編を書きます。

いやもう、戦記は難しいっすね。

調子にのりました。反省してます。

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